クラシックでありながら革新的。映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』 | Numero TOKYO
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クラシックでありながら革新的。映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』

中国から、また若き監督の傑作が届いた。山水画の絵巻「富春山居図」にインスピレーションを得た映画『春江水暖~しゅんこうすいだん』。変わりゆく世界においてある大家族の営みが絵巻のようにスクリーンに映し出される。

破格の才能とスケール感を備えた新人監督のデビュー作!
「現代の山水画」として変わりゆく中国の社会と家族を描く

「中国第8世代」という呼び名がある。フランスの映画プロデューサー、ピエール・リシェントが亡くなる直前に遺した文章の中で、『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2018年)のビー・ガン監督(1989年生)と、『象は静かに眠っている』(2018年)のフー・ボー監督(1988年生~2017年没)を、新しい才能として賞揚し、中国映画のニューウェイヴだと熱烈に迎えているのだ。

その定義に倣えば、この『春江水暖~しゅんこうすいだん』が長編デビュー作となる1988年生まれのグー・シャオガン監督は、まさしく「中国第8世代」に属する旗手の一人といえよう。

本作は2019年のカンヌ国際映画祭で批評家週間のクロージング作品に選出。同年の東京フィルメックスでは審査員特別賞を受賞。そして仏の映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』では2020年度ベストテンで第7位に選出。破格のデビュー作との絶大な評価を受けている。

お話は、ある大家族の一年を描くもの。夏から始まり、秋、冬、そして春……という四季を通じた悲喜交々を綴っていく。驚かされるのはそのボリューム感だ。単に2時間30分という上映時間だけでなく、大陸的という言葉が似合うふくよかな空間把握で、雄大な自然の風景と、変わりゆく都市の中で生きる人間の営みが叙事詩的なスケール感で描出される。

舞台となるのは、グー・シャオガン監督の地元である浙江省杭州市の富陽(フーヤン)。上海の南に位置し、富春江という大河が流れる。豊かな水郷地帯であり、昔ながらの仕事としては漁師が多い。

ただし今、富陽は大規模な再開発の只中にある。劇中には「有機的都市開発」というスローガンも登場するが、序盤のシーンからこんな声が聞こえる。「地下鉄が通って、杭州まで30分。この町もやっと発展してきた」「問題は家賃も上がったことだ」。

ちなみに杭州市はアリババ本社があることで有名だが、これはアメリカ西海岸などで言われている「ジェントリフィケーション」(高級化)の問題にも通じる。IT系企業がベイエリアにオフィスを構え、地域の洗練と共に地価高騰が起きて、低所得の地元住民が抑圧されていく現象。カリフォルニア州オークランドが舞台の『ブラインドスポッティング』(2018年/監督:カルロス・ロペス・エストラーダ)や、フィルモアが舞台の『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』(2019年/監督:ジョー・タルボット)といった米映画がこの種の主題を据えているが、『春江水暖~しゅんこうすいだん』 の富陽は中国版ジェントリフィケーションが起こっている場所だと理解すれば判りやすいかもしれない。

この変わりゆく街を舞台に、顧(グー)家の家長である母ユーフォン(ドゥー・ホンジュン)の誕生日の祝宴から物語が始まる。老いた母のために集まった四兄弟と、その家族たち。だが祝宴の最中に母が脳卒中で倒れてしまう。認知症が進み、介護が必要になった母をめぐり、四兄弟の家族たちもいろいろな転機の時を迎える――。

これといった特定の主人公を置かず、登場人物たちを均等に描いていく群像劇のスタイル。ある意味、本作の主人公は「富陽と、そこに生きる人間模様」そのものといえるかもしれない。

そんな作品設計を象徴するのが、長男の娘(幼稚園の先生)の恋人である小学校の教師、ジャン先生(ジュアン・イー)が富春江で泳ぐところだ。夏の章のワンシーンなのだが、なんと10分以上続く超ロングテイクで捉えている!
悠久の大河を泳ぎ始めた青年が、やがて陸に上がり、恋人と手をつないで歩いていく。彼らの向こうには都市空間が広がり、カメラは二人が船に乗るまでずっと追っていく――。

その驚異の長回しによるワンカットには、富陽の歴史に紐付いた地政学的な諸要素が詰まっている。グー・シャオガン監督は中国山水画の傑作絵巻「富春山居図」にインスパイアを受けたらしいが、まさに「現代の山水画」とのコンセプトが、眺望を一気に見渡すパノラマのような移動撮影に具現化されているようだ。

こういった演出を受け、海外では「台湾の監督、エドワード・ヤンやホウ・シャオシェンに近い。本作は『ヤンヤン 夏の想い出』(2000年)や『童年往事 時の流れ』(1985年)の子どもといっても過言ではない」(ハリウッド・リポーター)と評されたり、中国の急速な経済成長による軋みや歪みを見つめる『長江哀歌』(2006年)や『山河ノスタルジア』(2015年)などのジャ・ジャンクー(1970年生まれで「中国第6世代」に属する)などとも比較されている。

実際、グー・シャオガン監督も彼ら偉大な先人からの影響を認めているのだが、ただしエドワード・ヤン、ホウ・シャオシェン、ジャ・ジャンクーらが志向した政治的な衝突や緊張は希薄である。むしろ穏やかな共生の模索を、万物を霊的・精神的に捉える「山水画」的絵巻として描き出していく。スタイルとしての映画言語を継承しつつ、まったく異なる優しい意味合いへとアップデートした、と見るのが正確だろうと思う。

中国の変化、という大きな主題を備えた映画ながら、グー・シャオガン監督が向けるのは「神の目」ではなく等身大のまなざしだ。おばあちゃんを長(おさ)とした大家族の様相など、物語の輪郭や問題設定だけ取り出せば、実はルル・ワン監督(1983年生まれ)の『フェアウェル』(2019年)との共通点が意外に多い。

世代の断絶。経済問題。物質主義と精神主義。結婚や自立。グー・シャオガン監督は一人の「パーリンホウ」(1980年代生まれの中国人)として、過渡期にある社会や家族や個人の実相を細やかに見つめる。

大作の風格を備えながら、本質はパーソナルシネマ。キャストの選び方もユニークであり、いわゆる演技体験のある役者はほんの数人。あとは監督の親戚や知人などの“素人俳優”を起用。実際の関係性をそのままドラマに反映させている。また中国の大物ミュージシャン、ドゥ・ウェイによる劇伴も素晴らしいが、撮影をまったく無名の若手二人(ユー・ニンフイ、ドン・シュー)が交替で手がけているというのが何よりの驚きである。

実はこの作品、三部作構想の第一部。第二作『銭塘茶人』(原題)の制作はつい先日スタートしたばかりのようだ。独自の才能あふれる新鋭の射程の長い活躍に期待したい。

『春江水暖~しゅんこうすいだん』

監督・脚本/グー・シャオガン
出演/チエン・ヨウファー、ワン・フォンジュエン
2020年2月11日(木・祝)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
moviola.jp/shunkosuidan

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「シネマトゥデイ」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマクラブ』でMC担当中。

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