Culture / Post

Numero TOKYOおすすめの2021年10月の本

あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、まるで詩のような極上のSFコミック、読み応えのある少女の宇宙冒険ストーリー、そして読書の秋にぴったりの世界的ベストセラー。

『月の番人』

著者/トム・ゴールド
訳/古屋美登里
価格/¥1650(税込)
発行/亜紀書房

静寂さと「余白の美」に心を動かされるSFコミック

グラフィックノベル『ゴリアテ』などの作品で知られ、「ガーディアン」紙や科学雑誌「ニュー・サイエンティスト」をはじめとする媒体で作品が定期的に掲載されるトム・ゴールド。「ニューヨーク・タイムズ」紙のベストセラー・リストにも選出された本作は、月のコロニーの安全を守る警察官を主人公としたSFコミックとなっている。

月のコロニーと聞いて、華やかな未来の世界をイメージする人もいるかもしれないが、本作で描かれるコロニーはそうでもない。ゴツゴツとした岩だらけの土地に点在する建物は、どこかくたびれた雰囲気を醸し出し、ところどころに生えている草木はサン=テグジュペリの『星の王子さま』に登場するバラのようにガラスドームに覆われている。音が伝わらない真空状態にある月面とはいえ、ひたすら物静かな世界が広がっている。

「警官になって月面で暮らす」という子ども時代の夢を叶えた主人公だが、過疎化が進むコロニーでは事件らしい事件もおきず、警官らしい業務といっても立ち入り禁止区域に入り込んだ少女を注意したり、迷子の犬の捜索くらいしかない。数少ない住人たちが次々と地球へと戻り、業務を引き継いだロボットばかりが残されるなか、主人公はある決断をするが……。

横顔しか見せない登場人物たちは、一般的なマンガと比べると表情が少ないが、時折はさみこまれる宇宙空間の描写が主人公の内面を見事に表現しており、あらゆる余白に込められた詩情に心を動かされる。また、ロボットにすら「お巡りさん」としか呼ばれていなかった主人公が、誰かに名前で呼ばれる日が訪れることを予感させるラストは、なんとも心地よい余韻をもたらしてくれる。ほかの季節と比べて明るい星が少なく、落ち着いた雰囲気の秋の星空のように、静かにゆっくりと心を癒やしてくれる一冊。

『ビンティ ─調和師の旅立ち─ 』

著者/ンネディ・オコラフォー
訳/月岡小穂
価格/¥2420(税込)
発行/早川書房

少女の成長物語とコンタクトテーマSFが融合した傑作

2018年の公開以降、さまざまな歴史を塗り替えた映画『ブラックパンサー』。その原作であるマーベルのコミックシリーズのシナリオを手がけるライターたちによる文芸作品の訳書の刊行が続いている。2016年以降の「ブラックパンサー」シリーズのヘッド・ライターであるタナハシ・コーツの小説『ウォーターダンサー』(上岡伸雄/訳、新潮クレスト・ブックス)が9月末に刊行されたが、それに先立ち8月に刊行されていたのが本書、ンネディ・オコラフォーによる『ビンティ ─調和師の旅立ち─ 』。なお、オコラフォーは2018年に発表された「ブラックパンサー」シリーズ番外編の原作を単独で努めてもいる。

物語の主人公となるのは、ヒンバ族の16歳の少女であるビンティ。たぐいまれな調停能力を持つ「調和師」としての能力と数学的才能を両親から受け継いだ彼女は、数学の惑星間テストで高得点をあげ、銀河系随一の名門校であるウウムザ大学への入学資格を得る。旅をせず、故郷にとどまり続けるというヒンバ族のしきたりを破り、進学を反対する家族にも秘密で惑星ウウムザへと向かうビンティだが、地球のクーシュ族と敵対関係にある異星種族のメデュースに宇宙船を襲撃され、彼女とパイロット以外の全乗員が惨殺されるという絶体絶命の窮地に陥ってしまう。

以上が、連作中編集である本書の第一部のあらすじとなり、この中編でオコラフォーは2016年にヒューゴー賞やネビュラ賞などを受賞している。続く第二部からは、心身に変調をきたし、その原因が「ヒンバ族の女性なら避けて通れない巡礼」を終わらせていないことにあると考えたビンティが、地球へと帰郷する物語が描かれるのだが、これが第一部以上の波乱とスリルに満ちた内容となっているので、これから読む人はぜひ楽しみにしていてほしい。

異星人や異なる種族の人々など、あらゆる他者との接触(コンタクト)を描く壮大なパートと、ひとりの少女であるビンティの内面的な成長を描くいわばパーソナルなパートが、縦糸と横糸のように交差しながら織られていく物語は、宇宙冒険ものというカテゴリーにとどまらない魅力に満ちている。また作中に散りばめられた——SF書評家である橋本輝幸氏の解説によると「オコラフォーがぜひ紹介したかった」という——アフリカの文化も、物語に深みと美しさを与えているので、アニミズム信仰によって生み出されたアフリカ美術に興味がある人にもおすすめしたい。

『やんごとなき読者』

著者/アラン・ベネット
訳/市川恵里
価格/¥1430(税込)
発行/白水社

読書の喜びをあらためて教えてくれる、世界的ベストセラー

「推し活」という言葉まで生まれ、何かの趣味にのめり込んでいても、以前ほど第三者から咎められることが少なくなった現在。時間を浪費するほど趣味に没頭し、抜け出せなくなってしまうことを「沼にハマる」というが、本作では主人公が読書沼にハマる様子が描かれる。しかも主人公が英国のやんごとない身分の人物であるエリザベス二世がために、側近や閣僚たちを巻き込んだ実に愉快な波乱が展開していく。

城の裏庭に停まっていた移動図書館の車と、本を借りにきていた厨房の下働きの少年に偶然出くわした女王陛下は、そこまで読書に興味はないものの礼儀上、一冊の本を借りる。しかし、このことをきっかけに読書の面白さに目覚め、唯一の読書好き仲間である少年を彼女に直接仕える書記へと昇格させ、果てには馬車の中から沿道の群衆に手を振りながら本をこっそりと読むテクニックまで身につけてしまう。職務ではなく読書を日々の中心に置くようになった彼女をもとに戻そうと側近たちは画策するが、晩学の徒であることを自覚した女王は少しでも遅れを取り戻そうと、数々の妨害工作を物ともせずに猛スピードで本を読み続ける。

数々の作品を読み続けることによって「かつてなら歯が立たないと思ったはずの本も、鉛筆片手にやすやすと読めるように」なったりと、女王が読み手としても人間としても成長していく過程を丁寧に描いた物語は、読書好きであれば共感せずにはいられない。また、読書に目覚めてしまったがために生じた悩みや悲しみを、行動派の女王ならではの方法で乗り越えるラストは、興味や好奇心を抱くという行為には年齢制限などないという勇気も与えてくれる。

本書は2009年に刊行された作品の新書判なので、既に単行本で読んだという人もいるだろう。しかし作中で女王がカナダへの公式訪問で出会った作家が、現実では2013年にノーベル文学賞を受賞していたりと、再読が近年における文学界を振り返る楽しいきっかけになるだろうし、何より作中の言葉を借りるなら「ペーパーバッグでハンドバッグに入る大きさなのがいい」。読書の魅力をユーモアと風刺を交えながら描いた物語は、読書の秋のはじまりに最適だと思うので、未読の方はもちろん既読の方にも手に取ってほしい。

ヌメロ・トウキョウおすすめのブックリスト

Text & Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito

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JANUARY / FEBRUARY 2022 N°153

2021.11.27発売

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