松尾貴史が選ぶ今月の映画『ヒトラーの毒見役』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『ヒトラーの毒見役』

1943年、第二次世界大戦末期。ベルリンの爆撃を逃れ、ポーランドで戦地にいる夫の帰りを待つローザ(エリーザ·シュロット)。ある日、彼女は他の若い女性たちとともにヒトラーの毒見役に命じられる。ナチスに運命を翻弄されたある女性の衝撃的な実体験とは。映画『ヒトラーの毒見役』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年9月号掲載)

女性から見た戦争

主人公はローザという若い女性です。結婚する直前の4年前、夫は兵隊に取られて戦地にいるようです。結婚してから一度も会っていないという状況です。第二次世界大戦末期、戦争の混乱で生活圏を離れ、東部戦線に近い村にある夫の両親のもとへ身を寄せます。ある日、彼女は突然ナチスの親衛隊に、事情も説明されず連行されます。

ベルリンで指揮をとっているように思わせながら、ヒトラーはこの地に隠れているのです。彼女たちは、ヒトラーの食事を毎日先に食べ、毒が入っていないか確かめる「毒見役」に選ばれたのです、強制的に。

彼女たちは、毎日「食べれば死ぬかもしれない」という恐怖の中で食事を口にし、生き延びようとします。窮屈な監視下で狭い人間関係は深くなったり、険悪になったり、というところはご想像通りだと思います。やがて友情や対立が生まれ、戦争も激化する中で、それぞれが困難な選択を迫られていきます。

1944年7月20日、総統大本営でヒトラー暗殺を狙うクーデターが起こります。こんな状況が長続きするはずもありませんね。当事者たちにとっては随分と長い地獄であったとは思いますが。

この「第二次世界大戦中、ヒトラーに毒見役がいた」ということは、2012年にマルゴット・ヴェルクというドイツ人女性が、自分の体験を公表したことで世の中に知られるようになりました。ヒトラーの協力者だと思われることが恐怖で、その過去を周囲の誰にも語らずにいたのですが、晩年、終戦から67年も経ってから公表したのです。

物語はフィクションの部分もありますが、史実に基づいて構成されています。以前この欄でもご紹介した作品『関心領域』のように、戦争映画ではありますが戦闘シーンはなく、その代わり毎日の食事が命懸けであるという異様な状況の「戦い」なのです。

兵士ではない女性の側から描いたヒューマンドラマです。普通の人たちが、極限状態の中でどう生きていくかという視点です。生きるために必要な食事という行為が、毒が入っていたら死んでしまうという恐怖の時間となるのですから、心も体も健康に保てているほうが不自然です。昼と夕、料理を口にして、毒の症状が出ないか1時間様子を見るという日課なのです。

彼女たちはドイツ人であり、ヒトラーに協力させられていますが、もちろん被害者です。脅迫されて強制されただけなのですから。それでも亡くなる直前まで公表することが憚られるという闇を抱えて生きなければならなかったのです。彼女以外のメンバーが公表するチャンスもあったでしょうが、結果を見れば推してしるべし、ですね。

ともあれ、主演のエリーザ·シュロットの内面の葛藤の演技表現が秀逸、そして美しいのです。

『ヒトラーの毒見役』

監督/シルヴィオ・ソルディーニ
出演/エリーザ・シュロット、マックス・リーメルト、アルマ・ハスーン、エマ・ファルク、オルガ・フォン・ラックヴァルト、テア・ラッシェ、ベリット・ヴァンダー、クリームヒルト・ハーマン
公開中

©2025 Lumière & Co. / Tarantula / Tellfilm / Vision Distribution

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

俳優、タレント、創作折り紙「折り顔」作家など、さまざまな分野で活躍中。最新刊に毎日新聞のコラムの書籍化第6弾『違和感気質』。出演映画『開戦前夜』が公開中。カレー店「パンニャ」店主。@Kitsch_Matsuo
 

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