自由に生きる喜び、ムーミンに秘めた眼差し。トーベ・ヤンソンを演じたアルマ・ポウスティに聞く、映画『TOVE/トーベ』。 | Numero TOKYO
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自由に生きる喜び、ムーミンに秘めた眼差し。トーベ・ヤンソンを演じたアルマ・ポウスティに聞く、映画『TOVE/トーベ』。

世界中の子どもから大人まで、愛されつづけるムーミンの物語。そんなムーミンを生み出したトーベ・ヤンソンを描いた映画『TOVE/トーベ』が、2021年10月1日(金)より公開される。第二次世界大戦後のフィンランド・ヘルシンキを舞台に、トーベ・ヤンソンのアーティストとしての葛藤や、愛する人との出会い、もがきながらも懸命に自由に生きる姿が映し出される。

ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソンの物語

これまでムーミンの作者としてフォーカスされてきたトーベ・ヤンソン。本作では、世界中にムーミンが知れ渡る前の30代から40代前半の姿が描かれている。肩書きによってカテゴライズされることに葛藤する姿、アートへの情熱、同性愛が犯罪とされていた時代に育んだヴィヴィカ・バンドラーとの愛、そして自由に生きる喜び。 今よりも困難な時代であったはずなのに、常識などで断じることなく、彼女を理解する人はいつも現れた。70年以上も前のフィンランドが、現代の日本で暮らす私たちにとっても、自由や希望を感じさせる場所だと思うほどに。…それはなぜなのだろう? もちろん現実と映画は異なるのだが、スクリーンを通じて届けられるのは、一貫して、トーベからの美しい世界への手触りだ。廃墟のようだった部屋が、自らの手によって、心地よい場所へ変わっていったように、彼女は自分の生き方を、一つ一つ自ら選び、作り上げていった。

トーベを演じたアルマ・ポウスティにインタビュー

トーベ・ヤンソンを演じたフィンランド出身のアルマ・ポウスティに、ムーミンとトーベについて、当時のフィンランドの人々の様子など、トーベをもっと深く知るためにお話を伺った。

©MaricaRosengard
©MaricaRosengard

──冒頭のシーン。激しい爆撃の夜、防空壕にいるトーベ・ヤンソンによって描き出されるムーミンの世界がとても印象的でした。それはまるで、自らが“世界”を生み出すことで、どうしようもできない現実から、生き延びようとしているようにも思えました。トーベ・ヤンソンにとって、絵を描くことはどのような行為だったと思いますか?

「“アート”というのがトーベ・ヤンソンの生き方だったと思うし、アートを通して生きたのだと思います。あの戦争は、彼女自身、そしてあの世代の人々を、どこか形作ったところがあります。恐ろしいものを見聞きしてしまって、影響を受けたのだと思います。トーベはこの時期に、自分は結婚しないし、子どもも産まないと言っています。もうこれ以上、兵士をこの世に生み出したくないと。当時は、結婚して子どもを産むことが女性にとって最上位の仕事だと考えられていたので、それはとても大きな選択でした」

──彼女が描く“ムーミン”は何を象徴していたと思いますか?

「ムーミンがどうやって生まれてきたかについては、いろいろな説があります。でも、私が思うに、トーベが人生というものに向き合う中で、生まれたものなんじゃないかと。
例えばムーミンの世界では、調和が取れすぎていたり、うまく行きすぎている時は、カタストロフィー、例えば嵐だったり彗星だったり洪水がやってきて、みんなの人生が少し乱される。そして、世界は元に戻り、安全な場所に戻ることができる。でもその間、ちょっと怖い思いをしたり、愛する人を失うこともあるかもしれない。そういうところからも、彼女が人生と向き合うことから生れたのだと思うんです」

──本作では、これまであまり知られることのなかった、トーベ・ヤンソンの姿が描かれています。絵画作品も描いていて様々な葛藤があったこと、そして愛する人たちとの出会い。なかでも、同性であるヴィヴィカ・バンドラーとの関係は、社会的には決して認められない時代でした。けれども、そこにあるのはトーベ・ヤンソンが、ただ、人を愛し、尊重するという関係のあり方だったように思います。当時としては、かなり自由な感覚の持ち主だったと思いますが、どのようにしてその精神は育まれたと思いますか?

「彼女のご家族は、アドベンチャーを愛していて、お母さまも、馬に乗ったり、銃を撃ったり、アーティストでもあったし、女性の権利のために動いたりもしていました。淡々とした生活が続くと、ワイルドなパーティを催したりだとか、嵐を待ってみたりも実際にしていたようです。お父さまもトーベも、嵐が大好きだったようです。

トーベは、16歳で学校を卒業したあと、ストックホルムでアート、今でいうグラフィックデザインを学びました。それから20代には、ヨーロッパを一人で旅して、イタリアやフランスでアートを学んでいる。当時は『女性で、一人で、海外で、ヨーロッパで』というのは、かなり珍しいことだったんですよ。この頃から、自分の衝動というものを大事にして、生きたいように生きるという『自由さ』があったのかもしれません。好奇心に溢れた女性であったし、とにかく新しいことを学びたいといつも求めていて、新しい経験、新しい出会いを、常に愛している人でした。

そんな中、戦争が訪れます。それまであった全てのものが脅威に晒されることになります。戦争を経験したことで彼女もまた変えられたと思う。あの世代、戦争を経験した世代というのは、どこか感傷的ではない、アンセンチメンタルなところがあるのではないかしら。人生というものが脆くて、明日にはなくなってしまうかもしれないものであるということを皆がわかっているからこそ、今この瞬間を大事に生きる、と考えている方が多いような気がします」

──映画では、ムーミンのキャラクターとトーベ・ヤンソンが重ね合わされていました。演じるにあたってあなたは、ムーミンの物語やキャラクターをどのように意識されていましたか? 

「トーベとムーミン谷というのは分けて考えることができないんじゃないかと思います。友人たち、家族、全員がこのムーミン谷に登場するんですよね。それぞれの癖もキャラクターの個性として描かれていたり、人間を全般的に見た時のタイプ、例えば、いろんなことを知っていて上から目線の人、そんな感じの人は誰の人生にもいると思うんですけど、そういったキャラクターもちゃんとムーミン谷にはいたりして。いろんな人間の『いるよね』っていうタイプのキャラクターが登場します。

私が個人的に興味を持つのは、小さいクリーチャーたちなんです。シャイだったり名も無かったりする。でもトーベは彼らにスポットライトをあて、物語を与えたり、時には名前を与えたり、彼らが自分を表現できるようにしている。それがすごく素敵だと思うんです。だからこそ、これほど多くの人に愛され、多くの人がムーミンキャラクターに共感できるのだと思います。

トーベは自分のことをムーミンに似ている、と言っていたことがあります。好奇心いっぱいで少しナイーブなところ、そしていつもスナフキンたちと冒険を求めているようなところ。母親との関係もそうかもしれませんね。母親とトーベはとても深くて仲が良い、素敵な関係だったんですよね。ムーミンも何よりもお母さんが大事ですし」

──トーベがミムラだと例えらるシーンもありましたが、どのような意味なんでしょうか?

「『ミムラする』のように、『ミムラ』を動詞で使うときは『セックスをする』という意味を持たせていたそうです。だから、ミムラ姉さんの他にも、同じ種の子どもたちがたくさんいますよね。映画の中でヴィヴィカが『あなたはすぐミムラだってわかったわよ』ってトーベに言ってたのは、女性も好きになるような方なんじゃないか、という意味なんだと思います。それに対して、トーベは『そう?』って返してましたね。果たしてこの解釈が正しいのかどうかは分かりませんけれどね」

──本国フィンランドでは2020年、パンデミック下での公開でした。そんな中、スウェーデン語で描かれたフィンランド映画としては史上最高のオープニング成績を記録するなど、大きな反響があったそうですね。現代のフィンランドにおいて、トーベ・ヤンソン、そしてムーミンの物語はどのような存在なのでしょう?

「今、トーベ・ヤンソンに対して、アーティストとしての価値というのが、さらに大きく認められつつあります。彼女の描いた油絵なども、以前よりも価値が上がっている。一時は、どこを向いても、ムーミンのグッズがあるような状況で、それは少し行き過ぎていたのかもしれません。そんな状況と比べると、今はムーミンだけではなく、アーティストとしての側面がどんどん掘り下げられている。

ムーミンの物語は、今でもフィンランドでは愛され、大事にされていて、すごく誇らしい存在です。それは彼女の生き方がこれらの作品に込められているからだと思うんですよね。今も変わらず彼女はアイコンで、それはこれからも何世代も続いていくでしょう。インスピレーションを与えてくれる存在であると思っています」

──最後に。映画を見た人たちからは、どのような反応がありましたか? 

「『観て、家に帰って、お酒を飲んでダンスをした』という方がとても多くて、うれしく思いました。それは映画の中で表現されていた、彼女が持っている“生きる喜び”を祝福するようで、とても素敵なことだと思ったから」

──映画の中でも印象的なダンスシーンがあり、エンドロールでも素敵なサプライズがありましたね。

「フィンランドではパンデミック中にこの作品が公開されたので、心配だったり、落ち込んだりしている人もいて、みんなが喜びを求めているタイミングでもありました。そしてトーベも全てが順風満帆な人生だったわけではなくて、映画では、すごく大変な時期も描かれていた。その中でも、生きる喜びを、ダンスを通して体現していたんだと思うんです。まるで一つの哲学のようですよね」

『TOVE/トーべ』
監督/ザイダ・バリルート
出演/アルマ・ポウスティ(トーベ・ヤンソン)、クリスタ・コソネン(ヴィヴィカ・バンドラー)、シャンティ・ローニー(アトス・ヴィルタネン)
原題/TOVE
配給/クロックワークス
http://klockworx-v.com/tove/
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2021年10月1日(金)より、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国ロードショー

Interview & Text:Hiromi Mikuni Edit:Chiho Inoue

Profile

アルマ・ポウスティAlma Pöysti 1981 年フィンランド・ヘルシンキ出身。母語はスウェーデン語だが、フィンランド語や英 語、フランス語にも精通している。2007 年にフィンランドのシアターアカデミーを卒業。 フィンランドやスウェーデンの舞台や映画へ出演し、俳優としての経験を積む。2012 年に 主演を務めた『Naked Harbour(原題)』がユッシ賞(フィンランドのアカデミー賞)で作 品賞を含む8部門にノミネートされ、大きな注目を集めた。また、2014 年にトーベ・ヤン ソン生誕 100 年を記念して制作された舞台『トーベ』で若かりし頃のトーベ・ヤンソン役 を演じたほか、アニメーション映画『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』(14)で はフローレン(スノークのおじょうさん)の声を担当した。

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