【インタビュー】山口晃:“やむに止まれぬ”日本を描く
伝統的な日本画の様式×油絵の技法で、時空を超えたランドスケープを描き出す画家、山口晃。“日本の美術”を問うこと幾星霜、「ここへきて やむに止(や)まれぬ サンサシオン」なる題を掲げて展覧会に臨む。対する相手は雪舟とセザンヌ。描く者/見る者、“感覚(サンサシオン)”をめぐる大一番が、アーティゾン美術館で幕を開ける。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年10月号掲載)
【1】、【2】『日本橋南詰盛況乃圖(にほんばしみなみづめせいきょうのず)』(全図および部分図)2021-2023年 作家蔵 東京メトロ銀座線・日本橋駅構内に2021年に設置された大型ステンドグラス作品の原画。木造の日本橋に首都高速道路、高層ビル群など、異なる時空を混在させながら、商業の街・日本橋の街並みを約3年かけて描き上げた。 ©YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery
山口晃インタビュー 当代“絵描き魂”の現在地
展覧会の準備も“ここへきて”待ったなしの7月下旬。雪舟&セザンヌとの対峙を控え、山口晃は何を思うのか。“日本の美術”問題、作風の由来、表現の原点が語られる。
初披露の大作に込めたもの
──今回の展示では話題を呼んだ大作が初披露される予定ですが、開幕1カ月前となる現在も制作を続けていると伺いました。
「はい、ギリギリまで手を入れようと考えています。それぞれの作品ごとに、私なりの新しい試みを込めているものですから。
『日本橋南詰盛況乃圖』(図1、2)は、東京メトロ銀座線・日本橋駅のパブリックアートとして設置されているものの原画です。一つの画面に古いものと新しいものを混ぜて描く手法は以前からしてきたのですが、これまでは建物や人物ごとに時代を描き分けていました。この建物は江戸時代のもの、こっちは大正、ここの人物の服装は現代で……などと。今作では一つのモチーフの中に、異なる時代を重ねて描いてみました。モノのキワを二重写し・三重写しとすることによって、幻が現実に重なって過去を幻視するかのように描けないかと思ったのです。
『東京圖』(図4、5)は、NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』のオープニングタイトルバック画でした。東京を見下ろす鳥瞰図ですが、随所で縮尺をずらしつつ、見る人の関心が注がれる箇所は大きく描いてあります。サイズの違うモチーフを、画面内で自然に同居させようとしてみました」
【4】、【5】『東京圖(とうきょうず)』(全図および部分図)2018-2023年 作家蔵 2019年放映のNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』オープニングタイトルバック画の原画。 ©YAMAGUCHI Akira, Courtesy of Mizuma Art Gallery
雪舟とセザンヌ、東西の巨匠を選んだ理由
──今展はアーティゾン美術館が毎年開催する「ジャム・セッション」シリーズの一環。石橋財団コレクションの近代美術とアーティストが、作品を通して会場でセッションする企画です。山口さんがこのたびお相手に選んだのは?
「雪舟『四季山水図』とポール・セザンヌ『サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール』です(図7、8)。自分の趣味嗜好と関心に忠実に選んでみたら、美術史を代表する二人と自分の絵を並べる羽目になりました。巨匠の間に挟まれた私は引き立て役にすらなりませんが、気にせず各々(おのおの)の作品の注目点を挙げてみます。
まず雪舟は、描かれている事物の意味を外して虚心に画面を眺めてみることです。『何が描かれているか』を考えるより、墨で描かれた線とその濃淡をただ目で追いかけていく。すると、暴力的なまでにこちらの意識を変容させてくることに気づくのではないでしょうか。雪舟の絵はとても危ないんです。
セザンヌの場合は、彼の感覚器が働いて知覚に至るまでを、絵から追体験するといいのではないでしょうか。どういうことかといいますと、普通われわれは絵を見たとき、絵具によってつくられた色や形を視認するのとほぼ同時に、モチーフが何なのかが頭に浮かびます。例えば何やら白くて長い筆致があれば『ああアスパラガスだな』と思う。瞬時に絵が見えるし、何の絵かわかるわけです。
ところがセザンヌの絵は違う。認知が瞬時にやって来ず“わかる”までに時間がかかります。画面で起きていることがすぐには把握できず『何だこれは?』としばらくじっと見ていると、セザンヌのかつて見た光が立ち上がり、バラバラに思えた画面に秩序が生まれる。“見る”とはこんなにドラマティックで、“見える”というのがこれほど快感を呼び起こすことだったかと、あらためて感じられる。光が目に映じてから知覚に至る“見ること自体”を体感した気になれるのです」
──「意味を外して絵を見る」「作者の感覚器の働きを追体験する」という見方の提言は、山口晃作品を見るときにも当てはまりますか。
「私も雪舟やセザンヌのような絵が描けたら、とはもちろん思います。ですが冷静に見て、いまだ自分は意味やモチーフの面白さに頼り、そこにとどまっているなと痛感します」
【7】、【8】石橋財団コレクションと現代美術家の共演企画「ジャム・セッション」にあたり、山口が選んだ東西の巨匠二名の作品。セザンヌ理解に向けた自由研究と、雪舟に基づくインスタレーションを展開する。
“日本の美術”を問い続け、“お絵描き少年”へ立ち返る
──西洋由来の油彩画の手法を用いて、古今の日本のモチーフを描く。山口さん独自のスタイルはいつ、どのように生まれてきたのですか。
「本式に絵を学ぼうと決めた10代の頃から、今のやり方を模索し続けてきました。思い返せばきっかけは、高校生の頃に教科書で、文芸評論家・中村光夫の『「移動」の時代』という随筆を読んだこと。日本近代文学は内発的動機によらず、もっぱら外国からの刺激によって推移した。しかも世代交代よりも速く新様式が到来するため、旧様式はまだ咀嚼中の作家ごと新様式の作家によって一線を追われてくいく。これでは様式が“生き埋め”に遭っているようなものだというのです。感化されましたし、これは文学に限った話じゃないと気づきました。美術も事情はまったく同じです。
藝大の油画専攻に入った時に私は、この考えで頭の中がいっぱいでした。自分が生き埋めに遭ってはたまらない、どうしたらいいかと試行錯誤することとなります。そこで私は、文明開花以降に登場した日本近代絵画は丸ごと無視することにしました。西洋の様式を模した『洋画』はすっ飛ばして、内発的な発展を着実に遂げていたはずの江戸時代以前の絵画、そちらの文脈に接続しようと決めたのです。私の絵の中で、現代と江戸以前の日本のモチーフが混在しているのは、そんな思いに端を発しています。
アーティゾン美術館には洋画のコレクションもありますので、今回の展示では洋画について考えるコーナーをつくってみました。私自身、自分勝手に無視してきたゆえにきちんと知る機会のなかった洋画を、これを機に見直してみたいという気持ちもあったので」
──「ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」という不思議な展覧会名の解題もお願いします。
「『サンサシオン』とはフランス語で『感覚』という意味です。“感覚”を受けて絵を描くことはできますが、それを絵の上で実現させるのは容易ではありません。
幼少の時分から描くことが大好きだった私は、絵を習ったり学んだりする前はただの“お絵描き少年”でした。自分の始原へと立ち返ることは、まだ未生の自分へと変容することで成されます。あの頃から今に至る私を貫く感覚を実現させたいものです。
絵描きとしての自分の根っこを確認し、そこに枝葉を茂らせる心持ちでつくる今回の展示です。ぜひ多くの方に見ていただけたらと思います」
【9】~【11】過去の作品より。時空を超えた要素が混ざり合い、緻密に描き込まれた都市景観で知られる山口だが、作風はメカから人物、伝統的画題へのオマージュまで幅広い。ここでは特別にその一部を紹介する。(すべて参考作品)
「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」
アーティゾン美術館の石橋財団コレクションと現代美術家の共演「ジャム・セッション」第4弾。山口が問い続ける命題「日本の美術とは何か」のもと、セザンヌが探求した「サンサシオン(感覚)」を糸口に展示空間を構成する。最新情報はサイトを参照のこと。
会期/開催中〜11月19日(日)
会場/アーティゾン美術館
住所/東京都中央区京橋1-7-2
URL/www.artizon.museum
TEL/050-5541-8600
Edit : Keita Fukasawa Interview & Text : Hiroyasu Yamauchi