10代の少年少女が心を通わせるひと夏の思春期ストーリー。映画『ファルコン・レイク』 | Numero TOKYO
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10代の少年少女が心を通わせるひと夏の思春期ストーリー。映画『ファルコン・レイク』

謎めいた湖畔で少年少女が心を通わせる。
バンド・デシネ『年上のひと』を注目の新鋭女性監督が映画化

まもなく14歳を迎える少年と16歳の少女。湖畔の避暑地を舞台に複雑に揺れる思春期の心模様を、独特のタッチで描いたひと夏の物語。原作はバンド・デシネ(フランス語圏のコミック)の人気作家、バスティアン・ヴィヴェスの『年上のひと』(原題:Une Soeur)。作者の実体験をもとにした自伝的作品で、本国では2016年発表。2019年にはリイド社から邦訳版も刊行された。

その映画化の監督を務めるのは、『ムード・インディゴ うたかたの日々』(2013年/監督:ミシェル・ゴンドリー)や『イヴ・サンローラン』(2014年/監督:ジャリル・レスペール)など、俳優として活躍するシャルロット・ル・ボン(1986年生まれ)。彼女自ら脚色を手がけ、監督としてはこれが長編デビュー作となる。第75回カンヌ国際映画祭監督週間への正式出品を皮切りに、第58回シカゴ国際映画祭ゴールド・ヒューゴ(新人監督賞)を受賞するなど、世界中の映画祭で絶賛を浴びた注目の新鋭だ。

描かれるのは、ある夏の数日間のできごと。13歳の少年バスティアンは、母の友人ルイーズのもとでヴァカンスを過ごすため、家族でフランスからカナダ・ケベック州の湖畔にある自然豊かなコテージを訪れる。ルイーズの娘である3つ年上のクロエと久々に再会したバスティアンは、ずいぶん大人びた雰囲気になった彼女に惹かれていく。そんなふたりの親密な姿をからかうように、ルイーズの顔馴染みである地元の青年たちが声をかけてくるのだが……。

互いにティーンの男女だが、女の子のほうが少し年上。彼らの未分化な淡い恋心や、短い夏に共有した特別な絆と時間を描く――。映画史を紐解くと、この種の源流のひとつはシドニー=ガブリエル・コレット原作のフランス映画『青い麦』(1954年/監督:クロード・オータン=ララ)になるだろう。ただし『ファルコン・レイク』は甘酸っぱい小さなラブロマンスより、大人の世界の入口に立つことでイノセンスが喪失されていく陰影のほうが際立つ。原作『年上のひと』はフランスのブルターニュ地方の海辺が舞台だが、この映画は同じ仏語圏でも、カナダ出身のシャルロット・ル・ボン監督が幼い頃から親しんでいたという同国ケベック州のローランティッド地域の湖畔に場所を移した。フランスから来た少年バスティアンは英語を解さず、仏語と英語の混在はコミュニケーションの誤解や不全を生む装置ともなる。

そして全編に漂う「死」の匂い。映画の中の湖には幽霊が出るという噂があり、水面に反射する眩い光の美しさの一方、深い闇の底に引きずり込まれそうな不穏さを湛えている。そんな湖でクロエは溺死したふりをしたり。また路上には、事故に遭ったとおぼしき鹿の死体が横たわっていたり。撮影は16mmフィルムを使用しており、その粗い映像のテクスチャーが、バスティアンとクロエを取り巻く未分化で不安定な世界の心象と細やかに同期している。

シャルロット・ル・ボン監督はこの映画を表わす言葉を挙げるなら、それは「憂鬱」だと語っている。確かに夏といっても荒涼とした肌触りがあり、どこか薄暗いトーンが支配する映像設計の中、陽のあたる場所で繰り広げられる世間一般的な営みへの違和感こそが、主人公の少年と少女を内的に結びつけるのだ。彼らの他に誰も目の届かない場所で。

本作の陰影にはホラー的な要素が多分に含まれるが、ちなみに『ファルコン・レイク』というタイトルから、都市伝説的な怪事件として知られるファルコン・レイク事件(Falcon Lake Incident)を反射的に連想する人は多いのではないか。1967年、カナダのマニトバ州ホワイトシェル州立公園にあるファルコン湖で発生したもので、ある男性がUFOだと主張する要因で不可解な怪我をした事件を指す。もちろんこの映画と内容的には何ら関係はないが、もしかすると事件の持つ禍々しく謎めいたイメージが隠し味として反映されているかもしれない。

瑞々しいキャストも素晴らしい。主人公の少年バスティアン役には、撮影時14歳のジョゼフ・アンジェル。すでに『パリの恋人たち』(2018年/監督:ルイ・ガレル)などへの出演歴がある子役出身の注目の新星だ。ヒロインのクロエ役には約400人の中から選ばれたサラ・モンプチ。さらに『胸騒ぎの恋人』(2010年)や『わたしはロランス』(2012年)などグザヴィエ・ドラン監督作の常連モニア・ショクリもバスティアンの母親役として出演。

こういった役者の魅力を鮮やかに引き出し、定番的な設定の原作を大きく繊細に上書きしたシャルロット・ル・ボン監督の独創性と実力には、誰もが瞠目させられるだろう。映画作家としての将来を嘱望する声も多く、今年(2023年)の第76回カンヌ国際映画祭では短編部門の審査員を務めたことも付け加えておきたい。

『ファルコン・レイク』

監督・脚本:シャルロット・ル・ボン
出演:ジョゼフ・アンジェル、サラ・モンプチ、モニア・ショクリ
原作:バスティアン・ヴィヴェス「年上のひと」(リイド社刊)
8月25日(金) 渋谷シネクイントほか全国順次公開
https://sundae-films.com/falcon-lake/#

© 2022 – CINÉFRANCE STUDIOS / 9438-1043 QUEBEC INC. / ONZECINQ / PRODUCTIONS DU CHTIMI

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Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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