絵画や織物、それぞれの手法で色を印象的に用いるアーティストにメールインタビュー。その独自の世界を創出するために、色をどのように見て、向き合い、捉えているのか。アーティストたちの色にまつわる原風景から惹かれる色まで、色彩表現に込められた思いを読み解く。Vol.2は、鍵岡リグレ アンヌ。壁画装飾の古典的な技法を取り入れ、日常の風景の中に潜む抽象的な形態や自然の力を、圧倒的かつ繊細な色彩で構成し、抽象と具象、平面と立体の合間を行き来する。

──色を意識的に捉えるようになったきっかけや原体験は?
「画家であった祖父の影響で、物心ついた頃から美術の世界が身近にあり、幼い頃から絵を描くことが大好きでした。色についてしっかり意識し始めたのは、祖父から本格的に絵を教わり始めた10代の頃からです。彼は鮮やかでパワフルな色彩感覚を持っていて、色同士の響き合いの大切さについて、いつも熱心に教えてくれていました。自然の風景やモチーフを一緒に観察しながら、色彩の捉え方や、それをどう絵具で表現していくかなど、多くのことを彼から学び、その経験が私の作家活動の大切な基盤となっています」
──作家として活動を始めてから、色に対する考え方や向き合い方にはどんな変化がありましたか。
「対象から得た色の情報をそのまま表現する段階から、その要素を用いながら、絵画的により説得力のある色を選択する領域へと変化してきたと感じています。どの色を際立たせるのか、対比のさせ方、彩度や明度のコントロールなど、自身のフィルターを通した色彩表現を意識するようになりました。また、色の鮮やかさや多様さを大切にしながらも、単なる派手さに陥らないように心がけて、調和と冒険のバランスを常に探っています。一つ一つの色を定めるのに納得がいくまで試行錯誤を繰り返しているので、その積み重ねによって、以前よりも色彩を扱う自由度が広がっている実感もあります」

──好きな色、惹かれる色、探求したい色とは? その理由は?
「好きな色はコバルトブルーとレモンイエローで、どちらも作品によく登場する色です。青系の色全般を好んで用いていますが、特にコバルトブルーのカラッとした鮮やかさは、画面に力強さを与えるだけでなく、異なる強い色との相性も良いと感じています。レモンイエローは作品に輝きをもたらしてくれるため、光を表現したい部分に使うことが多い色です。
惹かれる色は紫系で、その中でもモーヴのような落ち着きのある紫色に特に惹かれます。紫はどこか危うさを含んだ色だと自分の中で感じていて、使い方を一歩間違えると、作品全体の方向性を崩してしまう色だと思います。しかし、色合いに注意しながら効果的に取り入れることで、作品としてのオリジナリティをより一層引き立ててくれる色でもあります。
探求したい色はその時々で、作品やシリーズごとに変化しています。色幅の出し方や他の色との関係性、相性といった点で、どの色にもまだ未開拓の部分が多いと感じています。また、部分的に使う場合と、広範囲に平面的に配置する場合とでは、画面上での働き方が異なり、色の扱い方や作品のサイズによっても色の存在感は大きく変わってきます。その条件ごとの変化を探ること自体が、色を扱う面白さでもあります」

──あなたの色彩表現に影響を与えているモノ・コトは?
「祖父の色彩感覚は私の表現に大きな影響を与えていますが、同時に、好きな画家たちからも多くのインスピレーションを受けてきました。幼少期から美術館へ行ったり、図録を見ていく中で、過去の作家たちによって自身の色彩感覚が少しずつ形成されてきたと感じています。そしてその感覚は、今でも新たな作品との出会いによって更新され続けています。特に、ピエール・ボナール、ニコラ・ド・スタール、ザオ・ウーキ、オリヴィエ・ドゥブレといった画家たちから受けた影響は大きく、彼らの作品を通して、色の世界の奥深さと、色彩によって鑑賞者の心を動かすことができるという、芸術を生み出すことの根幹を知ることができました」
──作品において色はどのような役割を果たしていますか。そして、あなたはなぜ色で表現するのでしょうか。
「人は多くのものを、無意識のうちに色彩を通して視覚的に認識していると思います。だからこそ、色彩のあり方によって、私たちが受け取る現実の見え方や印象も変わると感じていて、それは作品においても同じだと考えています。昔から色に魅力を感じる作品に惹かれてきたこともあり、私にとって色は、作品独自の世界観や空気感を生み出す重要な役割を果たしています。
また、透明なものや形だけでは捉えきれないもの、あるいは見えない力も、色の変化によって知覚され、その存在が見えてくると思います。私の作品のテーマは、風景や人体に潜む抽象的な要素やエネルギーを視覚化することなので、色を用いることには必然性を感じていて、私の作品の軸となるものとして位置付けています」

──壁画を研究したとのことですが、壁画のどういう要素に魅了されたのですか。
「壁画の持つ壮大なスケール感や、見る人を包み込むような空間性、そして油彩では表現できない独特の質感に魅了されて、大学院と、パリ留学中にフレスコ画の研究を行いました。フレスコ画は、乾いていない漆喰の壁に水で溶いた顔料で描く技法であり、壁が乾く過程で顔料が結晶化します。色が物質として支持体の上に乗る油彩とは異なり、壁と色が一体化するので、その発色はとても美しく、固有の深みが生まれるのです。また、漆喰に含まれる砂や石灰によって素材に自然な温かみが感じられて、描き進めるなかで現れる柔らかな色の表情に引き込まれていきました。
こうした質感や色彩の感覚を油彩表現へと展開したいと思い、壁画研究を経て、油絵具に砂を混ぜるという現在の制作方法へとつながっていきます。絵具が発明される以前の技法を体得することで、古代から続く壁画から、独立した絵画へと移行していく美術史の流れを自身の中で辿ることができましたし、その歴史的背景と技法の魅力を、現在の表現へと生かしながら再構築するきっかけとなりました」

──作品では色を重ね、削り出すことで、立体的かつ多層的な表情が生まれています。この技法だからこその色彩表現とは?
「フレスコ画には、異なる色の層を重ねた後に引っ掻くことで下層の色を表出させる『グラフィート』という技法があるのですが、この表現を油彩とコラージュとともに応用して、制作に取り入れています。単色の色面とは違って、層が重なることで生まれる色彩の複雑さがあり、削るというマイナスの仕事を加えることで、筆による重ね塗りだけでは得られない色の奥行きや、削り出す際に生じる擦れや混ざりといった偶発的な表情が現れます。一方で、コラージュで画面をプラスに構築することで、表面には立体性が生まれます。そのため同じ色を用いても、光の当たる面と影になる面とで色の見え方が変わり、光源の色味や強さ、距離、見る視点や時間帯によっても陰影が異なってくるのです。この物理的な変化によって、偶然生み出された思いがけない色との出会いがあり、豊かな表現を画面にもたらしてくれます」
──日常の中の風景に見る抽象性、中でも水面の反射や流動性は制作テーマのひとつとのことですが、そうした現象・光景を捉える上で、色はどのような意味、効果をもたらしますか。
「周りの環境や自然条件によって変幻自在に表情を変える水面に魅せられて、10年以上にわたり、様々な国や地域の海、川、池などを写真撮影し、取材と制作を続けてきました。水面に映り込む風景や人物が、水の動きや環境によって徐々に抽象化されていく過程に強い魅力を感じていて、そこに宿るエネルギーそのものを、画面上に表現することを試みています。その過程では、色、形、リズム、質感といった本質的に構成するものをモチーフから抽出していく感覚があり、具象性が曖昧になるにつれて、それらの要素がより重要になり、画面全体を作り上げていきます。それぞれは独立して成立するものではなく、互いに共鳴し合っていて、その中で色は、画面上に光を生み出し、形の強弱をつくり出し、空間や流れを形成してくれます」
──モチーフ、技法、色彩の関係において大切にしていることは?
「モチーフは全ての出発点であり、技法は自分の表現したい事柄を実現するための手段、そして色彩は、作品そのもの、そして鑑賞者に届けたいものを形づくる要素だと捉えています。そのため、制作を進めるにつれて、焦点はモチーフから技法へと移っていきますが、色彩は常に通底するものとして意識していて、その関係性を大切にしています。完成した作品を見たときに、モチーフや技法が先立つのではなく、画面が放つ力強さや静けさ、心地よさや感動といった、作品そのものから直接的に心へ響く感覚を生み出したく、その感覚は、何が描かれているか、どのように描かれているかといった具体性や物語性が曖昧になるほど、より強く現れてくると感じています。色彩に重点を置くことで鑑賞者の想像力や知覚を刺激して、作品とのあいだに豊かな関係を生み出していけることを目指しています」

────あなたにとって色とはどういう存在ですか。
「絵を描くことが好きなのは、何よりも色彩を扱うことに夢中になっているからであり、その美しさや豊かさには、今もなお魅了され続けています。絵画に限らず、自然界や日常生活の中で出会う色や、その配色は、いつも新たな発見と驚きに満ちています。私が視覚的に抽象性の高いものに惹かれるのも、日頃から色彩や形態の未知の表情を求めて、それらが織りなすつながりに関心を寄せているからだと感じています。私にとって色彩は、表現の可能性を無限に広げてくれる存在です」
──これから取り組みたい色彩表現や挑戦したい色の可能性はありますか。
「鮮やかな色を選択することが比較的多いのですが、これまでにも取り組んできた、色彩を抑えたグレースケールの絵画や、彩度を落としたパステル調の世界にも興味を持っています。強く鮮やかな色によって画面に力強さを与えるだけでなく、淡く繊細な色のコントラストを用いて、柔らかさと強いエネルギーが共存する作品にも挑戦していきたく、特に大画面で、その表現の可能性を探ってみたいです。
私は通常、モチーフから着想を得て色彩を組み立てていくため、取材場所や取材対象が変われば、当然色彩の世界観も変化していきます。今後も、心を動かされた色、絵画化したいと思える色との出会いを重ねながら、色彩表現をさらに深めていけたらと思います」
Interview & Edit:Masumi Sasaki
