【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.17 ジョコビッチがワクチン接種を拒否する理由
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
vol.17 ジョコビッチのワクチン接種拒否から考える、アスリートの体調管理
男子テニスの世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ選手が新型コロナウイルスのワクチンを接種していないことを理由にオースラリア入国を認められず、全豪オープンへの出場が適わなかったニュースは記憶に新しいですが、改めてトーナメントに出場できないリスクをとってもワクチン接種の意向がないことを英BBCのインタビューで表明しました。
四大大会欠場、喜んで ジョコビッチ、ワクチン必要なら
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022021600930
僕は2回のワクチンの接種はそうそうに終えていますが(3回目はまだこれからです)、接種するしないというのは原則個人の自由であるべきだと思っているのと、同時に社会をうまくコントロールしていくにあたって接種済みの人と未接種の人の間に国策レベルで多少の扱いの差が出てしまうこともまた致し方ない部分があるとは考えています。
ジョコビッチも「ワクチン接種に反対したことは一度もなかった。世界中のあらゆる人が大変な努力をしてこのウイルスの対策に取り組んでいることは理解している」とは述べており、おそらくマクロ的に反ワクチン主義というわけではなく、ワクチン接種が世界においてコロナの解決方法のひとつとして機能することに対しては一定の理解を示しています。それでは、トーナメントへ出場できなくなったり世界ランキング1位陥落のリスクを背負ってまで接種しない理由はいったいどこにあるのでしょうか。
ジョコビッチは同インタビューで「タイトルや他の何かよりも、自分の体に関する意思決定の原則の方が重要。できる限り自分の体と調和するようにしている」とも述べています。ジョコビッチは2011年頃からグルテンフリーの食事を導入し、日本でもベストセラーになりましたが2015年に『ジョコビッチの生まれ変わる食事』という本が出版されました。本にはその経緯と内容が詳しく書かれているのですが、グルテンアレルギーだったジョコビッチの成績は食事改善によって大きく伸びて、そこから今日まで世界の誰もが認めざるを得ない圧巻の戦績を誇っています。
そういうプロセスもあり、そもそも体内に吸収するものへの配慮のレベルが一般の人とは段違いで、自分の体に影響を与える可能性のあるものを入れたくないという思いがこれもまたプロスポーツ選手としても非常に強いのだと思われます。意図しないドーピングを防ぐ観点からも、普段から直前まで封のされた飲み物しか口にしない、温度も常温の液体しか飲まない等、体内に入るものには徹底的にこだわるのがジョコビッチのスタイルで、新型コロナ以外のあらゆる予防接種についても接種しない主義であることを彼は明言しています。
現在開催中の北京オリンピックのフィギュアスケートにROCから出場しているロシアのカミラ・ワリエワ選手のドーピング疑惑もまた話題になっていますが、世界トップレベルのアスリートともなると、意図的でもなくてもそういった状況に陥るリスクが常にあり、自己管理の一環として体内に入る成分に対しては尋常ではないレベルで配慮を持っている方がむしろ自然とも言える世界だという部分もあるのでしょう。
とはいえ、新型コロナに関してはワクチンを接種しているアスリートが多数派で、世界を転戦するジャンルのスポーツになるとなおのこと接種証明がないと圧倒的に制約が増えてしまうという今の状況で、このスタンスを貫くのはよっぽどのことです。
己のコンディションを因数分解できない状態自体が、(仮によい結果が出ていたとしても)それだけで(結果を問わず)大きなストレスになるというのは、我々のようなスタートアップをやっている立場で少し理解できる部分はあります。
何をパラメーターにそこを動かすとどの数値がどう変わって、という構造を解像度高く理解していることがテクノロジー業界で戦っていくには最低限必要なことですが、スポーツ選手の自己管理にも似たような部分があるのでしょう。影響が未知数の要因で方程式が崩されることを避けたい気持ちは、それはそれで分かります。
ただそれでもこんな時期に地元セルビアで、ノーマスクでパーティを愉しんでいる様子をパパラッチされ、それはそれで批難されているジョコビッチを見ると、この超人もやはり人間なのだなと感じてほっとしてしまうところもあったりもします。新型コロナのワクチンに対する個々の選択とバランス、いやはや難しいトピックですね。
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue