
島根半島の北40~60kmの日本海に浮かぶ隠岐諸島。約630万年前の火山活動が創り上げたダイナミックな絶景と、国内の離島で唯一「ユネスコ世界ジオパーク」に認定された独自の生態系が残る日本でも稀有な場所だ。実は今、豊かな海山の恵みを使ったローカル・ガストロノミーや、高貴な人々が暮らした奥深い歴史と文化を活かしたスポットも増えている。キャラクターの異なる隠岐の4つの島を巡りながら、知的好奇心を満たすリトリート旅へと出かけよう。
東京から約3時間。約180の島々、4つの有人島からなるジオパーク

隠岐諸島は大小合わせて約180の島々で構成されているが、有人島は4つのみ。人口約13,000人が暮らす一番大きな円形の島「島後(どうご)」と、海に沈んだ巨大な陥没カルデラによって形成された「島前(どうぜん)」エリアの「西ノ島」「中ノ島(海士町)」「知夫里島(知夫村)」だ。
隠岐の玄関口となる島後には空港があり、東京・羽田空港から飛行機に乗り、大阪・伊丹空港で乗り継げば、わずか約3時間でたどり着く。

隠岐諸島は、約630万年前の巨大な火山活動から始まり、地球規模の環境変化によって本州と繋がったり離れたりを繰り返し、多様な生態系を育んできた。例えば、北海道と沖縄の植物が同じ場所に自生し、本来なら標高2,000メートル級の山岳地帯にあるはずの高山植物が、海岸の遊歩道沿いに花を咲かせているのだ。

また、自然とともに生きてきた隠岐諸島では、巨岩や巨木も信仰の対象として残っている。島後の「玉若酢命神社」にある、樹齢1800年とも言われる御神木もその一つだ。屋久島の杉の木に匹敵する大杉だが、海抜約15~20mの場所にある。屋久杉を拝むためには片道5~6時間のハイキングが必要だが、隠岐の大杉なら中心地から車で約5分でたどり着く。

また、島後が誇る豊かな水資源と大地のエネルギーを象徴するスポットが「壇鏡の滝」だ。那久川の上流、屏風を連ねたような岩壁の左右から、高さ50mの雄滝と40mの雌滝がダイナミックに流れ落ちている。

「日本の滝百選」「日本名水百選」の双方に選ばれており、滝の周辺はマイナスイオンたっぷりの天然のミストに包まれ、浴びればお肌も心も潤っていくのを感じるはずだ。2つの滝の間にひっそりと佇む壇鏡神社へ続く参道は、天を覆うように老杉が立ち並び、まるで精霊が宿っているかのような幻想的な景色が広がる。

清らかな渓流には貴重なオキサンショウウオも多数生息しており、北海道と沖縄の植物が混在する植生とともに、手つかずの豊かな生態系を体感できるはずだ。

夕暮れ時には遊覧船に乗り、「ローソク島」を目指したい。運が良ければ海面から突き出た奇岩の先端に夕日がピタリと重なり、巨大なローソクに火が灯る瞬間が見られる。

島後に宿泊するなら、皇族も宿泊された「隠岐プラザホテル」へ。2024年7月に大幅リニューアルを遂げた同ホテルは、洗練されたモダンな空間へと生まれ変わった。エントランスに足を踏み入れると、約26万個の自然素材タイルで日本海の濃淡を表現したアートウォールや、創業初期に大阪万博から移設されたアメジストがゲストを迎える。ワーケーションにも対応するコワーキングスペースや、地元の庭師とコラボレーションした「隠岐諸島をイメージした庭園」を望むラウンジも新設された。 隠岐ジオパークの石「隠岐片麻岩」を浴槽に敷き詰めた、展望大浴場からの眺めも最高だ。

特筆すべきは、8階と9階に誕生したエグゼクティブフロアだ。隠岐の黒松を用いたネームプレートや床材、西ノ島で染め上げられたストールが装飾されたオーシャンビューのベッドルームで、心安らぐ島時間が過ごせる。

ディナーの舞台となるのは、従来の10階から厨房と同じ2階へ移動し、元宴会場を改装したメインダイニング「緋翠(ひすい)」だ。隠岐の島近海で獲れた魚介類を使った「しまどれ海鮮会席」が味わえる。

まずテーブルを彩るのは島の岩ガキや、びっくりするほど大きな白バイ貝のお造り盛り合わせ。その後、紅ズワイガニやサザエを含む地魚・地野菜の宝楽焼きなども登場し、隠岐の豊かな海の幸を思う存分味わえる。

翌朝は、10階の旧レストランを改装した朝食会場「天藍(てんらん)」へ。ガラス張りの店内からは、目の前の西郷湾の海が大パノラマで広がる。

隠岐名物の「もずく雑炊」をはじめ、しまどれ烏賊のお造り、炊き合わせ、地魚の一夜干し(焼魚) など、朝から島の滋味で英気を養える。
隠岐プラザホテル
住所/島根県隠岐郡隠岐の島町港町11-1
TEL/08512-2-0111
URL/https://okiplaza.com/
まるで海外!? 630万年の地球の鼓動を感じるダイナミックな西ノ島

島前エリアへとフェリーで渡ると、空気感がガラリと変わる。西ノ島は、荒っぽくも活気あふれる漁師文化が色濃く残る島だ。ここでは、ジオパーク認定の所以でもあるスケールの大きな絶景を堪能したい。

代表的なスポットが、海抜数百メートルの断崖絶壁が続く「摩天崖(まてんがい)」だ。長年にわたって日本海の荒波と風に削られた崖は、約630万年前の火山活動の断面をそのままむき出しにしており、本土では見ることのない景色だ。

見渡す限りの緑の草原には放牧された馬や牛たちがのんびりと草を食み、寝ころびかなりリラックスしているご様子。ダイナミックな断崖で牧歌的な風景が広がる様子は、個人的にニュージーランドのクライストチャーチからアカロアへ向かう道中を思い起こした。

また、駐車場から片道徒歩15~20分ほどハイキングしてたどり着く「焼火神社(たくひじんじゃ)」も興味深い。樹齢1000年を超える御神木に守られた本殿は、約540万年前にカルデラの中央で噴火した山肌に佇むのだが、江戸時代に道頓堀でパーツを作り、船で運んで組み立てたそう。

かつては北前船の船乗りたちに厚く信仰され、大晦日には海を照らす3つの火の玉が上がったというロマンチックな伝説も残されている。海の守護神が祀られている「由良比女神社」と併せて巡れば、大地のエネルギーを全身で吸収できそうだ。
知夫里島で隠岐のテロワールを味わう極上のガストロノミー

人口約600人に対し、牛や馬、タヌキの数の方が多いというのどかな知夫里島。壮大な赤い岩肌が連なる「赤ハゲ山」などの景勝地を持つこの小さな島で、美食家たちを惹きつけてやまないのがフレンチレストラン「Chez SAWA(シェ・サワ)」だ。
フランス・リヨンの名店「クリスチャン・テテドワ」をはじめ、国内外のあらゆる環境で腕を磨いたシェフが移住して開いたこのレストランは、隠岐のローカル・ガストロノミーの現在地を知る上で欠かせない。「ITADAKI FARM」と名付けた段々畑で野菜を栽培し、独自の手法でテロワールを表現している。
出雲のそば粉を使った滑らかなポタージュや、岩牡蠣を白ワインでさっと火を通し、グリーンの野菜ソースと自家製の岩のりを合わせた一皿は、海の豊かなミネラルを感じさせる。地元の若い釣り人が釣り上げた新鮮なアオリイカは、炙ってハーブを利かせたラビゴットソースでスッキリと。
知夫里島産スズキのポワレには紫蘇のオイルソースを添え、鴨のローストには蜂蜜とスパイスを乗せて低温でじっくりと火を入れる。厳選されたワインと共に、地の利を活かしたフレンチを味わうため、わざわざ足を運びたい一店だ。
Chez SAWA
住所/島根県隠岐郡知夫村仁夫2293
TEL/050-8885-0767
URL/https://chezsawa.jp/
中ノ島で大自然とシームレスに繋がる「Entô」でのステイ

隠岐といえば、後鳥羽上皇といった高貴な人々が身を寄せた場所でもある。その場所が半農半漁文化が息づく、中ノ島の海士町だ。流刑地と聞くと過酷な辺境の地を想像するかもしれないが、実態は大きく異なる。

離島でありながら湧き水が豊富で、良質なお米がとれ、都から見て吉方に位置したため、政乱によって京都を追われた天皇が豊かに過ごせる地としてこの上ない環境だったのだ。そのためか、島には外から来る人々を排除する差別意識がなく、Iターンの移住者も古くから受け入れてきたオープンで寛容な文化が根付いている。

そんな優美な島時間を過ごせるのが、島前カルデラの一部に位置する「Entô(エントウ)」だ。コンセプトは「オーネスト(正直さ、素直さ)&シームレス(境界なきつながり)」。華美な装飾を削ぎ落とし、目の前に広がる雄大なカルデラの景色と自分との境界線をなくしていくような、インフィニティ空間が広がっている。

ここでのハイライトは、土地の恵みをモダンに昇華させた芸術的なディナーだ。コースは隠岐のスパイスをブレンドした甘くサクサクのデュカのサブレや、島根県の石見ポークの生ハムに海士町の伝統調味料「こじょうゆ味噌」を合わせたアミューズから幕を開ける。
訪れた5月の冷前菜は石見産アスパラガスと新ジャガイモの冷製スープ。フルーツトマトのソースを添えた海士町の漁師が獲ったヒラマサのタルタルには、エシャロットやセルフィーユの爽やかさが香る。
石見銀山の麓で育った銀山赤鶏とその卵、サザエの肝ソースを使ったスフォルマートや、ソラマメと合わせた隠岐牛のボロネーゼも、素材の力強さがあふれ出ている。
真鯛のフリットには赤玉ねぎのアグロドルチェの酸味、そして地元農家が育てたルッコラのピュレの青い味わいが心地よい。そしてメインディッシュには、海士町でしか生産されていない希少な「隠岐牛」のランプステーキが登場。有機ビーツを合わせ、海士町の塩で極上の旨味を引き出している。

目覚めの朝食は「島の朝ごはん 海と山と」をテーマにした和食膳だ。山中さん家のコシヒカリや亀田豆腐の味噌汁を中心に、島の恵みがずらりと並ぶ。希少な隠岐牛は旨味たっぷりのしぐれ煮で。さらに伝統調味料「こじょうゆ味噌」を合わせた厚揚げ、磯の香り豊かなアカモク酢や鱸の幽庵焼きなど、隠岐のテロワールが小鉢に美しく凝縮されている。百合根の茶碗蒸しから食後の緑茶パンナコッタまで、大地のエネルギーを体に取り込み、心身を健やかに満たすマインドフルな朝のひとときだ。

喧騒を離れ、目の前の自然や食とじっくり向き合う島時間。隠岐諸島の4つの島を巡る旅は、「たまには思いきり立ち止まって、深呼吸するのも悪くない」と教えてくれる。
Entô
住所/島根県隠岐郡海士町福井1375-1
TEL/08514-2-1000
URL/https://ento-oki.jp/
取材協力:隠岐ジオパーク推進機構
Text: Riho Nakamori
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