Numero TOKYO おすすめの2020年9月の本
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきの3冊をご紹介。
『砂漠が街に入りこんだ日』
著者/グカ・ハン
訳/原正人
本体価格/¥1,800
発行/リトルモア
選び取った外国語で執筆された、鮮烈な越境小説集
ソウルで造形芸術を学んだのち、2014年にパリへと移住したグカ・ハン。彼女のデビュー作品となる本書は、母国語である韓国語ではなくフランス語で執筆されただけでなく、フランス語以外の言語に翻訳されるのはこの日本語版が初めてという特殊な背景を有している。
収録されている8編の物語に登場する人物たちも特殊である。主人公である「私」や「あなた」が、どこかしらへと移動をする様子が各作品では描かれるのだが、名前はおろか性別や身分を特定するような情報はごく少ない。また「ルオエス(LUOES)」という都市以外は地名も登場せず、彼らがいつの時代の、どの国にいるのかも曖昧である。
8名の登場人物たちはスクールカーストの下位にいる学生、無関心な母親や周囲から自らを守るためにイヤホンを装着しつづける子ども、街中にある塔をねぐらとする浮浪者などとして、誰もが身を置く社会における力なき異物であることを自覚している。しかし動物のように感覚を研ぎ澄ませながら日々を生き抜く彼らには、どんな異常事態にもしなやかに対応できる“個”としての力強さが備わっているようにも感じられる。誰もが何もかもが唐突に“異”となりえる時代だからこそ読んでおきたい、世界文学に新しい風を吹き込む越境小説集。
『アメリカン・ブッダ』
著者/柴田勝家
本体価格/¥860
発行/早川書房
独創的な才能が描き出す、近未来における“楽園”の姿
民俗学とSFを融合させた『ニルヤの島』でデビューし、昨春には南方熊楠を主人公とした夢幻的な歴史改変SF『ヒト夜の永い夢』を上梓した柴田勝家。初の短編集となる本書でも、彼の独創性は存分に発揮されている。
収録された6編は2016年以降に発表されたものだが、現在の情勢を連想させるような作品もある。2018年に発表された『検疫官』は、あるものが及ぼす感染症を食い止めるべく空港で働く検疫官を主人公とした作品。感染を恐れる登場人物たちの心情は、感染拡大防止対策が日常化した現在に読むとよりリアルに感じられる。
書き下ろし作品である表題作は致死性の昏睡症が広まり、国民の多くが現実世界を見放した近未来のアメリカ大陸が舞台となっている。流行病を発端とした経済の停滞や、不満のはけ口として横行する人種差別などによって複合災害が拡大していく描写は、現実におけるアメリカを想起させ、「人間の脳を凍結し、その精神をコンピューター上で走らせる」技術が国家規模で導入されていく展開に何ともいえないリアリティを持たせている。
フィクションを通して未来を予見する作家は少なからずいるが、柴田勝家もその一人だとしても過言ではないだろう。彼が描くディストピアともユートピアとも捉えられる未来が実際に訪れるまでは、その世界を物語として楽しんでおきたいと思わずにいられない一冊。
『内なる町から来た話』
著者/ショーン・タン
訳/岸本佐知子
本体価格/¥2,900
発行/河出書房新社
動物とヒトとの関係を描く、ショーン・タン最新作
移民をテーマにした文字のないグラフィック・ノベル『アライバル』や、オフィスで働く一匹の虫と彼を見くびる人間たちをめぐる絵本『セミ』などの作品で知られるショーン・タン。2011年に刊行された『遠い町から来た話』の姉妹編にあたる本作は、動物を題材にした25の物語とイラストレーション作品が収められた絵本となっている。
作中ではイヌやネコといった身近な動物、空を泳ぐシャチやムーンフィッシュ(アカマンボウ)、法定代理人を通じて人類を訴えるクマなど、多種多様な動物たちが都会の中にいる。油絵のタッチで描かれた幻想的な彼らの姿に、ヒト社会で共生する動物たちの物語を期待する読者もいるだろう。しかしヒトの利己心を寓話のように描き出す物語も少なくはなく、ヒトこそが「みんな一つのもので結ばれた兄弟姉妹」である動物たちにあわせて生きるべきではないかとも思わせる。自分とは異なる存在と寄り添って生きることや、そこから生まれる喜びや悲しみも描き出す本作は作者のファンはもちろん、動物好きも楽しめるはずだ。
また訳者あとがきでも触れられているが、作者の公式サイトでは各作品が誕生した背景や、それぞれにこめたメッセージについての解説が、スケッチなどと共に公開されている。英文ではあるが、より深く作品世界について知りたい方には併読することをおすすめしたい。
Text & Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito