主人公はいったい何者なのか!? 全米が絶賛した怪作『ルース・エドガー』
全米で絶賛されたサスペンスフルなヒューマンドラマ『ルース・エドガー』が近日公開予定だ。文武両道に秀で、スピーチやユーモアのセンスにも長けた17歳の少年ルース・エドガー。そんなルースがある課題をきっかけに、同じアフリカ系の女性教師と対立していく。称賛される少年の“知られざる真実”とは……。
完璧な「優等生」の葛藤からアメリカの闇と欺瞞が立ち上がる。
キーワードは“黒い皮膚・白い仮面”──!? 移民少年の複雑な青春をスリリングに描いた傑作ドラマ
これは破格の面白さ。異色の青春映画か、それとも人間の複雑な闇をさまようミステリーか? まさに一筋縄ではいかない傑作にして怪作だ。
主演は『WAVES/ウェイブス』(2019年/監督:トレイ・エドワード・シュルツ)などで大きな注目を集める新星、ケルヴィン・ハリソン・Jr.。彼が演じるのは、ヴァージニア州アーリントンで暮らす男子高校生ルース・エドガー。東アフリカの紛争地エリトリアで生まれたが、7歳からアメリカの優しくリベラルな両親のもとで養子として育ち、いまは文武両道の完璧な優等生。「バラク・オバマの再来」と明るい将来を嘱望される17歳の黒人少年だ。
そんなルースがある課題のレポートをきっかけに、同じアフリカ系の歴史教師ハリエット・ウィルソン(オクタヴィア・スペンサー)と対立。彼女はルースが過激思想に染まっていて、同級生への性的暴行事件にも関わったのではないかと学校側に訴える。この突然の告発に、ルースに深い愛情を注いできた養父母の白人夫婦エイミー(ナオミ・ワッツ)とピーター(ティム・ロス)にも只ならぬ動揺と疑念が芽生えていく……。
一見非の打ち所がない好男子、正体は恐るべき怪物――? そういったジキルとハイド的な二面性の物語ならわかりやすいのだが、この映画の内実はそう単純ではない。アフリカから養子として渡米したルースは、新しい国で社会適応するために、アメリカ的な「優等生キャラ」へと自分をカスタマイズしていった。
劇中ではオバマに言及されるが、監督のジュリアス・オナーは、ケルヴィン・ハリソン・Jr.への演技指導の際に、もう一人のお手本(テンプレート)としてウィル・スミスを挙げたらしい。それは言わば「白人社会で歓迎される黒人」の典型像であり、奴隷制からのアメリカの歴史をなぞるようでもある。つまりは生き抜くために、半ば本能的に、21世紀のカリスマにふさわしい「悲劇を乗り越えた黒人」であり「アメリカの良心の象徴」という“役”を忠実に演じているのが、ルースの基本的な行動原理だと言えるだろう。
しかしまだ若く未熟なルースゆえ、時にはペルソナ(仮面)から破れ目も生じる。彼が傾倒している“過激思想”とは、フランツ・ファノン(1925年生~1961年没)の脱植民地化を主題とした武装革命思想だ。パン・アフリカ主義(全世界のアフリカ系の解放と連帯)に与したフランス人で、アルジェリア独立運動に尽力した伝説の思想家。『黒い皮膚・白い仮面』などの著作でも知られる。
本作の原作はJ・C・リーの戯曲『Luce』だが、フランツ・ファノンの設定を加えたのは映画のオリジナルだ。オナー監督は自身もナイジェリア出身のアフリカ系移民で、映画の舞台と同じくアーリントンで育った。もしかするとルースの肖像には監督の自伝的な意識が反映されているのかもしれない。
人知れず激しい葛藤を繰り返す孤独な少年の闇の奥を内観しながら、アメリカという国やシステムへの批評が立ち上がっていく。理想と現実が複雑に折り重なり、玉ねぎの皮を剥くように捉え難い真実に近づいていく。もちろん名優たちの競演も素晴らしく、これほど知的な考察と生々しい情動がスリリングに絡み合った逸品はめったにない。
『ルース・エドガー』
監督・製作・共同脚本: ジュリアス・オナー
出演:ナオミ・ワッツ、オクタヴィア・スペンサー、ケルヴィン・ハリソン・Jr.、ティム・ロス
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか近日公開予定
luce-edgar.com
© 2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito