スネイル・メイル インタビュー「自分の意志を確認することが自分を愛すること」
18歳の時に発表したデビューアルバム『Lush』で一躍USインディーの新星として注目を集め、ビリー・アイリッシュ等とともに米ビルボード誌の「21歳以下の21人」にも選出されたスネイル・メイル。『Lush』から約3年半。セカンドアルバム『Valentine』は、シンセを導入し、より情感豊かで多彩なサウンドに進化。飛躍の作品となった。リード曲「Valentine」では、かなわぬ恋における痛みが歌われている。スネイル・メイルことリンジー・ジョーダンは同性愛者であることをカミングアウトしているフェミニストであるが、「Valentine」からは自身のセクシュアリティをオープンにすることがまだまだ“秘めごと”のようなものであるという状況が窺い知れる。新アルバムに込めた想いから内面との向き合い方まで様々なことをオンラインで取材した。
レイモンド・カーヴァーからオアシスまで。リンジーを形作るさまざまな本や音楽
──アルバム『Valentine』は、いつ頃からどのように作り始めたのでしょうか?
「曲を書き始めたのは2019年だったんだけど、自分の中でアルバムのアイディアがまとまってきたのは20年の3月だったと思う。今回はセカンドということで、ファーストと比べられるプレッシャーもあり、アルバムの全体像があったというよりは、1曲1曲自分が満足いくものを作っていってまとめた感じかな」
──アルバムを作る前、アリゾナ州の更生施設に約一か月半滞在し、そこでアルバムのアイディアを書き溜めたそうですが、その時期に多くの本を読んだそうですね。
「そう、あの時期はたくさんの本を読んだ。ジョージ・ソーンダーズの『十二月の十日』やレイモンド・カーヴァーの『愛について語るときに我々の語ること』、ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』、ジョーン・ディディオンの『悲しみにある者』、パティ・スミスの『Year of the Monkey』、オーシャン・ヴオンの『地上で僕らはつかの間きらめく』やハニヤ・ヤナギハラの『A Little Life』とか。あと音楽では、同じ時期にスフィアン・スティーヴンスの『キャリー・アンド・ローウェル』をよく聴いてた」
──では、アルバムの制作中によく聴いていた音楽は?
「なぜだかわからないけど、ずっとオアシスを聴いてた。オアシスって世界の中で最高にかっこいいバンドのひとつだよね(笑)? 飽きることがなくて大好き」
スケールアップしたサウンド
──ファーストと比べ、シンセを多く使っていることが強く印象に残りました。
「今回のアルバムで初めてシンセを使ってデモを作っていったんだけど、シンセを使ううちに、自分が好きな質感の音が作れるようになってきた手応えがあった。それがオーケストラのサウンドに変化することもあって。でも、シンセをどう使って広げようかという意識があったというより、もうちょっとエレガントなサウンドにしたいという漠然とした気持ちが自然と形になっていった感じ。そのなかで、スマホなどギター以外のツールを使って『あ、私ってこういうこともできるんだ』という気づきがあったり、サウンドプロダクションにもこだわることができて。そうやって新しいことに挑戦することで、自然と次の方向に進んでいったんだ。可能性がどんどん広がっていったすごく刺激的なプロセスだった」
──聴いている側としても、進化したサウンドが楽しめるアルバムでとても興奮しました。
「そう言ってもらえてすごく嬉しい。やっぱり違うことに挑戦すると、『聴いた人はどう思うんだろう』という不安があるからね(笑)」
悲しみは音楽にすることで昇華できる
──タイトル曲の「Valentine」ではかなわぬ恋における痛みがすごくパワフルなサウンドで描かれています。
「この曲は、最初は優しく愛のある気持ちを膨らませていったんだけど、だんだん落胆や悲しさ、怒りに加わっていくことでサウンドがエモーショナルになっていって、思い描いていたものとは全然違う仕上がりになったんだ」
──痛みや苦しみを楽曲に昇華することで、ご自身が抱える感情はどう変化していくのでしょう?
「例えば悲しみという感情は音楽として描くことによって、そこから少し離れることができたり、うまく昇華できたりする。でも、怒りは描いたとしてもあまり自分の中での変化がないことが多い。例えばアルバムに入っている『Ben Franklin』や『Light Blue』は怒りが入ることによってサウンドがエモーショナルになって良かったんだけど、自分のなかでは何かが変わるわけではなくって、あまり表現したい感情ではない。やっぱり怒りっていうのは、何かの出来事に対し過剰に反応することで生まれる感情で、一時的なもの。一方、悲しみは自分の中で長く響いて残るものなんだと思う」
──ラストに収録された「Mia」はとても穏やかなサウンドで、別離における痛みを感じながらも前進しようとする決意を感じさせる曲です。この曲がラストにあることで、新たな旅立ちに向かうような深い余韻を感じました。
「『Mia』はアルバムの中でも序盤に書いた曲なんだけど、この曲を書いたときの私は別れにおける痛みをすごく抱えていて。それで、自分に起こったこと、自分が抱えている気持ちを全部受け入れる感覚で曲を書いたんだ。この曲をラストにしたのは、すべてを受け入れてアルバムを終わらせたいという気持ちもあったし、音的にもハマってると思ったから。悟りのようなものが込められているから、最後に相応しいと思えたんだよね」
──アルバムのアートワークについてお伺いしたいんですが、前作『Lush』のどこか儚げなポートレートと違い、『Valentine』は強く自立した人物像という印象を受けたんですが、何かイメージしたことはあったんですか?
「やっぱり『Lush』の続きのような感じがするよね(笑)。『Valentine』のジャケットに使われている写真は自分でもすごく自信に満ちた写真だと思うんだけど、『少し強すぎるんじゃないか』っていう意見もあった。でも今回のアルバムは、自分が恋愛において辛い別れを経験したところから発生した、自分の声、力、価値観が『Lush』に比べて強く表現されていると思ったから、この写真がアルバムの楽曲とつながると思って選んだんだ」
辛い別れの経験から生まれたより力強い表現
──『Valentine』というアルバムによって、どんな学びがありましたか?
「『Lush』はあらかじめいくつもの曲があった上で、どうアルバムを組み立てていこうかという感じだった。でも今回は、どうやってアルバムを特別な作品にしていくかという曲作りのプロセスがあったことが大きな違い。しっかり時間をかけて曲作りができたので、いろんなことを試したり、勉強することができた。私はまずはひとりで直感を膨らませて曲を作るタイプだから、曲作りの途中で一旦時間を置いて、また着手して、何かを修正したり、といったことがじっくりとできたのはすごく良い経験になったな。新しいやり方も見つけられたし、学んだことがたくさんあった」
自分自身を愛する方法
──「Valentine」で歌われている“かなわぬ恋”についてお伺いさせてください。同性愛に対する理解が徐々に広がっている状況はありますが、未だに秘めごとであるという意識は強くありますか?
「私が住んでいるニューヨークでさえ、未だに同性愛に反対派の人はすごく多い。だから、自分のセクシュアリティをカミングアウトすることにはリスクがある。『注目を集めるためでしょ』と言われたりもして、恐怖も感じる。ただ、以前よりは自分がオープンになれるコミュニティができていることは間違いない。だから、時間がこの状況を徐々に変えていってくれるんじゃないかと思ってる」
──以前のインタビューで「メンタルをコントロールするために自分の内面を愛する必要があった」とおっしゃっていました。どのようにしてそれを成しえたのでしょうか?
「私は長い間、自分のことを愛するということについて取り組んできていて。そのなかで、自分自身がどう行動したいかということを強く意識するようになった。うわべだけのものから自分を遠ざけることにしたの。例えば昔は常に誰かとつながっていなきゃいけないと思って、無理をして出かけて人の輪の中に入ったりしていたんだけど、『自分は本当にその場所に行きたいの?』と考えるようになった。そうやって自分自身で自分の意志を確認することが、自分を愛することにつながるんじゃないかと思ってる」
Snail Mail『Valentine』発売中
Matador Records
CD 国内盤¥2,420
URL/www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12100
Interview & Text:Kaori Komatsu Translation:Miho Haraguchi Edit:Mariko Kimbara