マルチな才能でジャンルを横断しながら、スタイルを築くクリエイターの存在感が増している。絶え間なく挑戦を続ける3名に、自身を突き動かす原動力やその先に見据える未来を聞いた。vol.3は文芸評論家の三宅香帆。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年9月号掲載)
学びを楽しみ、自分の言葉で届ける
7年間で20冊を超える著作を持ち、テレビやSNSでも軽やかに言葉を届ける文芸評論家の三宅香帆。彼女がいま本と人の間に開こうとしている景色とは。

──SNSやAIの加速で言葉が氾濫する時代に、ご自身でも「珍しい」と自負する文芸評論家という仕事を選んだ経緯を教えてください。
「大学院生の頃、バイト先の書店のブログに公開したブックガイドの記事が大きく広がり、出版社から声をかけていただいたんです。それが最初の著書『人生を狂わす名著50』につながって、本格的にこの仕事を始めることとなりました。もともと大学院では文学研究をしていたんですが、論文の書き方を学んだことで、逆に今を生きる人たちに評論という形で何かを届けられるのではと思ったところもあります」
──三宅さんはこの仕事にどのような役割があると捉えていますか。
「何かを書くとき、そのきっかけの多くは、物語を読んでいるときに生まれます。物語の書き手は、社会についての問いをすごく早くキャッチしている方たちだと思うんです。まだ言葉になっていない感覚や疑問を物語にして描いている。でもそれを社会が『問い』として認識するまでには少しタイムラグがあります。私自身はその間に立って、『問い』を共有し、つないでいるような感覚がありますね」
──2024年に刊行されたベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、まさに多くの人が抱えるモヤモヤを言葉にした一冊だったと感じます。
「『やりたい気持ちはあるけどできない』というモヤモヤは世の中にたくさんあると思います。その気持ちを『やる気がないからだ』とか『無理しなくていいよ』って言われると、それは否定したくなる。忙しくて本を読めない人が、SNSや動画だけで満足かというとそれは違うんですよね。その言葉になっていなかった感覚に共感してくださった方が多かったのかなと思います」
──三宅さんは本を読むために会社を辞める決断までされたわけですが、あらためて三宅さんにとって本とはどんな存在なのでしょう?
「自分を外の世界につないでくれるものです。本を読めなくなった時期は毎日一生懸命働いて、それはそれでやりがいもあって楽しいんですけど、どこか自分ではない、仮面を着けているような感覚がありました。おそらく会社外の世界と断絶されて、会社員としての自分の中に閉じてしまったことで、自分のいる場所がよく見えなくなってしまったんだと思います。私は、自分が自分でいるために本を読むことが必要だったんです」
多くの人に書評を開く。知識を得る、議論する面白さ

──三宅さんの活動を通じて、評論や書評を身近に感じられるようになった人も多いのでは?
「これまで評論や批評というジャンルは一部の読者だけに向いているものが多いのでは、と感じていました。でも、出版の歴史をひもといても、読者を広げていく努力をすることで、また新しい文章や媒体の魅力が開拓されていくものだと思います。そういう意味で、批評もまた文体を変えていっていいのではと。最近は本を読んで共感するだけじゃなく、知識を得たり、議論することの面白さに気づく人が確実に増えてきていると感じます。特に女性の中で新書を読むことや、批評や議論を楽しむことがもっと広がるといいなと。自分にできることはすごく少ないですけど、ちょっとずつでも社会を変えられる部分があるのかもしれないと希望を持っています」
──芸人やアーティストなど出版界隈以外の方とも積極的に共演されているのは、より広く多くの人に伝えたいという思いがあるのでしょうか。
「共演をきっかけに、普段は本の情報にあまり触れていない人から『久しぶりに本を読みたくなった』という声をいただくこともあります。思うに、本好きって想像以上に多いのではと。今は読んでいなくても、子どもの頃は好きだったとか影響を受けたとか…、人生のどこかで本にポジティブな感情を持ったことがあって、心のどこかでは『読みたい』と思っている人が実は少なくない。そういう人たちにとって、久しぶりに本の面白さに触れるきっかけになればいいなと」
本はポジショントークじゃない
──三宅さんは「読むこともクリエイティブなことだ」とおっしゃっています。本を読むという行為の価値を上げるには具体的にどんな変化が必要でしょうか?
「大事なのは個人の感想が増えることだと思います。同じ本を読んでも、一人一人まったく違う読み方があって感じ方がある。その面白さは言葉にされて初めて見えてきます。ただ、SNSが広がるなかで、立場や空気を読んで、自分の言葉を変えてしまう人が増えている気がするんです。本を読むことは、本当は自由に考えて、自由に感じていいんだということを思い出せるな、と。誰にでも読む自由、感じる自由がある。それってすごくクリエイティブなことだし、豊かなことだと思うんです」
──SNSや動画にはない、本ならではの強みはどこにあると思いますか。
「私たちの悩みって尽きないじゃないですか。それを自分の中だけで抱えていると本当にしんどいし、なかなか答えが出なかったりもする。でも、本を読むと『こんなに悩んでいたことが歴史的にはずっとある話だったんだ』『同じ悩みを抱えている人がこんなにいたんだ』って全然違う角度から物事を見られるようになったりするんです。そうやって外部に接続できるものがあると生きやすいと自分自身も思っているのですが、SNSや動画の場合、どうしても発信者のメリットにつながる情報が多くなりがちですよね。でも本はメディアとして簡単に取って出せるものではないのもあって、ポジショントークじゃない言葉に出合いやすい。そこがいいと思っています」
時代を追わず、やりたいことを丁寧に積み重ねる
──効率が重視される時代に、時間をかけて本を読むことの価値をどのように考えていますか。
「今は『調べるならAIでいい』『要点だけ押さえておけばいい』という外側の意識にどうしても巻き込まれがちな気がします。でも、自分で本を読んで、学んだり、知識を得たりすること、その純粋な体験が面白い。私はそれを伝えたいんです。最近は結局のところ私自身が楽しんでいる姿を見せることが誰かの心を動かすことにも通じるんじゃないかと思っていて。特に女性が新書や批評から知識を得たり、議論することを純粋に楽しんでいる姿はメディアや動画でまだまだ見る機会が少ないのではないかと。自分のような存在がメディアにいることで、下の世代に何か届けられたらいいなという気持ちもあります」
──noteで「時代を追うなんてまっぴら、時代はひとりひとりがつくるもの」と書かれていましたね。
「『時代を捉えてますね』と言っていただくことは多いんですが、そこを狙いたいとは思っていないんです。この先数年後どうなるかなんて誰にもわからない。わからないことを一生懸命考えようとするよりも、物語にしっかり向き合うことや知識を得る楽しさを丁寧に伝えること、つまりは自分がやりたいことに集中していたいと思っています。それが時代と合わなくなることがあっても、結果的にはそのほうが絶対にいいものが書けると思うんです」
──今後はどんなものを書いていきたいですか。
「7月に『推したちとどう生きるか』と『「夫婦」不在社会』という2冊が出たのですが、どちらも批評に近い内容で、じっくり深く潜れる本という媒体だからこそ届けられるものになったと思います。それをやり切った感もあって、下半期はもう少し軽やかなものも書いてみたいです。例えば女性が生活の中でどのように本を読み、知識を得ているのか、そういうことを自分の日常を通して考えるエッセイとか…。楽しく、自分の目線と言葉で届けたい。何事も考えるきっかけや入り口は多いほうがいいですよね。私もそんな入り口の一つになれたらと思っています」
Photo:Ayako Masunaga Cooperation:twililight Interview & Text:Renna Hata Edit:Miyu Kadota
Profile


