『マッドマックス/怒りのデス・ロード』に続く強烈な衝撃! 映画『シラート』

砂漠が“終末”と“救済”の境界を震わせる──。スペイン=フランス合作の映画『シラート』(2025年)は、オリベル・ラシェ監督の長編4作目にして、彼のキャリアを決定づける決定打となった。デビュー作の『Todos vos sodes capitans』(2010年)以来、すべての長編がカンヌ国際映画祭での上映・受賞を果たしてきた1982年生まれのラシェは、今回、砂漠のレイヴパーティという異色の題材を通して、父と息子の旅路をスリリングかつ実存的なロードムービーへと昇華させている。製作にはペドロ・アルモドバルが名を連ね、作品は第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で審査員賞など4冠を獲得。第98回アカデミー賞では国際長編映画賞と音響賞にノミネートされた。

重低音の音響で世界の終末を召喚するトランシーな“黙示録体感映画”
タイトルの「シラート(Sirāt)」とは、アラビア語で“道”を意味し、イスラム教では天国と地獄の間に架けられる非常に細い橋を指す。映画冒頭に掲げられる一文──「シラートは天国と地獄の架け橋で、それを越えるものは警告を受ける。道は髪の毛よりも細く、どんな剣よりも鋭い」という説明は、重くのしかかる寓意として響き続ける。
物語は、砂漠のレイヴパーティーに参加したまま失踪した娘マールを捜すため、父親のルイス(セルジ・ロペス)と幼い息子エステバン(ブルーノ・ヌニェス)がモロッコ南部の山岳地帯から砂漠の奥地へ車を走らせるところから始まる。彼らがたどり着くレイヴ会場は、現実と幻覚が混濁する頽廃的で享楽的な空間。巨大なスピーカーが砂漠に突き刺さり、EDMのトランシーな爆音とビートが地平線を震わせる。だが娘の姿はない。やがて非常事態宣言が発令され、レイヴは強制解散。混乱の中、5人のレイヴァーが南へ向かうキャラバンを組み、ルイスとエステバンは衝動的に彼らの後を追う。

ド派手に装飾・改造されたスピーカー搭載のバンや大型トラックが、砂煙を上げながら砂漠を移動していく光景は、即座にジョージ・ミラー監督の『マッドマックス/怒りのデス・ロード』(2015年)を想起する人が多いだろう。『シラート』も同様の狂気的なダイナミズムとエネルギーを湛えつつ、父親ルイスが行方不明の娘を捜す執念の旅は、ジョン・フォード監督の西部劇『捜索者』(1956年)を連想させる。『捜索者』では、ジョン・ウェイン演じる主人公がコマンチ族に誘拐された姪を探して荒野を旅する。さらに文明から切り離された砂漠という舞台の不条理な迷宮化は、アンドレ・カイヤット監督の『眼には眼を』(1957年)にもつながっていく。

オリベル・ラシェ監督が目指すのは、これら映画史上の突出した成果の影を踏み台にした“体感型の黙示録映画”だ。アカデミー賞にもノミネートされたライア・カサノバス率いるチームの音響デザインは内臓に響くほど強烈で、砂漠そのものが脈動しているかのような重低音が我々観客の身体を支配する。カンディング・レイによるスコアは、風景を侵食するように鳴り響き、観る/聴くというより“浴びる”体験へと変貌させる。理屈抜きのエンタテインメントでもあるが、同時に実験映画と呼んでも差し支えないほど表現の試みは尖鋭的だ。

親子が旅の途中で出会う自由奔放なアンダーグラウンド・トランス集団のレイヴァーたちは、監督が実際のレイヴで見出した素人キャストが多く、ステファニア・ガッダ(ステフ役)やジャド・オウキッド(ジャド役)らの存在感は圧倒的だ。危険な紛争が忍び寄る中で、移動を続ける彼らは危険な地形を巨大トラックで進み、限られた水や食料を分け合い、時にルイスとエステバンを助ける。世界が崩壊に向かっているかのような状況下でも、思いがけない優しさが生まれる瞬間がある。あるレイヴァーが「この家族のほうが好きだ」と語る場面は、過酷な旅の中でこそ浮かび上がる奇妙な連帯の象徴だ。

しかし道は次第に細り、旅は『恐怖の報酬』──アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の1953年版だけでなく、ウィリアム・フリードキン監督の1977年版をも思わせる極限の緊張へと突入する。砂漠の夜は漆黒に沈み、赤い閃光が地平を染め、キャラバンは地雷原へと迷い込む。悲劇は予期せぬ瞬間に襲いかかり、砂粒ひとつが倫理を削り落とす刃となる。ラシェ監督は皮肉を排し、神経回路が剥き出しになったような世界のひりひりした残酷さを容赦なく描き切る。
『シラート』は砂漠のサバイバル映画であると同時に、音と光で世界の終わりを召喚する儀式のような異形の作品だ。我々観客はルイスやエステバンと一緒に、地獄のダンスフロアに立たされ、救済と破滅の境界を揺らめきながら進むことになる。ただならぬ衝撃と共に、今年最も引き込まれる映画のひとつであることは間違いない。気鋭監督オリベル・ラシェが現代映画における唯一無二の術者であることを証明する傑作だ。
『シラート』
監督/オリベル・ラシェ
出演/セルジ・ロペス、ブルーノ・ヌニェス・アルホナ
6月5日(金) 新宿ピカデリー、ヒューマントラスト有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて公開
https://transformer.co.jp/m/sirat/
配給/トランスフォーマー
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito
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