カンヌ脚本賞受賞の傑作寓話『幸福なラザロ』
フェリーニ、ヴィスコンティ、パゾリーニ……イタリア映画史に燦然と輝く巨匠たちの遺伝子を受け継ぐとされる映画監督アリーチェ・ロルヴァケル。本作『幸福なラザロ』で、観る人を感動の渦に巻き込んでいる。
この残酷な世界で、無垢な少年ラザロの幸福とは―― 現代における「聖人」を考察するカンヌ脚本賞の傑作寓話
『万引き家族』をはじめ『ブラック・クランズマン』『バーニング 劇場版』など、例年以上にハイクオリティな受賞作が並んだことで話題を呼んだ2018年カンヌ国際映画祭のコンペティション部門。その激戦のなかでみごと、脚本賞に輝いたのがイタリア映画『幸福なラザロ』だ。舞台は、イタリアのインヴィオラータと呼ばれる小さな村。深い渓谷で隔てられたこの村で暮らす人々は、誰も外の世界を知らない。村人たちは丘の上の邸宅で暮らす領主、デ・ルーナ侯爵夫人に支配され、小作人としてタバコ農園で働き、食べるパンにも事欠く貧しい日々を過ごしていた。
その集落の中でも皆から軽んじられ、面倒な仕事を押しつけられているのが、無垢の美を湛えた純朴な少年ラザロ(アドリアーノ・タルディオーロ)だ。ある時彼は、街からやってきた侯爵夫人の美しい息子タンクレディ(ルカ・チコヴァーニ)と出会う。惹かれ合った身分違いのふたりは、やがて兄弟のような友情で結ばれることになるが……。
物語は実話にインスパイアされたもの。1980年代にイタリアで廃止された小作制度を、領主が農民に知らせずにずっと搾取していた詐欺事件がベースだ。
それを『夏をゆく人々』(2014年/カンヌ国際映画祭グランプリ受賞)で注目を浴びた若手映画作家、アリーチェ・ロルヴァケル監督は自由な脚色で、今の時代における「聖人」の考察と接続させる。少年ラザロは地道に働くことしか知らず、周りから迫害されていることも、自身の偉大な善意にも気づかない。ラザロとは聖書に登場する聖人の名前の引用であり、キリストが福音書で語った挿話が後半の展開の重要なモチーフとなっている。
また、領主一族のはみ出し者である美男子タンクレディは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『山猫』(1963年)でアラン・ドロンが演じた貴族の青年と同じ名前。『夏をゆく人々』では、ヒロインの名前にフェデリコ・フェリーニ監督の『道』(1954年)のジェルソミーナを配したロルヴァケル監督。彼女はイタリア映画の正統的な遺伝子を受け継ぐことに極めて意識的な作家といえる。
今回の全体的な作風から最も連想されるのは、初期のピエル・パオロ・パゾリーニ監督の世界である。『アッカトーネ』(1961年)から『奇跡の丘』(1964年)に至る、下層に密着したネオレアリズモから寓話的な世界像への越境。大地に根ざした映像は、あえてフィルム(スーパー16mm)で撮影。デジタル化の簡便さに距離を置いているのも現代批評の一環だろう。気骨ある新しいオーガニックシネマの傑作だ。
『幸福なラザロ』
監督・脚本/アリーチェ・ロルヴァケル
出演/アドリアーノ・タルディオーロ、アルバ・ロルヴァケル、ニコレッタ・ブラスキ、ルカ・チコヴァーニ
2019年4月19日(金)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
URL/http://lazzaro.jp/
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito