くどうれいんインタビュー「やさしい顔で歩きたい」 | Numero TOKYO
Interview / Post

くどうれいんインタビュー「やさしい顔で歩きたい」

旬な俳優、アーティストやクリエイターが登場し、「ONとOFF」をテーマに自身のクリエイションについて語る連載「Talks」。vol.127は作家のくどうれいんにインタビュー。

小誌の連載をまとめた染野太朗との短歌集『恋のすべて』を2025年9月に発売したばかりのくどうれいんが、早くも2カ月ぶり、今年8冊目となる新刊書籍『もうしばらくは早歩き』を11月に上梓。今度は“移動”についてのエッセイ集だ。くどうにとって“移動”とはどんな時間なのか。また移動中の楽しみから31歳を迎えたいまのモットーについてまで、さまざまなオンとオフを聞いた。

自分と向き合い、気持ちを切り替える
グラデーションのような時間としての「移動」

──『小説新潮』での連載をまとめた『もうしばらくは早歩き』ですが、移動をテーマにエッセイを書き続けたことによって、移動に対するイメージや思い入れは変わったりしましたか?

「家の中に引きこもっていても、キッチンとか寝室までの移動があるじゃないですか? だから生きている限り移動からは逃れられない。食べることについてのエッセイも1日3食あるからどんどん書きたいことが増えるように、移動についても書きたいことがいっぱいあるんじゃないかなと思って連載を始めたようなところがあったんですが、思ったより昔話が多くなって。それがけっこう意外でした」

──全編を通して、移動はくどうさんにとって自分と向き合う時間のようにも感じられたのですが、ご自身としてはどう捉えていますか?

「もうまさにその通りという感じで。私はボーッとするとか、あてもなく散歩するみたいなことが比較的苦手なんです。何かタスクを消化している状態でありたいからか、人の目が気になるのかわからないんですけど、のんびり自由にするというよりも何か目的に向かっているときのほうがリラックスできるような気がしていて。

例えば、家にいる自分から仕事をしにいく自分に切り替わるグラデーションみたいな時間や、人へ会いに行くために自分のことを整理し、気合いを入れなおす時間として移動が機能している気がしています。もしかしたら移動中のみんながそれぞれ何かに集中していて、私のことを誰も気にしていない状態が心地よいのかもしれないです。ドラえもんがタイムマシンに乗っているときの背景みたいに景色が流れるなか、自分のことに集中していても許される時間としてとてもありがたいと思っています」

──私は移動の時間こそ自分の心のゆとりにするべきなのではと思いつつも、つい仕事の時間にしてしまいがちです……。

「でも、『移動中にこの仕事ができる』というのも、ひとつ心の支えになりますよね。私も『移動中にこの仕事を終わらす』というのをよくやるから、移動中に休もうという気持ちもそこまでなくて。事務作業とか移動中のほうがよく捗りますし、なんかJR東日本のWi-Fiにつないでいるときだけ、返信しづらいメールがするする返せるときがあるんですよ」

──移動の魔法!

「ね、なんかある気がします」

──作中では移動中に楽しまれていた音楽や本についても触れられていましたが、最近はどのような作品を楽しまれていますか?

「先日、絵本作家の柴田ケイコさんに会いに高知へ行ったんですけど、移動中、真造圭伍さんの漫画『ひらやすみ』(小学館)の今出ている巻を全部読んでいました。ちょっとずつ読んではいたんですけど、ドラマ化される前にもう一回読んでおきたいなと思って」

──音楽はいかがですか?

「聞くことでいうと新しい音楽をどんどん聞くというよりは、ポッドキャストのほうが多くて。最近は『聞く図鑑』という、『学研の図鑑LIVE』編集部のふたりが、興奮しながら『ヘビってかっこいいんですよ!』とか、恐竜の話とかを話しているポッドキャストがすごく癒やしになっています。あとヒコロヒーさんの『岩場の女』は、同じ仕事をしている女性として聞いていてすごく元気が出るし、『やっぱりプロはしゃべるのうまいなあ』とか『勉強になるなあわたしもがんばろ』と思いながら聞いています」

──そうか、くどうさんもエフエム岩手のラジオ番組『丸顔たちは、きょうも空腹』に出演されていますもんね。

「そうです、そうです。だから、話すということへの興味も沸いていて。会話としての語彙の豊かさとか、間の取り方とか、声色とか、楽しいと思いながらけっこう聞いちゃいますね」

忙しない日々の中で見えてきた
力を入れすぎない働き方と休み方

──表題作の中で「どうせ止まったり、ゆっくりしか歩けなくなる日が来るのであれば、いまは思う存分早歩きをしたい」と書かれていましたが、くどうさんがいろいろな物事のペースを落とされている姿を全く想像できないです。

「怖いことを言うと思うんですけど、専業作家になってからは今が一番そのペースを落とせていると思っているんです」

──今年だけで8作品も新作を発表されていたのに?

「でもすごく休めていて、メンタル的にも割と落ち着いているので、集中力というか効率みたいなものはもしかしたら上がってきているのかもしれないです。今は夕方まで泣いていたり、ずーんと沈むようなことがないぶん、すごくヘルシーに働けている感覚があって。

毎年『ちょっと仕事を減らして集中したい』と言っているんですが、もうスケジュールの忙しなさとかゆとりって、たぶん自分がコントールできるものじゃないと諦め始めていて。書く速度や売れ方みたいなものがコントロールしできないのであれば、なるべく安定して書けるような環境をつくっておくとか、状況が良くなくなったときにどうにかできる体制を取っておくことくらいしかできないのかなと思っていたりもします」

──少し前に温泉に行かれていましたが、プライベートで行かれていたのでしょうか?

「『これは3〜4カ月後くらいに忙しくなって窮屈な気持ちになってくるぞ』と思ったら、先に土日に温泉の予定を入れることを今年はやっていて。忙しくなっちゃうとリフレッシュすることもタスクみたいになっちゃうので、ゆとりがあるうちに、そのときに本当に休みたいかわからなくても休みの予定を入れるというのを覚えたんです」

──オンだけでなくオフも含めて、生き方が上手になっているんですね。

「どうなんですかね? でもそうかもしれない。結局書くのがしんどいときって、原稿を書き上げられないのがずっとしんどいので、その状態で温泉に行っても『ずっと書けてないのに、温泉なんかに浸かっちゃって……』という気持ちになっちゃって。温泉の予定が決まっていると『そこまでに絶対に終わらす!』という気持ちになれるというか。ご褒美のために前倒しで原稿を進めるとか、つらくても書くのを終わらせると、とってもすっきりするんですよね」

ファイティングポーズを取っていた20代から
ほがらかになる練習を心がける30代へ

──先ほど話されていた柴田ケイコさんに会いに高知へ行かれたこともそうですが、くどうさんのSNSを拝見すると作中に登場するモットー「会いたいならおまえが来い。会いたいからわたしが行く」を実践するかのように、このところいろいろな地域へ出かけられていますよね。

「そうなんです。なんか最近、みんな盛岡に来てくれるようになってしまって、来てもらうことが申し訳ないと思うようになって。『こりゃいかん、〈私も行ってるんだから、来てもらって当然〉くらいのモードに戻さないと』と思って。トークイベントやサイン会は、読者の皆さんや書店員の皆さんといった会いたい人に会いたくて行くけど、それはやっぱり仕事なので。そうではなく誰かに会いに行くことをやんなきゃダメだなと強く思いました」

──大学時代に生まれたモットーだったそうですが、どういったきっかけで生まれたのでしょうか?

「『次、東京に来るのいつ?』と東京に住んでいる同級生とか友だちに言われるのがすごく嫌で。例えば私は盛岡なので、仙台で落ち合うとかならまだわかるんですけど、ローカルにいる側が都会に来て当然みたいなのってシンプルにフェアじゃないよなと思って。その頃は『時間もお金も持ち寄ろうよ』みたいな感覚があったんです。

仕事を始めてからも、東京での仕事が多いので『次、東京に来るタイミングがもしあればご挨拶させてください』とか言われて。それが悔しいというか、『用事があるのはそちらなんじゃないですか? 私だって東京に来たら他の用事もありますけども?』というファイティングポーズにだいぶなってしまっていました」


──30代になって生まれたり、最近心がけていたりするモットーはありますか?

「『みんないい人』ですかね」

──ファイティングポーズを取らなくなったんですか?

「それもありますが、忙しくなっていくと自分がピリピリしているから『失礼だな』と感じやすくなったり、『失礼だったんじゃないか』とビクビクしやすくなったりするんですけど、人はそんなに裏表がないし、嫌だったら嫌だと言うだろうから、あんまり『裏ではこう思っているんじゃないか?』と考えないようにしようと心がけていて。

例えば『ん?』と思うようなメールが届いたとしてもきっと何か事情があるんだろうと、一回『この人、いい人』と思う時間をちゃんと設けないと余裕がなくなってしまう、ほがらかになる練習をどんどん重ねていかないと、って自分に言い聞かせている感じです。

ややこしい作家だって思われたくないけど、自分だけが作家としておいしい甘い汁を吸うみたいなことでもなく『本に関わる全員の労働環境をみんなで良くしていきたいよね、改善できることは話していこうよ』という姿勢を持っていかなきゃいけないと考えていて。だから『れいんちゃん』とも『くどう先生』とも呼ばれたくないし、ちょうど良いところのバランスが難しいなって試行錯誤している状態です。

あと私、早歩きをしているんですけど、徒歩での移動を自分のことを考える時間にしてしまっているので、たぶん眉間にシワを寄せているんですよ。そうしたらすれ違う人や読者に『怒っているのかと思って話しかけられませんでした』と言われることが相次いで。なので、もうちょっとやさしい顔で歩きたいなっていうのをすごく思っています」

──ほがらかに早歩きですね。

「そうそう。そのほうが怖いか」

『もうしばらくは早歩き』
新幹線、車、飛行機、ローラースケート、台車、たらい船、象、そして自分の足──多彩な移動手段を使った先に立ち現れるさまざまな風景。教習所の教官とのやり取りには笑いがこぼれ、自転車と紡いだ学生時代の思い出には切なさがあふれる。一歩ふみ出すエッセイ集。

発売/2025年11月27日
価格/¥1,760
発行/新潮社

 



Photos:Michi Nakano Interview & Text:Miki Hayashi Edit: Mariko Kimbara

Profile

くどうれいん Rain Kudo 1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。エッセイ集に『わたしを空腹にしないほうがいい』『うたうおばけ』『虎のたましい人魚の涙』『桃を煮るひと』『コーヒーにミルクを入れるような愛』『湯気を食べる』、歌集に『水中で口笛』、小説に『氷柱の声』『スノードームの捨てかた』、日記本に『日記の練習』、創作童話に『プンスカジャム』、絵本に『あんまりすてきだったから』『まきさんのソフトクリーム』『スウスウとチャッポン』など著書多数。
 

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