フランスから届いた新しいヴァカンス映画『みんなのヴァカンス』 | Numero TOKYO
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フランスから届いた新しいヴァカンス映画『みんなのヴァカンス』

エリック・ロメールやジャック・ロジエのヴァカンス映画を生んだフランスから、また新しいヴァカンス映画が誕生した。勢いにまかせて夏を謳歌しようとする若者たちの姿を、『女っ気なし』『やさしい人』のギヨーム・ブラック監督が優しい眼差しで描いた青春映画『みんなのヴァカンス』。南フランスのきらびやかな風景の中、不器用で愛おしいヴァカンスが、静かに映し出されていく……。

これぞ本当にリアルな等身大のヴァカンス映画!? フランスの俊英、ギヨーム・ブラック監督が演劇学校の学生たちと作り上げた瑞々しい夏の傑作

南仏の夏。パリから約600km離れたドローム県の小さな田舎町ディーに、奇妙な青年三人組が乗り込んでいく。陽気で活動的なフェリックス(エリック・ナンチュアング)と、心優しい親友のシェリフ(サリフ・シセ)は黒人コンビ。加えて一名、相乗りアプリで知り合い、強引に連れて来られたエドゥアール(エドゥアール・シュルピス)は、「聖歌隊のガキみたいなツラだ」とフェリックスに陰口を叩かれるお坊ちゃん風の白人の若者(ラルフローレンやトミーヒルフィガーのポロシャツを愛用している)。

この珍道中の目的は、フェリックスがセーヌ川のほとりで催されたパーティで出会ったアルマ(アスマ・メサウデンヌ)のもとを訪ねること。ちなみに彼女は白人だが、彼と恋に落ちたばかりなのに、家族とヴァカンスに出かけてしまったのだ。そこでフェリックスはアルマを“サプライズ”で追いかけてきた、という次第。お金のない彼らはキャンプ場にテントを張って、攻めの姿勢のわりに意外に不器用なフェリックスの計画に付き合うのだが──。

フランス映画では伝統かつ定番の人気ジャンル「ヴァカンス映画」の類い。しかし本作『みんなのヴァカンス』は、「いまのフランス」のリアルな事情に沿ったアップデート版とでも言おうか。それは人種のミックスだったり、さまざまな社会階層や経済事情などにも表出されているが、結果的に絵に描いたような「お洒落」のコードをいちいちハズしてくるのがユニークだ。例えば水遊びの場所は海ではなく、川と市民プール。豪華なリゾートとは程遠く、安価で楽しむことのできる庶民のための避暑地。夜はカラオケなどに興じ、特に知的な会話なども出てこない。どこか“いなたい(垢抜けない)”がゆえに、等身大の愛しさと親密さに満ちている。これぞ、ぽっちゃり体型の非モテ男が美しい母娘と夏の日々を過ごす『女っ気なし』(2011年)という異色のヴァカンス映画が初期に評判を呼んだ俊英監督、ギヨーム・ブラック(1977年・パリ生まれ)の持ち味であり流儀である。

本作は、やはりヴァカンス映画だった『7月の物語』(2017年)に続いて、フランス国立高等演劇学校のワークショップから生まれた映画だ。キャストは同校の学生たちで、長編映画に出演するのはみんなこれが初めて。スタッフ陣にもあまり撮影経験のない若い人たちが揃えられ(技術スタッフはわずか12人という少数体制!)、その新鮮な試みが、かつてのヌーヴェル・ヴァーグをさらに純化させたような、とびきりの生々しさと瑞々しさを映画に立ちのぼらせたのだろう。

また、ギヨーム・ブラックの映画で特徴的なのは、冴えない男性性といったものが物語の主体や中心にあること。本作の主人公となる三人組は、まるで米映画『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(2007年/監督:グレッグ・モットーラ)の男子高校生たちの延長のよう。実際、ブラックは準備期間中のワークショップで、俳優の学生たちに『40歳の童貞男』(2005年/監督:ジャド・アパトー)や『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(2011年/監督:ポール・フェイグ)のシーンを演じてもらったらしい。確かに本作は、ジャド・アパトー監督・製作のコメディ映画の登場人物たちが、エリック・ロメールやジャック・ロジエのヴァカンス映画の世界に迷い込んできた(あるいは乱入してきた?)趣なのだ。

特にトリオの中でも穏やかな性格で、「負け組」を自称するシェリフは、いかにもギヨーム・ブラックの映画らしい男性像で印象深い。そのキャラクター設定には、演じるサリフ・シセ自身の個性も反映されているようで、監督いわく、ワークショップでは「まだ彼が内気でオタクだった15歳の時の残酷で滑稽な思い出を語ってくれました」とのこと。ただやはり、ブラック監督自身のメンタリティもかなり投影されているのではなかろうか。というのも、彼は偶然出会った若い母親のエレナ(アナ・ブラゴジェヴィッチ)と親しくなっていくのだが、彼女の可愛い赤ちゃんをあやしているシーンで、細田守監督のアニメーション映画『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)のグラフィックTシャツを着ているのだ。この『おおかみこども~』はブラックの大変なお気に入り作品で、仏映画誌カイエ・デュ・シネマで発表した「2010年代ベスト映画」の中に挙げているほど(ちなみに先述の『ブライズメイズ』もリストアップされている)。そしてこのニナという赤ちゃん(イリナ・ブラック・ラペルーザ)は、なんとブラック監督の実娘なのである!

一方でフェリックスのアルマに対する身勝手な行動などを通して、長編としては第一作となる『やさしい人』(2013年)でも描いた、不器用な男性性が歪んだ暴走に転じた時の危なっかしさも示唆してみせる。とはいえ、本作では決してトーン&マナーの逸脱には踏み込まず、心地よいヴァカンス気分を終始損なうことはない。成り行きまかせの旅が、意外なほど良い時間になる。鮮やかな色彩や自然光も夏の解放感を伝え、多幸感にあふれた珠玉の傑作となった。もともとテレビ放映用に企画された作品だったが、その質の高さからフランスをはじめ諸国で劇場公開の運びとなり、第70回(2020年)ベルリン国際映画祭ではパノラマ部門に出品され、国際映画批評家連盟賞特別賞を受賞している。

『みんなのヴァカンス』

監督/ギヨーム・ブラック
出演/エリック・ナンチュアング、サリフ・シセ、エドゥアール・シュルピス アスマ・メサウデンヌ、アナ・ブラゴジェヴィッチ、イリナ・ブラック・ラペルーザ
ユーロスペースほか全国順次公開中
minna-vacances.com

© 2020 – Geko Films – ARTE France

Text:Naoto Mori Edit:Sayaka Ito

Profile

森 直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。1971年、和歌山県生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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