音楽が彩る異色の話題作『WAVES/ウェイブス』 | Numero TOKYO
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音楽が彩る異色の話題作『WAVES/ウェイブス』

注目の映画制作会社「A24」からまたも傑作が誕生した。同じくA24製作で、世界で絶賛されたホラー映画『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017)のトレイ・エドワード・シュルツ監督による新作だ。弱冠31歳の新鋭監督による映画『WAVES/ウェイブス』とは。

話題の人気スタジオ「A24」の秘蔵っ子!? 画面や音楽を自在にコントロールする新鋭監督トレイ・エドワード・シュルツの映画術

現在、感度の高いインディペンデント系の映画レーベルとして、突出した人気と注目を獲得している映画会社が「A24」である。ニューヨークに拠点を置き、『スプリング・ブレイカーズ』(2013年/監督:ハーモニー・コリン)、『ムーンライト』(2016年/監督:バリー・ジェンキンス)、『レディ・バード』(2017年/監督:グレタ・ガーウィグ)、『ミッドサマー』(2019年/監督:アリ・アスター)など、気鋭監督と組んで作家性と商業性を巧く両立させた成果を多数挙げてきた。 ライバル会社を挙げるとすれば西海岸(LA)のアンナプルナ・ピクチャーズ辺りになるだろうが、やはり東海岸らしいクールなセンスが光るA24のブランド力は頭一つも二つも抜きん出ているだろう。日本でいえば、2016年に閉館した渋谷シネマライズを受け継ぐような選定眼とバランス感覚を備えているともいえると思う。

このA24で続けて作品を発表している新鋭監督の一人が、トレイ・エドワード・シュルツである。彼の長編第三作となる新作『WAVES/ウェイブス』は、マイアミに暮らす裕福なアフリカ系アメリカ人の兄妹の試練と再生を描くヒューマンドラマ。前作の『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017年)はパンデミック・サバイバルを描く異色サスペンスだったが、まったく違った印象の力作を投げてきた。

シュルツ監督は1988年生まれのテキサス出身。『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)や『ボヤージュ・オブ・タイム』(2016年)など、テレンス・マリック監督組に撮影アシスタントとして参加したという経歴の持ち主だ。

物語は二部構成。フロリダのハイスクールに通う17歳の兄タイラー(ケルヴィン・ヘリソン・ジュニア)は、レスリング部のスター選手で美しい恋人もいる。だが怒りを制御できない性格と未熟さのせいで、凄惨な悲劇が彼を待ち構えていた。妹のエミリー(テイラー・ラッセル)は兄が起こした事件のあと、苦悩に耐え忍ぶが……。

前半は兄、後半は妹がメインのパート(この構成はウォン・カーウァイ監督の『恋する惑星』(1994年)がヒントになったらしい)。家族とその周囲というミニマムな人間関係を通して、負の連鎖を断ち切るための愛の形を模索する。

本作のアートフォームで注目したいポイントは、主に二点ある。まずは画面サイズのアスペクト比(幅と高さの比率)が変化していくところ。映画が描き出すエモーションや登場人物の心理状態に合わせて「1.85:1」から「2.35:1」、そして「1.33:1」へ……。まさにタイトルそのままに映画のフレームがゆっくりと波動する。

同世代のグザヴィエ・ドランが『Mommy/マミー』(2014年)の劇中でインスタグラムを模した「1:1」の比率から画面サイズを広げたように、あるいはビー・ガンが『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』(2018年)の後半だけ3Dを導入したように、トレイ・エドワード・シュルツも自分が語りたい内実に沿って映画の形自体をカスタマイズするのだ。

もう一つは音楽。『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)以降のデヴィッド・フィンチャー監督作などでタッグを組むトレント・レズナーとアッティカス・ロルのオリジナルスコアに加え、31曲もの既成曲が流される。アニマル・コレクティヴ、テーム・インパラ、フランク・オーシャン、ケンドリック・ラマー、タイラー・ザ・クリエイター、エイミー・ワインハウス、カニエ・ウエスト、チャンス・ザ・ラッパー、レディオヘッド、アラバマ・シェイクス……まるでSpotifyで作成したプレイリストのように、ここ10年ばかりの同時代の楽曲がふんだんに使われ、鮮やかな色彩と共にシャワーのように降り注ぐ。いわゆる「大ネタ」の嵐。

先行世代のクエンティン・タランティーノがレアグルーヴ(過去のネタを掘って新しい価値観で取り上げること)の方向で選曲の妙を発揮していたのに対し、トレイ・エドワード・シュルツは音楽好きなら誰もがよく知っている曲をミュージカル的な方法論で貼り付け、観客との共有や共感の回路を開いていく(これはまさしくグザヴィエ・ドランも同様だ)。

破壊的なまでのパワーで突っ走る前半と、穏やかな回復への時間を待つ後半のレンジの中に、シュルツ監督の可能性が広がっている。彼の新しい映画術を知るためにも観ておいて損はない一本だ。

『WAVES/ウェイブス』

監督・脚本/トレイ・エドワード・シュルツ 
出演/ケルヴィン・ハリソン・ジュニア、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン
7月10日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
phantom-film.com/waves-movie/

配給/ファントム・フィルム
©2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「TV Bros.」「シネマトゥデイ」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマクラブ』でMC担当中。

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