“前衛の女王”シンディ・シャーマンの全貌に迫る回顧展@フォンダシオン ルイ・ヴィトン
現代の自撮りカルチャーに先駆け、コンセプチュアルなセルフポートレート作品で旋風を巻き起こしながら、女性のアイデンティティを問い続けてきたアーティスト、シンディ・シャーマン。その表現は、いかにして女王の風格を湛えるに至ったのか。パリのフォンダシオン ルイ・ヴィトンで開幕した回顧展に寄せて、アートライターの住吉智恵がひも解いていく。
自撮りの歴史に君臨する社会派アーティスト
ニューヨークを拠点に活動するアーティスト、シンディ・シャーマン(1954年、ニュージャージー州生まれ)は、現代アメリカを代表する写真家であり、映画監督であり、美術家である。1970年代より、コスチュームを着けた自分自身を被写体としたコンセプチュアルなセルフポートレートを発表し続けてきた。また時には、インディペンデント映画やTV番組に出演したりもする、現代美術界きってのハードコアなセレブリティでもある。 当初は4〜8月に予定されていたその大規模な回顧展が、フォンダシオン ルイ・ヴィトンの再開とともに開幕。日本からも大きな注目が寄せられている。本展は、シャーマン自身の全⾯的な協⼒を得てデザインされた空間構成により、彼女のこれまでの活動の全貌に迫るものとなる。1975年から2020年までに制作された170作品を一堂に集め、300点以上もの写真と画像の展示物を一挙に見せる。さらに2010年代初頭の作品や、ごく最近完成したばかりの未発表の最新作にもスポットを当てる。
なかでも、かつて同館で開催されたMoMA(ニューヨーク近代美術館)のコレクション展でも公開したことのある、初期のモノクロームの連作『Untitled film stills』を整然と設置した展示は壮観である。B級映画やフィルム・ノワールのヒロインに扮して撮影した本作は、シャーマンが一躍注目を浴びるきっかけとなったシリーズであり、彼女が作風を確立する大きなターニングポイントとなった代表作だ。
“グロテスク”な表現が写し出す女性のアイデンティティ
白黒の作品世界から、やがてカラー写真、実物大のポートレート、ホラー映画へと制作媒体を発展させていくなかで、シャーマンは現代社会におけるアイデンティティの問題に絶えず一石を投じてきた。
とりわけ映画やファッション、ポップカルチャーの業界において、常に取り替えの利く存在として扱われ、消費されてきた女優やモデルなどの役割を演じることで、シャーマンは拠り所なく浮遊する女性たちのアイデンティティに焦点を当てる。観る者は(特に女性の鑑賞者は)「自分はいったい本当は何者なのか」というシャーマンの問いかけに向き合うことになる。
例えば、B級ホラー映画の冒頭あたりでさっさと惨殺される女性の死体。ポルノ映画の撮影現場で安物のピンクのバスローブ姿で休憩する女優。ファッション・ヴィクティムたちの心理を投影する使い古しのマネキンのようなモデル。容貌の欠点や老いを覆い隠すどころか強調された歴史上の人物。
このようなグロテスクともいえる表現には、アメリカの大衆文化におけるセレブリティの理想化や自己同一化を逆手に取った視点があるともいえる。それは、50年代にフリーキーな人物造形に魅せられたダイアン・アーバスとも、60年代に取り巻きの有名人を被写体にしたアンディ・ウォーホルとも違う、さらにその先を行く脱構築的アプローチだった。
また近年では、男性やカップルに扮したポートレートや、1920年代の銀幕女優たちに自身の年齢相応の容貌で取り組んだ作品など、多様な視点に着目している。
奇才ジョン・ウォーターズ監督の自伝的映画『I love ペッカー』(1998年)で、シャーマンが彼女自身の個展オープニングの場面に出演したことはあまり知られていない。90年代当時、アメリカのみならず世界的傾向だった反知性主義的な写真芸術や、過剰なセレブ指向への痛烈な皮肉に満ちた本作には、自身も写真家として作品を発表するウォーターズから、“身体を張った”前衛の女王シャーマンへの敬愛が惜しみなく表明されていた。
「私は自分がなりたいすべての者になれる」とシャーマンは語る。また「一人なら完璧に自由、必要なことは何でも邪魔されずに自分の意志でできる」と言って、現在もアシスタントなしで、すべて一人で作品制作をこなすという。
ちょうどいま映画産業で批判が巻き起こっているように、ハリウッドの映画監督の大多数は男性。永きにわたり、女性は女優として役を演じることしかできなかった。しかしシャーマンは70年代のデビュー時にしてすでに監督であり、女優であり、プロデューサーであり、それらすべてだったのだ。
シャーマンの視点と呼応するフェミニズムの先鋒たち
また一方、フォンダシオン ルイ・ヴィトンではこの大規模な回顧展と同時開催で、シャーマンの協⼒により同館のコレクションから厳選した作品群を「Crossing Views(交錯する視点)」と題して紹介する企画展が行われている。
シャーマン展の出展作品と呼応する形で、展示は2フロアに分かれている。世代もバックグラウンドも異なるフランス⼈アーティストのほか、国際的なアーティスト20名による本展。絵画、写真、彫刻、映像、インスタレーションなど、さまざまなメディアを用いたポートレートを中⼼に約60作品が展示され、まさに複数の眼差しが縦横に交差し、タペストリーを織り上げるような重層的な展示となる。
なかでも本展示では、ルイーズ・ブルジョワやマリーナ・アブラモビッチといった、シャーマンにとって少し先輩世代の女性作家にも新たな視点でアプローチしている。アブラモビッチがスペインの聖女テレサに扮したセルフポートレートなど、フェミニズムの先鋒たちが女性のアイデンティティの問題に独自の視点を照射してきた、その角度にも注目したい。
フォンダシオン ルイ・ヴィトンの公式サイトでは、これら二つの展示を担当したキュレーターたちのインタビューや展示風景の一部を観覧できる短編動画が公開中だ(以下参照)。パリに実際に赴くことのできるのはまだ先になりそうだが、示唆に富んだ展示構成をヴァーチャルに体験できるこの機会を楽しみたい。
Foundation Louis Vuitton | Cindy Sherman 館内ツアーショートクリップ(日本語字幕)
※掲載情報は10月9日時点のものです。
開館日や時間など最新情報は公式サイトをチェックしてください。
「シンディ・シャーマン展」
会期/2020年9月23日(水)〜2021年1月3日(日)
会場/フォンダシオン ルイ・ヴィトン
住所/8 Avenue du Mahatma Gandhi Bois de Boulogne, 75116 Paris, France
開館時間/11:00〜20:00
休館日/火
入場料/大人14€
URL/www.fondationlouisvuitton.fr/fr/evenements/cindy-sherman-a-la-fondation-louis-vuitton
Text:Chie Sumiyoshi Edit : Keita Fukasawa