コシノヒロコ展「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO」開幕直前──安藤忠雄建築と芦屋のアトリエへ | Numero TOKYO
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コシノヒロコ展「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO」開幕直前──安藤忠雄建築と芦屋のアトリエへ

日本を代表するファッションデザイナー、コシノヒロコ先生が、2026年5月26日より東京現代美術館にて個展『(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO―新説/真説コシノヒロコー』を開催します。来年90歳という節目を前に、その創作の軌跡と現在地を提示する本展の開幕を目前に、芦屋の「KHギャラリー芦屋」および、自宅アトリエにてプレスランチョンが行われました。安藤忠雄設計による静謐な空間で作品を鑑賞し、その後、自宅のゲスト棟にてご本人を囲みながら創作について直接お話を伺う——。 ファッションとアートを横断しながら独自の表現を追求し続けてきた先生の、その創造の源に触れる一日となりました。ファッション・エディター清原愛花が、特別な体験をレポートいたします!

芦屋・奥池町の安藤忠雄建築を訪れる

自然に囲まれたKHギャラリー芦屋(旧小篠邸)の外観。
自然に囲まれたKHギャラリー芦屋(旧小篠邸)の外観。

六甲山の標高約500メートル、自然に囲まれた芦屋・奥池町。“東洋のジュネーブ”を目指して開発されたこの地は、静かな別荘地としても知られています。そんな場所に、「KHギャラリー芦屋」はひっそりと佇んでいます。 かつてコシノヒロコ先生が暮らしていた住まいだったこの建物は、現在アートギャラリーとして一般公開されています。コンクリート打ちっぱなしのストイックな美しさを持つこの空間を手掛けたのが、建築家・安藤忠雄。まだ互いにほとんど無名の時代に依頼し、1981年に完成。その後、ライフスタイルに合わせて増改築を重ねながら約30年暮らしたのち、2013年にギャラリーとして新たな役割を与えられました。ここは、アートと建築、そして先生の人生そのものを体感できる場所でもあります。

色彩が映える、静寂なホール

室内でまず迎えてくれるのは、ピアノが置かれた広いホール。かつては子ども部屋や犬部屋などに分かれていた空間をひとつに繋ぎ、現在の開放的な構成へと改装されたといいます。傾斜地を活かした立体的な設計が、建築そのものに独特のリズムを生み出しています。

ファッションデザイナーとしての印象が強い先生ですが、これほどまでに絵画制作に向き合い続けてきたことを、恥ずかしながら私はこれまで知りませんでした。2002年以降だけでも、2700点を超える勢いで作品を描き続けているというお話を伺い、その創作へのエネルギーに圧倒されます。

WORK#2550 他 《3 COLORS》
2024年制作 各72.8cm×72.8cm アクリル絵の具、木炭、パステル/シーチング
WORK#2550 他 《3 COLORS》 2024年制作 各72.8cm×72.8cm アクリル絵の具、木炭、パステル/シーチング

コンクリートの壁面に並ぶのは、《3 COLORS》と題されたシリーズ。私はこのシリーズが強く印象に残りました。正方形のキャンバスに、あえて3色のみを選び、30分以内に一気に描き上げるという。そのスピードの中で立ち上がる色彩やバランスは、迷いのない力強さと緊張感を帯び、シンプルでありながら確かな存在感を放っています。その描き方は、装飾を削ぎ落とし、本質を際立たせるファッションデザインの思考にも通じているように感じました。 ちなみに、絵画には、あえてタイトルが付けられておらず、解釈は見る人それぞれに委ねられています。洋服の素材を再構築した作品もあり、ファッションとアートが自然に繋がっていることも伝わってきます。

廊下に展示された作品の前では、その感覚がより明確に。ウールにプリントされた生地に描かれた絵画は、かつて“身に纏うもの”だった記憶を残しながら、新たな表現へと昇華されていました。

 

風景とつながる、静かな寝室

廊下を抜け、窓一面に自然が広がる空間へ。ここはかつて寝室として使われていた場所だといいます。さらに窓の外には、勾配のついた芝生の庭が広がり、地形を活かして設計された建築は、押し寄せるような迫力と、どこか包み込まれるような安心感を同時に感じさせる、不思議な魅力を持っていました。

壁一面に広がる大作には、動物や自然のモチーフが複雑に絡み合いながら描かれ、どこか物語のような広がりを見せています。和紙や布といった異素材を重ねたその画面には、ファッションと絵画がひとつの流れの中にあることが、はっきりと感じられました。

「まず絵を描いてから、その色やフォルムをもとにコレクションをつくることもあるんです。ファッションとアートは一体化。それが私のやり方です」

その言葉通り、ここでは服とアートが自然とひとつに繋がっているように感じられました。

幼い頃から絵を描くことが好きだったという先生。戦時下で物資もままならない時代、母は家にあった布を手に、心斎橋の画材店でパステルと交換。プレゼントしてくれたのだそうです。ものが自由に手に入らない時代に、手にしたきれいでカラフルなパステル。その時の喜びは、どれほど大きなものだっただろうと想像してしまいます。その原体験と母との幸せな記憶が、今もなお創作の根底に静かに流れ続けているように感じられました。

3歳から描き続けてきた絵は、75歳で“画家”として本格的に発表されることとなり、現在では国内外で個展を開くなど、その表現はさらに広がりを見せています。

「絵は駆け出しですから」

——先生の思わぬその一言に、いまも挑戦を続ける姿勢に、なんだかとても感動してしまいました。

 

美しさが際立つ、コンクリートのダイニング

そしてダイニングへ。「コンクリートそのものが絵だ」と語る安藤忠雄に対し、あえて絵を飾るという選択。そこには建築家との意見の衝突もあったそうで……。

WORL#1078 《幸せの青い鳥》
2013年制作 388cm×220cm 布、和紙、アクリル絵具、木炭、パステル/木製パネル 所蔵先:株式会社ボンマックス(東京都中央区)
WORL#1078 《幸せの青い鳥》 2013年制作 388cm×220cm 布、和紙、アクリル絵具、木炭、パステル/木製パネル 所蔵先:株式会社ボンマックス(東京都中央区)

飾られていた《幸せの青い鳥》は、クリムトを思わせる色彩と、どこか可愛らしい鳥の表情が印象的な一作。「私の絵は、絵画というよりデザインなんです」という言葉が、ふと腑に落ちます。

また、この建築は、当時まだ無名だった安藤忠雄を世界へと知らしめるきっかけのひとつにもなったそうです。旧「小篠邸」は、のちに日本を代表する存在となる二人にとって、重要な原点ともいえる場所だったのです。

奥池の静寂に息づく、創造の現場へ

KHギャラリーでの濃密な時間の余韻を抱えたまま、車で少し移動。同じ奥池町の、さらに山の静けさに包まれた地へと向かいます。限られた人だけが住むこの特別なエリアを、さらに奥へと進んでいく時間。緑に包まれた道を進むにつれ、自然と胸が高鳴っていくのを感じながら、先生のご自宅へと向かいました。

玄関ホールに一歩足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは、ダイナミックな墨絵。かつて大阪の近鉄百貨店で発表されたというその作品は、モップに墨汁を含ませ、一気に走るようにして描かれたもの。「長いものを一気に描くのが好きなんです」と語る言葉どおり、そのタッチには迷いがなく、先生のエネルギーそのものが刻まれているかのようでした。

元気いっぱい、人馴れしているラブラドールのルビーちゃん。先生はラブラドールが大好きで、代々飼われているそう。
元気いっぱい、人馴れしているラブラドールのルビーちゃん。先生はラブラドールが大好きで、代々飼われているそう。

黒のラブラドール、ルビーちゃんに迎えられながら進んだ先には、圧巻のアトリエ空間が広がります。膨大な数の絵画と画材に囲まれたその場所では、5月26日から東京都現代美術館で開催される展覧会の準備が、まさに佳境を迎えており、そのスケールの一端をここで垣間見た気がしました。

 

四季を感じる美しいリビングで

アトリエを後にし、案内していただいたのは別棟のリビング。大きな窓の向こうに雄大な景色が広がる、開放的な空間です。ちょうど美しく咲いた桜が飾られ、グランドピアノとゆったりとしたソファが置かれたその場所で、シャンパンと美しいフィンガーフードをいただきながら、最新コレクションの映像を拝見したり、これまでの先生の半生について、ゆっくりとお話を伺わせていただきました。

 

“UNKNOWN”という名の、次世代への提案

「現代美術館が5つあっても足りないくらい」

そう笑う先生の言葉どおり、その作品量と密度は想像を遥かに超えます。

今回の展覧会『(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO』は、「私を知らない人たちにこそ来てほしい」という想いから生まれたもの。これまでの歩みを振り返る回顧ではなく、日本の美しさや伝統、そして歌舞伎の精神性を背景に、“これから未来へとつないでいく”提案として構想されているんだそう。

「クリエイションを伝えていくことが使命なんです」

その言葉どおり、会場は5つのチャプターで構成され、半世紀を超える創作の軌跡を辿りながらも、単なる回顧展ではなく、“未来へとつないでいく”視点が大きなテーマとなっているそう。

フランスの若手芸術家マティルド・ドゥニーズとのコラボレーションや、監修に携わる東京都子供育成事業「こどもファッションプロジェクト」の成果展示など、次世代への創造の継承という観点も強く打ち出されています。さらに、実際に触れることのできる作品など、アートを“鑑賞するもの”から“関わるもの”へとひらいていく試みもあるそうで、どのような空間になっているのか、今からとても楽しみです。

また、ミュージアムショップでは、独自の色彩感覚で選ばれたパステルや、布の端材を活かしたピンバッジなど、ここでしか手に入らない限定アイテムも展開予定とのこと。

 

春の素材をたっぷり使用した、美味しくておしゃれなフィンガーフードがずらり。
春の素材をたっぷり使用した、美味しくておしゃれなフィンガーフードがずらり。

なんと、ラブラドールのルビーちゃんのためのプールも!
なんと、ラブラドールのルビーちゃんのためのプールも!

日本の美意識を、未来へとつなぐために

「私は70年、ファッションをやってきた“生き証人”なんです」

そう語る先生が、50年前に世界へ打って出たときのテーマは“ジャポネスク”。着物から着想を得た独自の構造をもってローマで発表し、海外では高く評価された一方で、日本では当時なかなか理解されなかったといいます。

「でも、日本には四季がある。その感覚は、海外にはないんです」

幼い頃から歌舞伎や文楽に親しみ、長唄や着物の美しさなど、日本の美に触れてきた経験。「子どもの頃に感動したものが、すべてつながっている」という言葉どおり、その原体験が今の創作へとつながっているのだと感じました。

そして現代に対しては、明確な危機感も。

「今は安くて、飽きたら捨ててしまう時代。でもそれではいけない」

「AIに振り回されてはいけない」

大切なのは、人間の“右脳”の感覚——直感や美意識、感動する力。それを持たなければ、テクノロジーに飲み込まれてしまうという言葉が印象的でした。

その一方で、未来への視線は常に開かれています。子どもたちに、これまでに発表したコレクションのアーカイブの服を着せてファッションショーを行う取り組みや、余った布を使った創作活動など、次世代へと感性を手渡すための試みも積極的に行っているそう。

「どういう子になるかは、小さい頃に何を見て、何に出会うかで決まる」

だからこそ、本物に触れる機会を与えること。それが文化をつなぐということなのだと、静かに、しかし力強く語ってくださいました。

生きることそのものが、美であるという証明

今年で89歳を迎えられたコシノヒロコ先生。その佇まいからは、年齢という概念がふと消えてしまうほどの軽やかさとエネルギーを感じます。

ひと月に8回も飛行機に乗り、芦屋と東京を行き来する生活。(火曜日〜金曜日までを東京で過ごしてファッションの仕事をこなし、金曜日の夜に芦屋に戻り、週末をアトリエで過ごすんだそう)JALでは“超VIP”として迎えられるというエピソードにも、長年第一線で活躍し続けてきた軌跡がにじみます。

そして何より印象的だったのは、その徹底した美意識。日々身に纏った装いは自らデッサンし、アプリで記録。自宅にはトリートメントルームもあり、ネイルやヘアに至るまで常に完璧な状態が保たれています。

それは“整えている”というよりも、“生き方そのものがデザインされている”という感覚でしょうか…。ファッションデザイナーという存在を、ここまで体現している人がいるのかと、ただただ圧倒されました。

正直に言うと、刺激しかありませんでした!

コーディネートが被らないように毎日のファッションを記録されていらっしゃいます。本当に見習わなければいけないことばかり…!
コーディネートが被らないように毎日のファッションを記録されていらっしゃいます。本当に見習わなければいけないことばかり…!

——レジェンドと呼ばれる人たちは、やはり本当に存在するんだ。

そして、まだまだ自分も頑張らねば!と。

そう思わせてくれる存在に、このタイミングで出会えたこと。それだけでも、今回の訪問はかけがえのない体験でした。

90歳を目前にしてなお進化を続けるコシノヒロコ先生。5月26日から東京都現代美術館で開かれる「(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO 新説/真説 コシノヒロコ」。見逃せない展覧会です!

(UN)KNOWN HIROKO KOSHINO ―新説/真説 コシノヒロコ― 会期/2026年5月26日(火)~7月26日(日) 時間/10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで) 会場/東京都現代美術館 企画展示室B2F 休館/月曜日(7月20日は開館)、7月21日 チケット/⼀般2,200円/⼤学⽣・専⾨学校⽣・65歳以上1,500円/中高生800円/⼩学⽣以下無料/ツインチケット4,000円(一般2枚) URL/https://hirokokoshino.com/unknown

Profile

清原愛花Aika Kiyohara コントリビューティング・ファッション・エディター/スタイリスト。大学時代よりさまざまな編集部を経て、2009年より『Numéro TOKYO』に参加。田中杏子に師事後、独立。本誌ではジュエリー&ファッションストーリーを担当。フリーランスのスタイリストとしては、雑誌や広告、女優、ミュージシャンの衣装を手がける。最近は、愛犬エルトン・清原くん(ヨークシャテリア)のママとして、ライフをエンジョイ中。Instagram @kiyoai413
 

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