Culture / Post

クリストファー・ノーラン待望の最新作『TENET テネット』

ついに公開――という待望の言葉が、いまこれほどふさわしい映画はほかにないだろう。その名は『TENET テネット』。先鋭的な作家性とゴージャスな娯楽性を兼ね備え、難解さすらもブランド価値として歓迎される世紀の天才スター監督、クリストファー・ノーランの最新作だ。

破格の天才監督、クリストファー・ノーランの新たな「発明」とは? 時間が逆行する驚愕のスパイ・アクション超大作!

物語はウクライナのキエフ国立オペラハウスで、テロ事件が勃発するところから始まる。悲劇を阻止するために突入する特殊部隊。その隊員の中で際立った勇敢さを持ち、仲間を救うため自ら身代わりとなって捕らえられたアフリカ系アメリカ人の男がいた。

やがて彼は昏睡状態から目覚める。知らない間に謎の秘密組織から選ばれた彼は、“名もなき男”(ジョン・デヴィッド・ワシントン)として、突然あるミッションを命じられる。その任務とは、第三次世界大戦の勃発を事前に止めること。

以上のあらすじだけざっくり辿ると、意外にシンプルな話だと驚く人も多いのではないか。そう、『TENET テネット』のいちばん大枠の主題は「世界を滅亡の危機から救うこと」だ。しかし主人公の“名もなき男”が直面する世界のルールは複雑に入り組んでいる。そこで適用されているのが、ノーランが初期の『フォロウィング』(1998年)や『メメント』(2000年)から執着している「時間」というテーマである。

この映画の中の未来では、時間を逆行させられる特殊な装置が開発され、人や物が過去へと移動できるようになっている。その「逆行装置」が現在の世界に送られ、時間の操作が自由自在に駆使される状況で、“名もなき男”は敵と戦わなければならない。

既成概念に基づく「時間」のルールをぶっ壊し、独自の秩序によるシステムをスクリーンの上に設計する。ノーランが繰り返し行っているのは、“現実の時間”ではなく“映画の時間”を発明し、観客を新たな知覚の領域に覚醒させるトリッキーなアトラクション的体験の試みだ。『インセプション』(2010年)では夢の世界の階層の中で時空間がコントロールされ、『インターステラー』(2014年)では宇宙から四次元~五次元空間のアクセスにまで突き抜け、『ダンケルク』(2017年)では軍事作戦の史実を扱いながら時間軸をパーツに分解してシャッフルした。

(左)ジョン・デヴィッド・ワシントン (右)クリストファー・ノーラン監督
(左)ジョン・デヴィッド・ワシントン (右)クリストファー・ノーラン監督

『TENET テネット』では、タイトルかつミッションのキーワードでもある“TENET”が回文(逆さに読んでも同じになる言葉)になっていることに、本来不可逆な時の流れを、メビウスの輪のような循環や反転に替える「逆行」のイメージが象徴されている。また『インターステラー』にも関わった物理学者のキップ・ソーンが脚本の監修に入り、「逆行」の理論的な根拠になる物体のエントロピーの法則についてアドバイスした。ノーラン自身はこれを「実際の科学にゆるく基づいて作られた物語」だと明かす。

この特異な“逆行アクション”に関しては、「頭で考えないで、感じて!」という台詞もあるように、理屈で整合性を追うよりも、ひたすら快楽的に体感するのがベストだろう。また映画表現の最先端をひた走りつつ、同時に頑固なアナログ主義者でもあるノーランは、今作でもIMAXカメラと大判フィルムを用いて実景での撮影にこだわり、視覚効果もほとんどCGを使っていない。時間が歪むアクションでは、実際にキャストやスタントマンが逆向きや異なる方向に走ったり歩いたりもしたのだという!

キャストも豪華。主人公の“名もなき男”を演じるジョン・デヴィッド・ワシントンは、『ブラック・クランズマン』(2018年/監督:スパイク・リ-)の主演で注目された新鋭で、あのデンゼル・ワシントンの長男でもある。ロシア人の悪役アンドレイ・セイターを演じる英国の名優、ケネス・ブラナーは『ダンケルク』に続いてのノーラン作品出演。妻のキャット役は191cmの長身を誇るエリザベス・デビッキ。“名もなき男”の相棒となる優秀なエージェント、ニール役はロバート・パティンソン。英国諜報部のマイケル・クロズビー卿には、ノーラン作品の常連でもある大ベテランのマイケル・ケイン。

撮影はエストニア、イタリア、インド、デンマーク、ノルウェー、イギリス、アメリカなど、まさに世界を股にかける壮大なロケーションを敢行。音楽を担当したのは、これまでのノーラン作品でおなじみだったハンス・ジマーに替わり、『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年/監督:ライアン・クーグラー)や『ブラックパンサー』(2018年/監督:ライアン・クーグラー)などのルートヴィッヒ・ヨーランソン。

監督お得意のテーマの中に、クリエイティヴな新機軸も打ち出しつつ、全体としては『007』シリーズが大好きと公言するノーランの稚気あふれるパワーと独創性が思いっきり詰め込まれたスパイ・アクションだ。これぞ映画館で観ないと絶対に損する、破格かつ大文字の“娯楽超大作”と言うしかない!

『TENET テネット』

監督/クリストファー・ノーラン 
出演/ジョン・デヴィッド・ワシントン、ロバート・パティンソン、エリザベス・デビッキ、マイケル・ケイン、ケネス・ブラナー
全国公開中
warnerbros.co.jp/tenetmovie

配給/ワーナー・ブラザース映画
©2020 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「シネマトゥデイ」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマクラブ』でMC担当中。

Recommended Post

Magazine

#143_h1ec

JANUARY / FEBRUARY 2021 N°143

2020.11.27発売

Allure me

写真のチカラ

オンライン書店で購入する