あの問題作が巻き起こしたジョーカー現象とは何だったのか。続編『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』
いよいよ世紀の問題作の続編がやってきた。2019年の映画『ジョーカー』の“その後(2年後)”を描く『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』だ。監督は前作に引き続き鬼才トッド・フィリップス。主演はもちろんホアキン・フェニックスだ。そして新たに参加するメインキャストが、あのレディー・ガガ。フィリップスが製作を務めた『アリー/ スター誕生』(2018年/監督:ブラッドリー・クーパー)でもヒロイン役を熱演した歌姫が、謎の女性リー・クインゼルを演じる。本作は2024年9月、第81回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア上映。10月4日に全米公開されてからも賛否真っ二つの反応を巻き起こしている。ともあれ単なる前作の延長では済まない挑発的な内容になっており、衝撃の必見作であることは間違いない。
ホアキン・フェニックス&レディー・ガガの最強タッグが“二人狂い”で歌い踊る、ミュージカル仕立ての衝撃の続編!
果たしてどんな物語が展開するのか。前作『ジョーカー』で描かれたのは、原作のDCコミックにも正式な生い立ちが記されていない最凶のスーパーヴィラン、ジョーカーの誕生秘話だ。
大都会ゴッサム・シティの片隅で慎ましく生きる心優しき大道芸人の青年アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)。「幸せな笑顔でいなさい。あなたは喜びや笑いを届けるためにいるのよ」という最愛の母親からの教えを守り、ピエロのメイクで街角に立つ日々。だが世の中は冷たく、すべてが報われない。やがて内なる絶望から狂気が覚醒し、テレビの生放送中に司会者のスターコメディアンを殺害。そんな彼に社会から疎外された者たちが感化され、アーサーは漆黒の悪のカリスマ、ジョーカーへと変貌する──。
今作『ジョーカー2』こと『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は、まず「Me and My Shadow(俺と俺の影)」というアニメパートで始まる。往年のワーナー・ブラザースの漫画映画シリーズ「ルーニー・テューンズ」を模したもので、ジョーカーとしてスター化したアーサーが自分の影に乗っ取られる様子を描いたものだ。バックに流れるのは、フランク・シナトラ&サミー・デイヴィス・ジュニアの「Me and My Shadow」(1962年)。もともとこの曲では「My Shadow」は「無二の親友」という意味で使われている。
このように本作はアーサーの心情や彼を取り巻く状況を表すものとしてさまざまな既成曲が流れ、ジュークボックス・ミュージカル(既存の楽曲を多数使ったミュージカル)に近いスタイルで仕立てられた。トッド・フィリップス監督は「アーサーは音楽と共に生きているんだ。それが続編の原点となった」と語っている。
さて、本編。有名な殺人犯となったいまのアーサー・フレックは、アーカム州立病院(『バットマン』シリーズに登場する架空の法医学精神病院)の薄汚い独房に収容されている。背中から骨が浮き出るほど痩せた姿の彼。顔には絶望のしわが刻まれ、外はじとじとと雨。看守のジャッキー(ブレンダン・グリーソン)たちは、「今日のジョークは?」とアーサーをからかいしつこく聞いてくるが、アーサーは何も答えない。
ところがアーサーの前に突然ひとりの“運命の女”が現れる。「こんな素敵な人がなぜここに?」。アーカム州立病院に収容されている囚人の若い女性リー・クインゼル(レディー・ガガ)は、憧れの存在であるジョーカーことアーサーにそうささやくのだ。「5人殺した。君は?」と返すアーサー。リーは微笑んでこう答える。「実家に火をつけた」──。
放火魔として逮捕されたと自称するリーはジョーカーの熱烈な崇拝者だ。理不尽な社会への反逆者、不満だらけの民衆の代弁者として祭り上げられたジョーカー。彼が起こした事件の衝撃に魅せられたリーは、ジョーカーをまるでロックスターのように偶像視している。アーサー/ジョーカーをモデルにしたテレビムービーも繰り返して観たらしい。彼がリーのいる監房の部屋に入ってくると、彼女の目は輝く。ジョーカーのあの事件を目にして「生まれて初めて孤独を感じなかった」と熱っぽく告白する。
リーの姿は、例えば日本映画『接吻』(2007年/監督:万田邦敏)の主人公・京子(小池栄子)──テレビで観た無差別殺人の凶悪犯に自分と同じ孤独を見いだし、恋心をエスカレートさせていく女性と印象が重なったりもする。世間的には凶悪な犯罪者であっても、自らのアイデンティティを仮託できる相手を自分の「推し」として神聖化する。ジョーカーのとりわけ濃厚な“My Shadow”であるリーは、ファンダムと呼ばれる熱狂的なファン文化の象徴ともいえるだろう。宗教的といえるほど過剰にスターやアイドルにのめり込み、その対象と自分の理想的な物語の中を生きている(あるいは生きようとする)人物がリーだ。
ただしそのぶん、リーは自分が信じるジョーカー以外の姿を決して認めない。ゆえに彼女は等身大のアーサーにはまるで興味がない。「本当のあなたが見たい」と言って、リーは素顔のアーサーにピエロのメイクをする。リーにとって「本当のあなた」はアーサーではなくジョーカーなのだ。
これまでまともな恋愛経験のないアーサーにとって、自分を必要としてくれるリーは初めての恋人だ。『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の物語は、はみ出し者の異端の男女のラブロマンスへと展開する。タイトルの「フォリ・ア・ドゥ(Folie à deux)」は、フランス語で「二人狂い」という意味。ひとりの妄想がもうひとりに感染し、二人あるいは複数人で妄想を共有する感応精神病を指す。これはまさしくアーサー/ジョーカーとリーの関係性を表している。彼らは互いに手をとりながら、むしろリーが積極的にリードする形で、当人たちにとっては幸福の絶頂にある「二人狂い」を暴走させていくのだ。しかしリーはアーサーではなく、ジョーカーと触れ合うために誘惑を重ねる。つまりリーは、アーサーの中からジョーカーを呼び起こしていく触媒として働きかけるのだ。
この「二人狂い」の高揚を本作はミュージカル形式で演出していく。例えばアーカム州立病院の催し物で、MGMミュージカル映画の名作『バンド・ワゴン』(1953年/監督:ヴィンセント・ミネリ)が上映される。その有名なミュージカル・アンセムである楽曲「ザッツ・エンタテインメント」を、アーサー/ジョーカーとリーは共に歌い踊る。また本作のメインステージは法廷。テレビで生中継され、民衆の多大な注目を集めるアーサーの裁判はまさにショータイムだ。関係者やマスコミを尻目に、ジョーカーとリーの二人が共にシング&ダンスするとき、この世界には彼らしかいないような甘いロマンティシズムが映画のスクリーンを包み込む。
しかし誰もが知っている。美しい音楽とダンスに包まれたミュージカルは、どこまでもファンタジーの様式だと。メイクを施したジョーカーはリーと共におとぎ話の世界に生きている。一方、あくまで惨めな現実の側にいる素顔のアーサーの心はどうなるのか。“Me”と“My Shadow”の決定的なすれ違い。そして凶悪な影たちを図らずも増殖させてしまった贖罪。こういったアーサーの戸惑いが『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の核心的な主題としてせり上がってくるのがわかるだろう。
周知のとおり、前作『ジョーカー』の影響力はゴッサム・シティを超えて、我々が生きる現実社会にも及んだ。とりわけインセル(Incel)と呼ばれる弱者男性や、日本では「無敵の人」(失うものがなく犯罪を起こすことに何の躊躇もない者たち)の心象と結び付けて語られることが多く、ジョーカーは持たざる者が拠りどころとするアイコンとして祭り上げられた。だがここ数年、インセルを標榜したテロが北米や欧州で続けて起こっており、ジョーカーというアンチヒーローの魅力は暴動を扇動するような危うさも孕んでいる。この事態を真摯に受けた『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は、白熱した「ジョーカー現象」への責任を取ろうとする自己批評的なアンサーを志したのではないか。
実際、『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は前作『ジョーカー』とのワンセットになるように対の形で設計している部分も多く見られる。ホアキン・フェニックスやレディー・ガガが歌唱する楽曲だけでなく、キング・ハーヴェストの「Dancing in the Moonlight」(1972年/全米13位)、ビリー・ジョエルの「My Life」(1978年/全米3位)、ブルース・スプリングスティーンの「Spirit in the Night」(1973年/デビューアルバム『アズベリー・パークからの挨拶』収録)といったオリジナル音源の楽曲も流れる。そして前作の最後、アーサーから完全覚醒したジョーカーが自らのテーマソングのように陽気に歌い踊ったフランク・シナトラの歌唱で知られる「That’s Life」(1966年/全米4位)を、今度は誰が引き継ぐのか──。さらにエンドタイトルでホアキン・フェニックスが歌う、伝説のカルトシンガーとして知られるダニエル・ジョンストンの「True Love will Find You in The End」(1984年/アルバム『Retired Boxer』収録。ベックやウィルコなど多数のアーティストにカヴァーされている名曲)──その歌詞もじっくり噛みしめたい。
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』
監督/脚本/製作/トッド・フィリップス
出演/ホアキン・フェニックス、レディー・ガガ、ブレンダン・グリーソン、キャサリン・キーナー、ザジー・ビーツ
全国劇場公開中
https://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/
配給/ワーナー・ブラザース映画
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IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema is a registered trademark of Dolby Laboratories
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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito