志尊淳インタビュー「求められた役に全力で取り組む。10年抱えていた気負いは消えました」 | Numero TOKYO
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志尊淳インタビュー「求められた役に全力で取り組む。10年抱えていた気負いは消えました」

旬な俳優、アーティストやクリエイターが登場し、「ONとOFF」をテーマに自身のクリエイションについて語る連載「Talks」。vol.109は志尊淳にインタビュー。


クジラの鳴き声はおよそ10〜39ヘルツ。しかし世界に1頭だけ、仲間には聴こえない52ヘルツで鳴く「世界で最も孤独なクジラ」が存在する。そのクジラのように、この社会の中で発せられる声なきSOS。もし、誰かが気付いて救い出してくれたら…。俳優・志尊淳は映画『52ヘルツのクジラたち』で、その声に気付いたトランスジェンダー男性の塾講師、岡田安吾を演じる。彼はどんな想いでこの役に臨んだのだろうか。また最近のプライベートでの変化についても聞いた。

トランスジェンダー男性、岡田安吾を演じる覚悟

──本作に出演を決めた理由は?

「今回、僕が演じる岡田安吾という人は、トランスジェンダー男性です。僕は過去にも性的マイノリティーの人物を演じたことがあるのですが、最初は、それだけがオファーの理由だったら、お引き受けするのは難しいなと思ったんです。同時に、岡田安吾という人物の内面をいかに深堀りできるかという部分には興味がありました。それで、まずは監督と話す機会を設けていただき、この役柄をどう捉えているのか、岡田安吾を通して何を伝えたいのか、監督の考えを伺いました。率直にいうと、この方の船に乗りたいと思いました。成島監督と一緒だったら、社会的意義のある作品にすることができるかもしれない。それが出演を決めた理由です」

──岡田安吾の役は当初、不安もあったそうですね。

「以前演じたトランスジェンダー女性は、生まれた時に割り当てられた性別は男性で、性自認は女性です。だから、身体的な状況も含めて役を演じるイメージが持てたのですが、トランスジェンダー男性となると、出生時の性別は僕自身と異なります。映画を見る人が、前提として無理があるんじゃないかと感じてしまったら、それは失敗になるわけです。この役はトランスジェンダー男性の当事者や、出生時の性別が女性の方が演じるべきなんじゃないかと悩みました。僕が演じることで、当事者の方に対するステレオタイプを助長してはならない。その点において自分は責任を持つことができるのか、考えに考え抜いて、覚悟を決めるまでは、正直、不安ばかりでした」

──役作りは身体的なものも含めて?

「もちろん、細かい部分ではいろんな役作りをしましたよ。でも、岡田安吾という人物は、体重をコントロールしたり所作を変えたりフィジカルな面で表現するのではなく、岡田安吾の気持ちに寄り添いたかった。僕の中ではフィジカルな調整より、内面的な部分に重点を置きたいと思っていました」

──内面的な部分を掘り下げるにあたってはどんなことを?

「台本に描かれた岡田安吾にとにかく向き合うこと。アン(安吾)さんが何を考え、何を感じ、どのように生きているのか、深く寄り添い理解しようと、自分では極限までやったつもりでいました。でも、やはり理解できないこともあって。今回、トランスジェンダーの表現に関する監修に入ってくれた若林佑真くんと、現場でかなりたくさんの話をしました」

──若林さんが現場にいるというのは、心強いことだったのでは。

「心強いどころか、佑真くんがいなかったらアンさんは演じられなかったと思います。セリフもヴィジュアルも、シーンでの在り方、全てにおいて。わからないことは聞くし、違うことは指摘してくれる。もし、佑真くんの提案に僕が納得できなかったら、とことん話し合いました。若林佑真と志尊淳という個人が、フラットな立場で対話をしながら、二人三脚で岡田安吾を作り上げるという作業でした。

ただし、それは佑真くんの経験した辛い想いを僕に話すことになるわけで、決して簡単なことではありません。でも、佑真くんは、この作品を通して1人でも救われる命があるならと、真剣に取り組んでくれました。そしたら、僕がこの役に向き合わないなんてことは出来ませんよね。佑真くんが僕に渡してくれたものを僕はしっかり受け取り、岡田安吾を表現したつもりです」

──苦心した部分は?

「ほとんど全てです。『ありがとう』という言葉ひとつにしても、アンさんがこういう経験をしてきて、こんなふうに考えていたら、ここではこういうニュアンスの『ありがとう』だと佑真くんが説明してくれて、僕もそこで初めて納得する。そんなことの連続でした。それは、僕が考えたことがダメだったというよりも、より深く理解して表現するならこうだというセッションだったので、難しかったけれどやり甲斐がありました」

──今回の役はいつもよりも、乗り越えるハードルがたくさんあったんですね。

「いや、どの作品の役も難しいですよ。ただ、岡田安吾の境遇は、理解しようとしても簡単に理解できるものじゃない。だから、相当な覚悟をもって臨みましたし、その分、思い入れは強いかもしれません。僕が演じることで、助かる人がいるかもしれないし、もしかしたら、その反対もあるかもしれない。実際、映画が公開されて何が起こるのか、全てを僕が知ることは難しい。だから、自分が出来ることは、誠心誠意この役に尽くすことだけでした」

叫びを上げている人がいるのに、
気が付かないだけかもしれない

──岡田安吾という役を通して学んだことは?

「ひとつお伝えしておきたいのは、観客のみなさんには自由に物語を感じてもらえたら、と思っています。観る人が勉強になる、特別な映画だと捉えてほしいわけはないんです。岡田安吾がトランスジェンダー男性なのはひとつの前提として、心に傷を抱えた貴瑚(杉咲花)、児童虐待を受けていた少年(桑名桃李)など、登場人物にそれぞれの境遇があり、思いがあるので、この作品からいろんなものを感じてくれたら。

もし、トランスジェンダー男性がどういう人なのか、詳しく知らなければ、ぜひこの映画を見てください。みなさんが想像しているよりも、たくさんトランスジェンダーの方が周囲にいるかもしれません。もしかしたら、叫びを上げている人がいるかもしれないのに、声が聞こえていないのかもしれない。この作品をきっかけに、その声をキャッチしてくれる人が1人でも増えてくれたら嬉しいです」

──劇中、岡田安吾はさまざまな場面で貴瑚を支えていきます。撮影中に、志尊さんご自身も貴瑚役の杉咲花さんを何があっても支えると決めていたとか。

「なるべく安吾の気持ちでいたかったので、撮影期間中は絶対に花ちゃんを支えようと思っていました。成島監督の世界は、カメラが回っていないときの雰囲気も含めて、全てから滲み出てくる世界観なんです。だから、結果的にそれがアンさんと貴瑚の関係性に結びつくと思いました。それに、貴瑚の役柄は精神的にもとてもハードだったんです。貴瑚に入り込んだ花ちゃんは本当に大丈夫かなと心配になったこともあったし、なるべく近くにいて味方になってあげたいという気持ちもありました」

──今作では、人と人のつながりの大切さを感じましたが、志尊さんが大切にしているつながりとは?

「この仕事を始めて、13、4年経ちます。知り合いはたくさん増えたけれど、深く話し合える人は限られています。でも、その人たちは自分にとってはかけがえのない人たちなんだと、再認識する瞬間が、最近たくさんあります。そんな大切な人には愛を注ぎたい。この作品を経験して僕が感じたメッセージでもあるし、これから自分がやっていきたいことでもあります」

気負いが消えて、仕事もプライベートも自然体に

──映画にドラマと忙しい日々が続いていますが、プライベートの過ごし方や気分転換はどのように?

「学生の時のようにカラオケに行ったり、卓球したり、ボーリングしたり。友達と他愛もない普通のことをして息抜きしています。実は今まで、そういう時間の過ごし方はしてこなかったんです。それが最近、芸能界以外の友達も増えたので、10人ぐらいで大衆居酒屋に行ったり、個室じゃなくて普通の席で飲んだりしています」

──ファンの方から声をかけられませんか。

「そしたら『こんにちは』って普通に挨拶しますよ。今までは、周囲の目が怖くてそういうことも出来なかったんです。あまり外に出掛けたりもしなかったんですが、友達が、ほら、行こうよって引っ張り出してくれて。みんな、僕のことを“俳優”の志尊淳じゃなくて、僕個人として見てくれるんです。地元のご飯屋さんに行くと、お店の人も最初は“あの俳優の”となるんですが、最終的にはみんな仲良くなって。そんな時間が大切なんです。考えてみたら、僕も別に悪いことをしてるわけじゃないから、隠れる必要はないんですよね」

──最近はひとりの時間も楽しんでいらっしゃるそうですね。

「部屋で台本を読んだり、家事をしたり、特に何をしようとも決めないで、家から一歩も出ずに過ごす。それが心地いいんですよ。作品に入ると、どうしても仕事だけになるから、そうじゃないときは息抜きしないと。遊びたくなったら遊ぶし、ひとりで過ごすこともある。そんな感じです」

──オフとオンの切り替えは意識しますか。

「意識したことはないですね。演じている役にもよって、日常でも引きずってしまうものもあるし、どうしても仕事のことはずっと考えているので、それは仕方ないと思うようになりました」

──今回の岡田安吾も、志尊さんの中に今でも残っていたりしますか。

「どこかには残っていると思います。でも、僕としては撮影中に出し切ったので、もう1回演じようとしても出来ないかもしれません。撮影が終わったときに、成島監督からちゃんと役を落としなさいと言われたんです。僕らの仕事は、1つの作品が終わると次の役が待ってるんです。次に行かなくちゃいけない」

──オフの時間に、映画やドラマを見てインプットしたりしますか。

「そういう時期もあったけど、他の作品から受け取るよりも、演じる役に向き合えるだけ向き合おうと考えるようになったので、意識的に映画やドラマを見るということは少なくなりました。視聴者のひとりとして、気になるものを見るぐらいですね。

取材でも役作りに関して質問されることが多いんですけど、本当にそのときによります。シェフの役の時は料理に必死に向き合って、家でも料理をするし、料理の専門家の方から料理の工程を学んだり、意識的にレストランに行くようにして、自分の身近なものにしていく作業をひたすらしていました。その作品が終わったら、次の役にまた真剣に向き合っていくという。プライベートと仕事が混在しているから、オフで特別な趣味をあまり持たないというところもありますね」

──今年から環境も一新しましたが、仕事に対する姿勢に変化は?

「以前は、いつも『どうしてもこの作品のこの役がやりたいんです!お願いします!』という気持ちだったんですが、求められたことに自分なりに応えていくことが、クリエイティブだと考えるようになりました。オファーしてくださる方も、この作品を作る上では絶対にこの人だと思って声をかけてくださるので、そこに全力で応えていく意識で仕事をしようと思っています。これまで10年ぐらい、ずっと気負っていたんです。とにかくこれがやりたいんだ!と、仕事の欲に取り憑かれていたような気持ちでした。でも、コロナ禍と病気を経て、いつの間にかその気負いが溶けていったと思います」

衣装 ジャケット ¥412,500 ベスト ¥159,500 タートルネック ¥187,000 パンツ ¥198,000 ベルト ¥64,900 靴¥137,500/すべてGucci(グッチ クライアント サービス 0120-99-2177)

『52ヘルツのクジラたち』


海を見下ろす高台の一軒家に、東京から三島貴瑚(杉咲花)が引越してきた。亡き祖母の家で一人で住む彼女は、偶然、知り合った少年(桑名桃李)が児童虐待を受けていると気付く。母親から「ムシ」と呼ばれていた少年は、貴瑚のもとに身を寄せるように。そんな少年に貴瑚は52ヘルツのクジラの声を聞かせ、「私にもね、たった一人、私の声を聴いてくれた人がいたんだよ」と打ち明けた……。

監督/成島出
原作/町田そのこ「52ヘルツのクジラたち」(中央公論新社)
脚本/龍居由佳里
出演/杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李、金子大地、西野七瀬、真飛聖、池谷のぶえ、余貴美子、倍賞美津子
URL/gaga.ne.jp/52hz-movie/
©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会

3月1日(金)全国ロードショー

Photos: Yu Inohara Hair & Makeup: Jun Matsumoto(tsujimanagement) Styling: Kyu(Yolken) Interview & Text: Miho Matsuda Edit: Yukiko Shinto

Profile

志尊淳Jun Shison 1995年生まれ、東京都出身。2011年にミュージカル『テニスの王子様』でデビューし、2014年に『烈車戦隊トッキュウジャー』で主人公に抜擢。さらに『女子的生活』で文化庁芸術祭賞テレビ・ドラマ部門放送個人賞を受賞。主な出演作は『帝一の國』NHK連続テレビ小説『半分、青い。』『潤一』『さんかく窓の外側は夜』NHK連続テレビ小説『らんまん』『フェルマーの料理』『幽☆遊☆白書』など。2022年、GUCCIのグローバル・ブランドアンバサダーに就任

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