『大豆田とわ子と三人の元夫』『エルピス』など数々の話題作を手がけるドラマプロデューサーの佐野亜裕美。彼女が担当する作品はなぜいつも面白いのか。その秘密は、彼女の覚悟にあった。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年5月号掲載)

──佐野さんの手がける作品は、日常の違和感や怒りがエンタメに昇華されています。物語の「種」はどこから見つけているのでしょうか。
「ほぼ自分の身の回りか、ノンフィクションから見つけます。日常でイラッとしたり、何かに傷ついたとき、「『自分はなぜ怒り傷ついているのか』を徹底的に考えます。私はわからないものを抱えたままにするのが苦手なんです。恐怖や不安を言語化しようと努力する中で、『これは私だけの感情ではなく、普遍的なものかもしれない』と気づく瞬間に種が宿ります。また、自分にはない『社会を見つめる目線』を知ることも重要です。ニュースや新聞のコラム記事にもよく目を通すのですが、他者がどう社会を捉え表現しているかもなるべく吸収するようにしています」
──あえて正解のない問いや、居心地の悪い場所に手を伸ばされている印象もあります。
「人間を動かすのは『愛』か『恐怖』だと思います。独裁体制のように恐怖で人を動かすのがいちばん効率的かもしれませんが、私は愛によって動きたい。日常に不安や恐怖はあふれていますが、それを克服するには、まず対象を正視して認識することが第一歩です。正体が見えれば闘うための戦略も立てられる。『なんだかわからないけど怖い』という状態を脱するために、居心地の悪い場所も見つめる必要があると思っています」
──脚本家とはどのようにテーマを深めていくのでしょうか。
「構想を全部持っている状態で始めることはほぼありません。新作『銀河の一票』も、最初は『都知事選の参謀を主人公にしたい』という題材があっただけでした。そこから脚本家の蛭田直美さんと対話を重ね、キャラクターやテーマを一緒に決めていきました。坂元裕二さんや渡辺あやさんともそうですが、とにかく膨大な雑談を大切にします。何が面白かったか、何が嫌だったかという感覚の共有を繰り返すことで、何を大切にするべきかという価値観のすり合わせが自ずとできていくんです。優れた作家さんは問いの立て方が非常に上手だと思います。私の話に対し、『なぜそこに引っかかったのか』と本質をつかもうとする問いを投げてくれる。その問いによって、ぼんやりしていた物語の輪郭が鮮明になっていくから不思議です」
──新作で「選挙」という政治的なテーマに挑んだきっかけは?
「前作『エルピス』の後、政治描写について一部から非常に強い批判や怒りをぶつけられました。勝手に点と点を結びつけられたりもしましたが、それだけ人を怒らせるということは、そこに触れるべき何かが潜んでいるということでもあります。一方で、在米台湾人の友達が選挙のために帰国するのが当たり前だと言っているのを聞き、その文化の違いに驚きました。そうした背景から、この国でアンタッチャブルなもの、あるいは大切にされていない『選挙』を、もっとカジュアルに面白いものとして描けないか。実際にボランティアとして勤務時間外に選挙現場に潜入し、そこでうごめく濃密な人間模様を見たとき、これはエンタメになる、と確信しました」
作り手は物語の影響力に自覚的でなければならない
──プロデューサーとして曲げられない信念は何ですか?
「私は視聴率で結果を出し続けてきたタイプではありませんが、だからこそ『数字はわからないけど話題にはしたい』という思いでこれまで制作してきました。信念は『面倒くさいを厭わない』ことです。自分に特別な才能がないと自覚しているからこそ、誰もが避ける面倒な場所や、大変な状況に突っ込んでいく。一時期に一つの作品だけに全力を注ぎ、『面倒』を『面白い』に変えるまでやり切ることが、私の矜持です」
──近年、ドラマの受け取られ方に変化を感じることはありますか?
「フィクションと現実の境界が曖昧になり、画面外の物語を勝手に作られてしまうことが増えた気がします。ドラマの登場人物が言うことを制作者の思想だと勝手に読み取られたり、『主人公は常に正しい選択をすべきだ』という無言の圧力を感じることも。でも、ドラマは本来、観ていて『うっ』となるような違和感や、正しくない感情を描いていいはずですし、そこにはちゃんと意図があります。見たい物語だけを見て『心の防衛策』とするのは悪いことではないはずですが、その弊害のほうが大きくなっていると感じます」
──佐野さんにとっての物語とは。
「物語は世界を救う希望にもなれば、暴力や加害者にもなり得る強い力を持ったものです。だからこそ、作り手は常に自覚的でなければならないと思います。新作も、賛否両論は覚悟の上です。それでも、『選挙って意外と面白い』と誰かが感じてくれたり、投票率が上がったり、何らかのエネルギーが湧くきっかけになればうれしいです。今後も自分自身が面白いと信じられるものを、誠実に世に送り出していくつもりです」
『銀河の一票』
与党幹事長の娘で秘書の星野茉莉(黒木華)。父宛の告発文を目にしたことをきっかけにすべてを失った彼女は、偶然出会った政治素人のスナックママ・月岡あかり(野呂佳代)を東京都知事にすべく選挙に挑む。
脚本/蛭田直美
出演/黒木華、野呂佳代
カンテレ・フジテレビ系で毎週月曜22時に放送。
Photo:Shuichi Yamakawa Interview & Text:Daisuke Watanuki Edit:Mariko Kimbara
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