Numero TOKYOおすすめの2022年9月の本
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、海外でも高い評価を受ける村田沙耶香の短編集、大注目の韓国SF界から映画化も決まった一作、そして鬼才・舞城王太郎の新作をお届け。
『信仰』
著者/村田沙耶香
価格/¥1,320
発行/文藝春秋
さらなる飛躍を予感させる最新短編&エッセイ集
海外の文芸誌のために書き下ろした作品の原文などの8編が収録された村田沙耶香の最新短編&エッセイ集。これまでさまざまな作品を通して世の中で“正しい”とされていることが本当に“正しい”のかを問いかけてきた著者だが、本作ではさらなる観点で読み手へと問いを投げかけている。
8編の中でも時節柄、現実とのつながりを特に感じさせるのが、2021年シャーリー・ジャクスン賞にノミネートされた表題作の『信仰』だ。「原価いくら?」を好きな言葉とし、「子供のころから、『現実』こそが自分たちを幸せにする真実の世界だと」信じ、周りの人々にも勧め続けてきた主人公の永岡。彼女が疎遠だった同級生からカルト商法を始めようと誘われたことをきっかけに予期せぬ事態へと巻き込まれていく物語は、宗教にしろブランドにしろ、根拠なく何かを崇めることの不気味さを描き出す。
また、多様性という言葉への見解を、著者が「一生背負っていくことになるのだと思う」という「罪」についてとともに綴ったエッセイ『気持ちよさという罪』は、多様性の本質を考えさせられると同時に、“わかりやすさ”を口実に他者を軽率にラベリングしがちな社会の風潮についても問いかける。
国内のみならず海外でも脚光を浴びる著者のさらなる飛躍を予感させる、研ぎ澄まされた言葉と感覚に満ちた一冊。
『モーメント・アーケード』
著者/ファン・モガ
訳/廣岡孝弥
価格/¥1,320(税込)
発行/クオン
韓国の俊英による、心を震わされる傑作短編
ここ数年だけでも、すぐれたSF作家が次々と誕生している韓国。『わたしたちが光の速さで進めないなら』のキム・チョヨプ、『千個の青』のチョン・ソンランに続く俊英として注目したいのが、本作『モーメント・アーケード』で2019年第4回韓国科学文学賞中短編部門で大賞を受賞し、デビューを果たしたファン・モガだ。
「瞬間(モーメント)」と呼ばれる他人の記憶データが、仮想現実空間内で売買される近未来。今は亡き母親の介護に疲れ切り、人生の喜怒哀楽の感じ方すら忘れてしまった主人公の「私」は、自分の惨めな人生から逃避するように他人の記憶を手当り次第に疑似体験している。ある日、キーワード検索で偶然見つけたモーメントをきっかけに「私」の日々が思わぬ形で変わり始める。
あらすじの内容から、主人公である「私」が人生をリセットする物語だと予想がつく読者は多いと思う。しかし、いくつもの予期せぬ展開を経たあとにラストへとたどり着いた瞬間、短編作品とは思えぬほどの深い余韻と感動を覚えずにはいられないはずだ。また、ケアの問題やメンタルヘルスなど、さまざまな要素を綿密に主題へと組み入れながらも、実に読みやすく美しい文章として仕上げてしまう著者のストーリーテラーとしての才能にも驚かされるはずだ。
現時点で邦訳されている著者の作品は本作『モーメント・アーケード』だけだが、9月末に発売予定となっている世界SFのzine『Rikka Zine』〈Shipping〉特集号にて、新たに邦訳された短編が掲載される予定となっている。本作でファン・モガ作品の虜になった方は、ぜひ併せて注目してみてほしい。
『短篇七芒星』
著者/舞城王太郎
価格/¥1,760(税込)
発行/講談社
舞城王太郎のエッセンスが凝縮された最新短編集
第147回芥川賞の候補作となった『短篇五芒星』(講談社刊)から10年。「奇跡の短篇集」と謳われた『短篇五芒星』に続く、舞城王太郎の最強&最新短編集となるのが本書『短篇七芒星』だ。収録された7編には、名探偵ものにはじまり、奇譚、人間の悪意の探求、青春物語など、舞城作品を語る上で欠かせないエッセンスが凝縮されている。
7編それぞれに作風が異なるため、舞城作品に初めて触れる人は面食らうかもしれないが、この多様さこそ舞城作品の魅力だとも言える。どの短編をベストと感じるかは人それぞれではあるが、人の悪意と善意を同時に描きつつ、人生におけるマジックアワーのようなひとときを切り取った『春嵐』は文学的な美しさにも満ちており、この1編だけのために本書を入手しても決して損はない。
また、「どのような側面においてもプラスとかポジティブとか前とか上とか善とか良とかとは反対の性質しか持たない」存在との奇妙な関係性を描いた『代替』と、謎めいた存在から家族を守るために奮闘する主人公を描いた『縁起』の2編は、奇譚や禍話の要素が多く織り込まれているので納涼として読むのにうってつけだろう。
一人で読んで楽しむもよし、読書会のような場を設けてお気に入りの作品について語り合うもよし。10年前よりもさらに豊潤となった舞城王太郎が描く世界を堪能してほしい。
Text & Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito