文筆家・伊藤亜和らが案内する知の世界|“新しい知”の楽しみ方 vol.2 | Numero TOKYO
Culture / Feature

文筆家・伊藤亜和らが案内する知の世界|“新しい知”の楽しみ方 vol.2

ニセ情報が渦を巻き、社会の分断が窮まって、不安と嘆きが絶えない時代。無力感を覚えるリベラル界隈の一方で、新たな兆しが芽生えていた。偉ぶらず、論破せず、より明るく軽やかに、知そのものを楽しもう――。哲学者・谷川嘉浩を監修に迎え、この新たな知の動向に光を当てたい。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年7・8月合併号掲載)

Supervision:Yoshihiro Tanigawa Edit:Miyu Kadota, Keita Fukasawa

 

“好き”から広げる、 知の世界

知ること自体を楽しみ、自分の興味や関心から世界を広げる。そんな新時代の語り手3名が、新しい視点や理論の面白さに出合ったコンテンツを紹介する。

伊藤亜和|文筆家

1996年、神奈川県生まれ。noteに投稿したエッセイ「パパと私」で注目を集め、文筆家として本格的に活動を開始。初の絵本『モプーはヘンダ』出口かずみ/絵(KADOKAWA)を5月27日に刊行。

1.『朝井リョウ·加藤千恵 信頼できない語り手』

哲学的日常の話題にあふれた軽妙なトーク

各種音声配信プラットフォームで配信中
各種音声配信プラットフォームで配信中

小説家の朝井リョウと歌人で小説家の加藤千恵のポッドキャスト番組。もちろん良い意味で、作家らしい小難しい話題はありません。小難しくないのに、哲学的日常の話題にあふれているという奇跡的な番組です。二人のワードセンスと視点のユニークさによって毎回面白さがK点突破していて、この二人と友人ではない自分の人生に虚しさすら覚えてしまいます。毎年一夜限りの復活を遂げている『オールナイトニッポン0(ZERO)』も併せて是非聴いてください。

2.『爆弾』

単純な正義では語れない人間の複雑さ

爆弾』Blu-ray&DVD 発売中 発売元:フジテレビジョン 販売元:TCエンタテインメント ©呉勝浩/講談社 ©2025映画『爆弾』製作委員会
爆弾』Blu-ray&DVD 発売中 発売元:フジテレビジョン 販売元:TCエンタテインメント ©呉勝浩/講談社 ©2025映画『爆弾』製作委員会

日本アカデミー賞ですでに注目度は十分かと思いますが、私は映画公開直後に映画館で拝見し「これはすごいぞッ!」と周りの人におすすめしまくっていました。自慢です。『ブラックスキャンダル』というドラマを見てからというもの、私の中での佐藤二朗は希代の名悪役なのです。容疑者を追い詰める刑事側の心理も単純な正義だけではなく、その複雑さを目の当たりにしながら劇場で何度もうなずいてしまいました。原作も拝読しようと思います。

3.『エルコレ~歌舞伎超TV~』

ホストの葛藤と成長を追ったドキュメンタリー

「ホストなんて…」と思っている人、「歌舞伎超TV」を見てください。ホストたちの葛藤と成長の日々に胸が熱くなります。エンターテインメント、利他の精神、そしてホストクラブの社会貢献の道を開かんとするプロデューサー「軍神」のカリスマっぷりに魅了され、ホストたちに時にメロつき、時には苛立ち、気づいたときには全員を好きになっているという不思議。そのうちお店まで会いに行ってみたくなるかもしれません。私は行きました。

 

児玉雨子|作詞家、小説家

神奈川県生まれ。アイドルグループ、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に作詞提供。著書に『##NAME##』『目立った傷や汚れなし』(ともに河出書房新社)など。

1.『青楼昼之世界錦之裏』

華やかな夜の世界の昼の姿を描いた古典名作

山東京傳 戯作『青楼昼之世界錦之裏』,蔦唐丸,寛政3 [1791] 跋. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/8929704 (参照 2026-05-10)
山東京傳 戯作『青楼昼之世界錦之裏』,蔦唐丸,寛政3 [1791] 跋. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/8929704 (参照 2026-05-10)

近代化以前の近世、特に18世紀後半は黄表紙や洒落本などの遊里作品が人気を博しました。そのなかでも個人的に最も好きな洒落本です。本作は華やかな夜の世界の、その昼の姿を描いたもの。苦界を暴きつつ露悪的でもなく、そこで働いている女性たちの等身大の生活が描かれています。寛政の改革における出版規制の憂き目に遭った作品ですが、軽妙洒脱な文体や表現の技巧も凝らされ、時代を超えて読書の楽しさを教えてくれました。

2.『「少年」「少女」の誕生』

「かわいい」「推し活」が示す社会問題の源流

今田絵里香/著(ミネルヴァ書房)
今田絵里香/著(ミネルヴァ書房)

いまや当たり前に使われている「少年」と「少女」。実はこの言葉は極めて政治的で、急速な近代化推進がなされた明治期に雑誌メディアが作り出した言葉でした。なぜ近代の子どもはわざわざ「少年」と「少女」に分けられたのか。いったい何が、どのように引き裂かれたのか。立身出世、ジェンダー、メディア、かわいい、教育、ポップカルチャー表象、推し活……現代にも尾を引く諸問題のすべての源流、あるいは元凶をたどれる一冊です。

3.『なぜ人は締め切りを守れないのか』

リーンなネオリベラル社会を解体し再構築する


難波優輝/著(堀之内出版)
難波優輝/著(堀之内出版)

これこそまさに「刺さる」タイトル。締め切りという強烈な言葉のとおり、時間哲学の一冊です。「時間的なことは政治的なこと」という本文中の一文にもあるように、リーンなネオリベラル社会を時間という観点から解体·再構築していきます。難波優輝さんの著書はこうした私たちの身近な問題や、現代ポップカルチャーに美学という物差しを当て直すところが特徴的です。文字どおり「令和の人文」をリードする美学者ではないでしょうか。

 

渡辺祐真|作家

©Kenta Koishi︎K
©Kenta Koishi︎K

1992年生まれ。世界の古典文学から現代の小説やアニメ、短歌まで幅広く紹介する。出演はNHKラジオ『スケザネの古典は笑って読め!』、TBSラジオ『こねくと』、著書に『物語のカギ』など多数。

1.『嘘と正典』

超人的アイデアが炸裂する刺激的な読書体験


小川哲/著(早川書房)
小川哲/著(早川書房)

アニメやゲームなど刺激的で面白いコンテンツが次々と生まれるなかで、小説は分が悪い。その最後の希望と呼ぶべき小説家が小川哲である。直木賞を受賞した大長編『地図と拳』、いま話題の『君のクイズ』も絶品だが、テーマも仕掛けも多彩な短編集『嘘と正典』がイチオシ。「そんな設定の物語、絶対面白いに決まってるじゃん!」という、発想が次々に繰り出され、展開も二転三転して予想を超えてくる。おすすめは表題作と「ムジカ·ムンダーナ」。

2.『UNDERTALE』

誰も死ななくていい、やさしいRPGに世界が熱狂

UNDERTALE © Toby Fox 2015-2026. All rights reserved.
UNDERTALE © Toby Fox 2015-2026. All rights reserved.

ゲームクリエイターのトビー·フォックスがほとんど一人で作り上げた傑作。リリース当初は無名のインディーゲームだったが、口コミで広がり、今や世界的な人気を博する。「誰も死ななくていいやさしいRPG」というキャッチコピーのとおり、パズルを通してモンスターたちと仲良くなるもよし、それに反して彼らを殺してもよし。その選択によって物語は変わっていく。事前情報なしでプレイすれば絶対に忘れられない体験になるが、プレイ動画だけでも味わってほしい。

3.『なぜ銅の剣までしか売らないんですか?』

経済や社会の仕組みをシニカルに描く

YouTubeチャンネル「Fラン大学就職チャンネル」
YouTubeチャンネル「Fラン大学就職チャンネル」

ファンタジーゲームでは、最初の街で「銅の剣」のような弱い武器しか買えない。そんなゲームのお約束を逆手に取って、経済や社会の仕組みをシニカルに描いた物語。同作は第1回令和小説大賞 選考委員特別賞を受賞し書籍化されているが、まずは動画で楽しんでほしい。YouTubeではゲームらしいドット絵と音楽、人工音声で、見事な映像作品に仕上がっており、新しい総合芸術としても楽しめる。雨穴『変な家』もそうだが、YouTube発の物語にこれからも期待が高まる。

Text:Awa Ito,Ameko Kodama,Sukezane Watanabe Edit : Miyu Kadota

 

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SEPTEMBER 2026 N°199

2026.7.28 発売

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