ブルースの聖地に抱かれて。 音楽と歴史の街でソウルに触れるアメリカ南部・メンフィスの旅 | Numero TOKYO
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ブルースの聖地に抱かれて。 音楽と歴史の街でソウルに触れるアメリカ南部・メンフィスの旅

ブルースをはじめ、ロックンロールやソウルミュージック発祥の地として、現代の音楽シーンに多大な影響を与えたアメリカ・テネシー州のメンフィス。「キング・オブ・ロックンロール」と呼ばれたエルヴィス・プレスリーや、ブルースの巨匠とされるB.B.キングなど、音楽史に名を残す人物を多く輩出してきた街だ。今も人々の暮らしには音楽が深く根付き、日が暮れると街のいたる場所でライブが始まる。すべての延長線に必ず音楽があるメンフィスは、忙しい現代人が心を解放できるデスティネーションになるはず。

近年、リバーサイドの都市開発が急速に進み、犯罪の少ないクリーンな街として全米で注目を集めるメンフィス。特にイースト・メンフィスは多くの若者や企業家が移り住み、街の新陳代謝が進んでいる。古き良き音楽の街にグルメやアートシーンで新たな化学反応が起きているのだ。

今回の旅をナビデートしてくれたローレンとカーヴィーも、メンフィスに魅了されて移住を決めた2人。物価が安く、アートや音楽が根付いた街は老若男女に楽しみが多いと話す。現在、彼女たちはメンフィスの観光局に勤め、街の魅力を世界に発信している。

南部の社交とビジネルの拠点、150年の歴史を誇る老舗ホテルへ

「街を訪れたら必ず宿泊してほしい」と太鼓判を押されたのが1869年創業の歴史を誇る老舗ホテル「The Peabody Memphis(ザ・ピーボディー・メンフィス)」。設立以来、街の玄関口として愛される南部屈指のグランドホテルである。ロビーに入ると精巧な格天井にシャンデリアが輝き、巨大な1枚岩を掘り込んだ大理石の噴水など、優雅な空間に圧倒されて心が躍る。

20世紀に活躍した劇場建築家のウォルター・W・アーシュラーガーによって1925年に再建され、ますます建築価値が高まったのがこのホテル。各所に歴史を伝える重厚な家具や照明、写真、絵画が飾られ、廊下を歩くだけで社交界にタイムスリップした感覚に。ちなみに、ホテルは国が指定する歴史登録財に指定されている。

今や世界中の高級ホテルでは電話が姿を消しつつあるが、ピーボディー・メンフィスでは廊下のコンソールテーブルにあえてクラシックな黒電話を置いている。これらはフロントに直接つながる仕様で、最新機能よりも150年前のグランドホテルの佇まいを大切にしている証だ。

ホテルの名物イベントは、100年の歴史が続く「ダックマーチ」だ。ホテルで育つ5羽のアヒルが噴水からレッドカーペットを行進する様子を毎日11時と17時に見学できる。30分前には多くの人がロビーに集合するので、早めに場所を確保しておきたい。

ホテルの客室は全464室で、そのうちの69室がスイートだ。今回はエグゼクティブ・キングに宿泊。キングサイズの最新ベッドや大理石の清潔なバスルームなど、現代的な快適さは申し分ない。建物の過去を保存するのではなく、活かすというポリシーが、旅人をもてなすホスピタリティとして現れていた。

ソファやデスクが設置された広いリビングスペースからは、活気あるメンフィスの街並みが眺められる。日中は静かだが、夜になると窓越しから音楽と熱気が伝わる。すると、多くの旅人はいそいそと街へ繰り出していく。この昼と夜の異なる顔こそ、メンフィスの魅力に他ならない。

さて、部屋でくつろぐ際は、オリジナルのウェルカムスイーツをぜひ味わってほしい。ホテルを象徴するアヒルの立体的なチョコレートに思わず笑みがこぼれる。食べるのはもったいないが、さわやかなホワイトチョコと濃厚なフレーバーチョコの組み合わせは必ずご堪能あれ。

夕刻になるとロビーではピアノの生演奏が始まり、宿泊客や地元の人は次々と席を確保する。夜遅くまで「メンフィスのリビングルーム」として、さまざまな人が交流する語らいの場へ変わるのだ。カジュアルな格好でも問題ないが、夜こそ「大人の社交場」として、ぜひドレスアップしてカクテルを楽しみたい。

The Peabody Memphis
住所/149 Union Avenue, Memphis TN 38103
TEL/+1 901-529-4000
URL/https://peabodymemphis.com

最新のイノベーティブ料理に舌鼓。最高ランクの5ダイヤモンドを獲得!

さて、ホテルに宿泊したら、併設されたレストラン「Chez Philippe(シェ・フィリップ)」を予約してほしい。モダンアメリカン料理をフレンチベースで表現し、日本でなじみ深い味噌や醤油といった発酵食品と融合させたイノベーティブ・フュージョンが堪能できる。

若き料理長のキース・クリントンは以前から和食に興味を持ち、独自にアジアの酸味や旨味を研究してきたとのこと。メンフィス出身だけあって地元の食材や文化に造詣が深く、そこへ発酵技術を加えることで、革新的な試みを続けている。希望があればベジタリアン料理も提供してくれるから嬉しい。

2026年3月に発表された米国で最も権威のある格付け「AAA」では、なんと最高ランクの5ダイヤモンドを獲得。テネシー、ミシシッピ、アーカンソーの3州で5ダイヤモンドを獲得したのは現在シェ・フィリップのみ。いかに究極の食体験ができるかが伺えよう。メンフィス訪問の際は、数週間前から予約必至。

ディナーは地元の持続可能な食材を取り入れた7コースのメニューが中心。日本でもよく食される鱈に焦がしたバターブイヨンを添えた1皿は、酸味がアクセントとなって非常に軽やかな口当たり。鱈にこんなアレンジができるのかと、日本人なら誰もが唸るはず。

リング状になったチョコレートムースは、レストランのシグネチャーデザートのひとつ。ピーナッツバターやキャラメルのなめらかなソースとナッツの食感のコントラストが楽しめる。

長い歴史を重ねてきたホテルのレストランで、視覚的にも味覚的にも想像力が湧く料理をいただく。まさに、メンフィスの今を知ることができる一夜だ。

Chez Philippe
住所/The Peabody Memphis内
TEL/+1 901-529-4000
URL/https://peabodymemphis.com/dine/chez-philippe/

今も更新し続ける、伝説のレコーディングスタジオ

メンフィスを象徴する場所のひとつに、ロックンロールを生み出した伝説のレコーディングスタジオ「Sun Studio(サン・スタジオ)」がある。無名だったエルヴィス・プレスリーがデビュー曲「That’s All Right」を収録し、彼は「キング・オブ・ロックンロール」への一歩を踏み出したのだ。他にもジョニー・キャッシュ、ジェリー・リー・ルイスなど、多くのミュージシャンがここでキャリアをスタートさせている。

スタジオ内を巡るツアーは毎日開催され、当時の貴重なエピソードや未公開のレコーディング音源を聴くことも。ツアーは非常に人気があるため、特に週末はオンラインで予約が必要だ。

ちなみに、スタジオのオーナーであるサム・フィリップスは、白人も黒人も関係なくレコーディングするというスタンスを貫き、それがロックンロールの発展に大きく貢献したそう。

1階のスタジオに置かれた楽器は、単なる展示品ではなく、音楽の歴史をつくったものばかり。エルヴィスが実際に使用したマイクは今も当時と同じ場所に置かれ、ツアーの最後にはマイクを持って記念撮影も! ここは臆せず、マイクを持たせてもらうのが正解。

スタジオが素晴らしいのは、楽器がガラスケースに設置されず、今も現役で使える状態にあるところ。夜間には実際にアーティストがレコーディングに訪れるため、楽器のいくつかは今も活躍中だ。実は、憧れのミュージシャンが数日前に使っていたかも…。そんな妄想がつい掻き立てられる。

かつての栄光だけでなく、今も新たな音楽史を更新し続ける。それがサン・スタジオの色褪せない魅力である。

Sun Studio
住所/706 Union Ave, Memphis TN 38103, USA
TEL/+1 800-441-6249
URL/https://www.sunstudio.com

ソウル・ミュージックの博物館で音楽遺産に触れる

音楽の歴史をより深めたいなら、サン・スタジオと合わせて「Stax Museum(スタックス・ミュージアム)」にも足を伸ばしたい。ここは名門レーベル「Stax Records(スタックス・レコード)」の跡地を改修して出来た博物館だ。サン・スタジオがロックンロールの誕生地なら、ここはソウル・ミュージックの聖地である。

1960年から70年代にかけて、オーティス・レディングやブッカーなど、伝説のアーティストを数々輩出したスタックスレコーズ。洗練されたポップなソウルを目指したモータウンに対し、こちらは「泥臭く、生々しいソウルの根源」を追求したことから、自分たちのスタジオを「Soulsville USA(ソウルの街)」と呼んでいる。

スタックスの心臓部と言われるのが、当時のコントロール・ルームに鎮座していたコンソール。数々の名曲を生み出した当時の録音機材がかつての面影そのままに展示され、音楽ファンたちの胸を打つ。

最も感動的なのが「スタジオA」だ。もとは古い映画館を改装したスタジオだったため、スクリーンに向かって床が緩やかに傾き、その構造で唯一無二の「タイトで太い低音」が生まれた場所。訪れた人は情報の断片を拾いながら、各々がスタジオで立ちすくむ。偉大な音が生まれた空間を、全身で感じ取っていた姿が印象的だった。

展示の見どころは、アイザック・ヘイズの1972年製キャデラック・エルドラド。24金のメッキが施された装飾、毛足の長いファーが敷かれた内部、冷蔵庫やテレビが完備されるなど、まさにソウルの帝王の象徴である。

スタックスといえば、指をパチンと鳴らすロゴマーク。Tシャツやキーホルダー、マグカップにはこのアイコンが輝き、一目でミュージアムグッズとわかる。どれも現地でしか手に入らないので、音楽好きの友人へお土産としてぜひ選んでほしい。

Stax Museum of American Soul Music
住所/926E. McLemore Ave Memphis, TN38106 USA
TEL/+1 888-942-7685
URL/https://staxmuseum.org

本番は夜遊びから! 音楽に溺れる、眠らないビールストリート

メンフィスに来たら、夜遊びに行かなきゃ始まらない! そう断言できるほど、昼と夜の顔がまるで違う街である。なかでも数十軒のライブハウスが立ち並ぶ「Beale Street(ビール・ストリート)」は、日没と共にエネルギッシュな演奏が響き渡る。音楽を愛する人が世界中から集まるエリアだ。

毎日ホットなライブが約10ドルで体験できる「B.B. King’s Blues Club(B.B. キング ブルース クラブ)」は街のシンボル。出演するバンドのレベルがとびきり高いことで有名だ。ベテランだけでなく、次世代を担う才能豊かな若手が数多く出演している。

ステージ前にはダンスフロアがあり、曲によってはゲスト同士が自由に踊る。2階では本格的な南部料理とクラフトビールを楽しみながら、サウンドに身を任せる人で溢れていた。

ピーボディー・ホテルで5ダイヤモンドの洗練を味わったあと、ライブ会場の熱気に飛び込む。そんな劇的なコントラストが、この街の面白さである。

B.B. King’s Blues Club
住所/143 Beale St, Memphis, TN 38103 USA
TEL/+1 901-524-5464
URL/https://www.bbkings.com

伝説のソウル歌手、アル・グリーンが牧師を務める教会へ

もし滞在が日曜日にかかるなら、朝から礼拝に参列するのも手段。ソウル・ミュージックのレジェンド、アル・グリーンが牧師を務める「Full Gospel Tabernacle Church(フル・ゴスペル・タバナクル・チャーチ)」は、その目的地として絶好だ。

アル・グリーンが1976年に自ら設立し、今なお主任として壇上に立っているのだから、音楽ファンにはまさに生きる聖地。幸運にも、この日は魂の叫びを説教するアル・グリーンの姿を目の当たりにできた。

説教から歌に移った途端、スタックスやサン・スタジオで展示されていたソウルミュージックが、リアルな熱量で展開されていく。

壇上にはバンドメンバーやゴスペル隊が続々登場。まさに映画「天使にラブソングを…」の世界観そのもの。

映画ではウーピー・ゴールドバーグが聖歌隊を率いてパワフルに歌い上げるシーンがあるが、それが目の前で始まるのだから手に汗を握る。参加者が立ち上がって手拍子を叩き、全身で感情を伝える光景が圧巻。

夜のライブも最高だが、朝の教会でゴスペルに包まれるのもメンフィスの生きた鼓動を知る時間。隣に座った人が「これが日曜日の奇跡」と教えてくれた。

街とつながりたいなら、夜のライブと朝の教会は必須である。

Full Gospel Tabernacle Church
住所/787 Hale Rd, Memphis, TN 38116 USA
TEL/+1 901-396-9192
礼拝時間は日曜11:00〜

美しい街の、美しき闘いの歴史。ロレイン・モーテルが教えてくれること

メンフィスの旅の締めくくりに訪れたいのが「National Civil Rights Museum(ナショナル・シビルライツミュージアム)」。ここは、マーティン・ルーサー・キング牧師が自由と人権を求めた歴史が今も静かに息づく場所。

1968年4月4日、公民権運動の指導者であるキング牧師が銃弾に倒れた「ロレイン・モーテル」の跡地に建設。現場のバルコニーには、今も追悼のリースが飾られている。
彼が亡くなる直前まで滞在していた306号室は、当時の家具や備品のままに保存され、今もガラス越しに見学が可能だ。

館内には、人種差別を撤廃する歩みが資料と映像で展示される。何となく知っていた歴史の一片が体系的に学ぶことができるうえ、FBIの捜査資料や事件の謎に迫る展示もあり、当時の緊迫した空気が伝わってくる。

歴史的な現場を博物館として一般公開する。これは日本では見られない手法だが、あえて美化せず、教訓を風化させない強い意思を感じさせられた。決して「過去に起きた悲劇」を展示しているわけではない。「勇気を持って立ち上がれば、世界を変えることができる」という希望と変革を伝える博物館だ。

音楽のきらびやかさや美食文化の基盤には、世界を変えた1人の牧師がいたことを旅の最後に知ってほしい。自分の声を届ける尊さに触れる旅は、日常に戻ったときにこそ大きな活力になるはず。

取材協力:メンフィス観光局

Photos : Miho Kakuta Edit & Text : Tokiko Nitta

Profile

仁田ときこ Tokiko Nitta 民俗学を学んだ経験を活かし、日本各地や世界を旅しながら、土地に根ざした文化や風習、手仕事について執筆する。海辺の葉山暮らし。Instagram:@tokikonitta
 

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