Numero TOKYOおすすめの2022年2月の本
あまたある新刊本の中からヌメロ・トウキョウがとっておきをご紹介。今月は、韓国SF界の新星による名作、奇才3人による架空の旅のリレー書簡、そして会話が印象的な最果タヒの新刊。
『千個の青』
著者/チョン・ソンラン
訳/カン・バンファ
価格/¥2,200(税込)
発行/早川書房
韓国の新世代SF作家が描く、心を揺さぶる物語
チョン・ソヨンの『となりのヨンヒさん』やキム・チョヨプの『わたしたちが光の速さで進めないなら』をはじめ、すぐれた作品の邦訳がここ数年つづいている韓国SF。その流れをさらに加速させそうなのが、2019年にデビューし、同年に本作で第4回韓国科学文学賞長編小説部門大賞を受賞したチョン・ソンランだ。彼女がまえがきで「わたしが世界に期待するものを詰めこんだ小説です」と語るように、本作はやさしいまなざしと希望に満ちた物語となっている。
警備や清掃など、人間に代わって働くさまざまなタイプのヒューマノイドが街になじんでいる2035年の韓国。ロボット研究者の夢に挫折した15歳のヨンジェは、コンビニのバイトをサービス業務用ヒューマノイドに奪われてしまう。そんな中、小児麻痺で車椅子に乗る姉のウネの散歩先である競馬場で、下半身が砕けた廃棄寸前の騎手ヒューマノイド・C-27と出会う。本来であれば備わっていないはずの自我を持ったC-27に興味を持ったヨンジェは違法ながらもC-27を買い取り、コリーと名付ける。コリーの相棒であった競走馬のトゥデイが、故障のため安楽死させられることを知ったヨンジェとウネは、一頭と一体を救うために動き出すが——。
物語は章ごとに視点が登場人物のものに切り替わる構成となっているのだが、そこにはヨンジェとウネの母であり、ロボットの存在によって人生を左右されてきたボギョンの視点も含まれている。この構成が本作を、AIヒューマノイドと人間とのつながりを描いた物語としてだけでなく、悲しみで止まっていた時間が再び動き出す家族の物語や、人間とロボットの共生について考える物語としても読める奥深いものとしている。成果や効率ばかりが重視されがちな現代社会において、著者による「作家ノート」に記された一文の「わたしたちはみんな、ゆっくり走る練習が必要だ。」が心に響く、何度も読み返したくなる感動作品。
『旅書簡集 ゆきあってしあさって』
著者/高山羽根子、酉島伝法、倉田タカシ
価格/¥1,760(税込)
発行/東京創元社
旅の記憶を送り合う、幻想旅情リレー書簡集
高山羽根子、酉島伝法、倉田タカシの3名の作家が架空の土地へと旅行し、手紙やスケッチなどで旅の記憶を送り合うリレー書簡集となる本書。収録されている27の書簡のうち、21通は2012年から2014年にかけてウェブ媒体で連載したものが元となっているのだが、当時から3名の作風や想像力がいかに奇警であったかを実感させられる。
「三人がうろうろしていれば、絶対に世界のどこか一点で落ち合うことができるはずなんです」と計画を立て、それぞれの旅先でお互いの書簡を受け取りながら、さまざまな土地を巡っていく3名。はじめのうちはエキゾチシズムに満ちていた楽しげな旅の便りだが、徐々に様相が変わっていき、巡る土地も“異国”というよりも“異界”めいてくる。しかし書簡における描写と、美術に心得のある3名によるスケッチや造形作品がリアルなあまり、“そういう土地もあるのかもしれない”とすら思いはじめてしまう。
また、人間が旅に出る理由について考察するくだりでは、コロナ禍で気軽に旅行をできないことが生み出すストレスがなぜこれほどまで大きいのかも実感させられる。なお、奇才3名の才能が凝縮した作品だからか、就寝前に読むとなかなかの確率で見知らぬ土地をさまよう夢を見るという副作用も本書にはある。夢でも良いから旅行がしたいと思われている方、旅情を渇望されている方は、ぜひ一読してみてほしい。
『パパララレレルル』
著者/最果タヒ
価格/¥1,760(税込)
発行/河出書房新社
通じ合えないからこそ重ねられる会話と言葉
2月27日(日)まで、宮城・仙台パルコにて言葉を体感するインスタレーション『最果タヒ展 われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。』の巡回展が開催している最果タヒ。詩集ではなく短編集となる本書には、これまで文芸誌やネット上で発表された21編と、親指姫やマッチ売りの少女などをモチーフにした書き下ろしの5編、計26編の作品が収録されている。
バリエーションに富んだ26編を通して、印象に残るのが作中の登場人物たちが交わす会話だ。互いの意見が必ずしも合致せず、どこかちぐはぐな会話が交わされていくのだが、それでも物語はしっかりと展開していく——“パラレル”が重複している『パパララレレルル』という書名のように、たとえ会話が平行線をたどったままでも。しかし、どの物語も完全に通じ合えないことを、単に悲しいものとしては描かない。むしろ、完全に通じ合えているかのように振る舞うことを「みんなが嘘をついている、それで一体感を作っている、だからさみしい、ずっとさみしい」(「猫はちゃんと透き通る」より)と描く。
完全に通じ合えないからこそ、ちぐはぐな会話を重ねながら互いに歩み寄ろうとする登場人物たち。インスタントな共感ばかりが求められたり、他者からの“わからない”の一言で自分の意見がなかったことにされてしまいがちな現代だからこそ、登場人物たちが言葉と時間をかけて相手を“わかろう”とする軌跡を描く物語は、人間としての慈愛に満ちたもののように思えてくる。“言葉”と“感情”に真摯に向き合いつづける最果タヒだからこそ描けた、唯一無二の一冊。
ヌメロ・トウキョウおすすめのブックリスト
Text & Photo:Miki Hayashi Edit:Sayaka Ito