ジェニファー・ローレンスが“内なる獣”を解き放つ衝撃作。『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』

田舎町の静寂の中で、ひとりの女性の精神と肉体が軋み出し、ついには炎のように立ち上がる──。ジェニファー・ローレンスが主演とプロデュースを兼ね、自ら監督にリン・ラムジーを指名して実現させた2025年の最新作『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』(アメリカ・イギリス合作)は、愛・欲望・孤独・破壊衝動が複雑に渦を巻く、ひとりの女性の内なる風景を鮮烈に描き出す。 原作はアルゼンチンの作家、アリアナ・ハルウィッツが2012年に発表したブッカー国際賞ノミネートの小説『死んでよ、アモール』(訳:宮崎真紀/早川書房刊)。プロデューサーはあのマーティン・スコセッシ。本作は第78回カンヌ国際映画祭コンペティションで初上映され、第83回ゴールデングローブ賞ではローレンスが主演女優賞にノミネートされた。

リン・ラムジー監督とジェニファー・ローレンスの最強タッグで愛と狂気の深淵をえぐり出す
主人公のグレース(ローレンス)は、作家としての自分を見失いかけた女性。夫ジャクソン(ロバート・パティンソン)とニューヨークから田舎町へ移り、穏やかな生活を始めるはずだった。 しかし出産を境に、彼女の世界は静かに歪み始める。執筆は止まり、育児の重圧と孤独が心を侵食し、断片的な幻覚が日常へと忍び込む。現実と幻想の境界は溶け、グレースの精神は内側から発火するように崩れていく。

リン・ラムジー作品の系譜でいえば、グレースは『少年は残酷な弓を射る』(2011年)でティルダ・スウィントンが演じた主人公エバの延長線上にいる。母性という役割や規範に抑圧され、自己が侵食されていく女性像。だが同時にグレースは、エバを執拗に攻撃する問題児の息子ケヴィンのような破壊衝動も併せ持つ。つまり「エバ+ケヴィン」という、ラムジー的キャラクターの極点ともいえる。
象徴的に挙げられるのは、夫ジャクソンがカーステレオで流すクリームの「クロスロード」に対し、グレースが「ギターが嫌い、消して」と言い放つ場面だろう(ギタリストはエリック・クラプトンなのに!)。実は『少年は残酷な弓を射る』でも、車内でケヴィンが母エバの流す音楽を拒絶するシーンがある。本作はその瞬間の反転であり、ラムジー作品同士が呼応する。

また夫妻の家は、ジャクソンの伯父が銃で自死した“いわくつきの物件”。ハエの羽音や死臭を思わせるノイジーな音響が、グレースの精神のざわめきを増幅する。ロケ地はカナダ・アルバータ州カルガリー。ロッキー山脈近くの雄大な自然は、彼女にとって“閉塞”と“覚醒”の両方を孕む。グレースは獣のように四つん這いで歩き、衣服を拒む。セックスレスの夫婦関係の中で、内なる野性は膨張し、倫理を逸脱しながらも窮屈な殻を破ろうとする力が剥き出しになっていく。

ローレンスの演技はまさに強烈だ。メンタルヘルスの混乱や崩壊を、獰猛なパワーに転化するような爆演──『世界にひとつのプレイブック』(2012年/監督:デヴィッド・O・ラッセル)や『マザー!』(2017年/監督:ダーレン・アロノフスキー)で見せたエキセントリックな持ち味がさらに深化。撮影時に2歳の息子を育てながら第二子を妊娠していた彼女の“生の感覚”が役に刻まれているのかもしれない。作家としてのアイデンティティがぐらつき、母性という重荷がのしかかる──その未決定の揺らぎが、ローレンスの肉体を通して鮮烈に立ち上がる。
映像はグレースの内的な主観性が強い世界だ。『少年は残酷な弓を射る』のカメラも務めた撮影監督のシーマス・マッガーウェイは35mmフィルム、1.33:1のスタンダードサイズを採用し、ニューロティックな切迫感と夢幻的な歪みを追求した。参照したのはロマン・ポランスキー監督の『反撥』(1965年)や『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)だという。ラキース・スタンフィールド演じる謎の男カールが現実か幻覚か判別し難いのも、グレースの混濁した世界像がそのまま映画の視界になるからだろう。

音楽はラムジーらしいセンスで物語を紡ぎ、時に切り裂く。特に後半では、デヴィッド・ボウイ「クークス」、エルヴィス・プレスリー「ラブ・ミー・テンダー」、ジョン・プライン&アイリス・ディメント「In Spite of Ourselves」へと連なる流れが印象的で、どれも“変わり者同士の愛”を歌う曲としてグレースとジャクソンの関係を照らす。そして森が燃え上がる中で流れるのは、ジョイ・ディヴィジョン「Love Will Tear Us Apart」のカヴァー(ボーカルはラムジー自身)。“愛が再び私たちを引き裂く”というフレーズが、作品の痛烈な芯となる。まるでミュージカルのように、意味的に嵌め込まれた選曲の妙を見ていくと、ラムジーが本作を“ラブストーリー”として組み立てているのがよく判る。

グレースの心象風景のコアイメージとも取れる“燃える森”は、果たして破壊か、解放か。タイトルの『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』もまた多義的だ。“愛よ、死ね”というパンキッシュな響きは、抑圧としての愛を葬る宣言にも、愛に引き裂かれる人間の業の叫びにも聞こえる。
ローレンスとパティンソンに加え、夫の両親を演じるシシー・スペイセクとニック・ノルティも素晴らしい。特にスペイセクは、グレースの痛みに最も近い位置に立ち、作品に静かな深みを与える。 これは“役者の映画”であり、“作家の映画”であり、そして映画でしか触れられない領域に満ちた一作だ。リン・ラムジーとジェニファー・ローレンス──この最強タッグが放った『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』は、こうとしか生きられない人間の業を、まさしく燃える森のように激しく、美しく描き切る。
『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』
監督/リン・ラムジー
出演/ジェニファー・ローレンス、ロバート・パティンソン
6月12日(金)全国公開
https://klockworx.com/diemylove
© 2025 DIE MY LOVE, LLC.
配給/クロックワークス
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito
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