Fashion / Feature
シャネルというメゾンが100年以上もの間、女性たちが憧れる存在である理由。それはガブリエルが自由を求め続けたからにほかならない。不遇な幼少期から30歳で帽子店を開き、32歳でクチュール メゾンを開くまでに。1916年に彼女が生み出したジャージー素材の服は、コルセットに象徴される19世紀の抑圧的なファッションから女性の体を自由にした。第二次世界大戦とともに一度は閉じたブティックを戦後復活。20年代にメンズウェアから取り入れたツイードで、1956年、73歳にして「私は女性のことを心から考え、女性が快適に着られて、それでいて女性らしさを際立たせるスーツを作りたい」とシャネルのスーツを生み出し、女性を解放した。
戦後の復興を示すような50年代のクラシカルなスタイルから、60年代に入ると個性と刺激を求めるムーブメントが起き、イギリスでは「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれるユースカルチャーが活発に。震源地、チェルシー地区から自然発生し、マリークァントが広げたといわれるミニスカート。当時のイットガール、ツイッギーが着こなし、世界で一大ブームを起こす。そこには膝下丈がエレガンスという規範への女性たちの反逆心があった。
若き天才と呼ばれ、数々のモード革命を起こしたムッシュ イヴ・サンローラン。1966年には男性の正装であるスモーキング=タキシードを初めて女性用にデザイン。男性の特権階級、特別な場での格式を示すコードであり、それを平等とは言い難い時代に女性に向けてつくったことは、男性の服を女性が纏うことで匂い立つセクシャリティと同時に、社 会性のあるメッセージとなった。サンローランを象徴するアイテムとして、アンソニー・ヴァカレロもオマージュを捧げるルックを発表している。
1975年創業以来、ジョルジオ・アルマーニを象徴するアイテムといえばジャケット。英国紳士の鎧のようなジャケットを解剖し、フォルムを形づくる芯地などを極力取り除くことで非構築な「アンコンジャケット」を完成。ソフトにボディに纏わせることで男性の肉体美を際立たせ、機能的に仕上げた。そのセオリーを女性の服にも投影。80年代、自立へと向かう女性たちに自信を与え、服ではなく個人が際立つスタイルを築いた。
川久保玲によるコム デ ギャルソンは1969年にスタートし、1981年春夏、パリコレクションに参加。ボディラインを強調し、華やかさを基本とする当時の欧米ファッションに対し、黒で表現された東洋発の造形的かつストイックなスタイルは「黒の衝撃」と呼ばれ、大きなインパクトを与えた。ブランド名のとおり、ジェンダーを超えたコンセプチュアルなクリエーションは、その後もアントワープ派など多くのデザイナーに影響を与え、アバンギャルドなモードの先鋒として進み続けている。
80年代は好景気に沸き、後半にはバブル期が到来。女性の社会進出が当たり前となると同時に、誰もが小金を持ち、煌びやかなファッションに投資。男性と対等になるなか、伸び伸びと女であることを享受した。ボディコンシャスなファッションはその代名詞。強くストレッチを効かせたアライアのニットは女性のカーヴィーな体を美しく、動きやすく表現しトレンドに。またジャンポール・ゴルチェのビスチェを纏ったマドンナのフェティッシュな衣装も、本能に忠実に生きた時代の証。
リンダ・エヴァンジェリスタ、シンディ・クロフォードなど、富と名誉、美貌を持つスーパーモデルが一世を風靡した80年代後半から90年代初頭。ゴージャスさを競うモデルたちのなかで、ケイト・モスはそのブームにおいて一人異彩を放っていた。身長167cmという当時のモデルにしては小柄な体型、女を強く打ち出さないナチュラルな魅力は、現代の美意識へとつながる等身大の美しさ、個性への賛美だった。
個性の尊重と同時に、2000年代に入ると性差だけでなく体型や肌の色での差別に対し、声をあげる動きが出てくる。 そこでフォーカスされたのが平均よりもボリューム感のあるプラスサイズモデル。海外誌でカバーを飾り、2013年にはH&Mが水着のキャンペーンに起用、日本でも渡辺直美をカバーガールにぽっちゃりさん専門の雑誌が創刊。今季もエトロやマイケル・コースのランウェイに登場しているが、あえてプラスサイズと誇張することも問題視され、ボディポジティブという表現へ移行中。
モード界に彗星のごとく現れ、グッチのクリエイティブ・ディレクターとして人々の概念を変えたのがアレッサンドロ・ミケーレ。就任後6年余りの間に数々のセンセーションを起こしているが、特筆すべきはジェンダーの壁をさらりと取り払ってしまったことだろう。戸籍上の性別と心が異なる人、またそのように決められたくないノンバイナリーなど、多様な性をオープンにする流れのなかで、体と心の解離や偏見をファッションを通して問題提起している。
ディオール初の女性アーティスティック ディレクター、マリア・グラツィア・キウリは、2017年春夏でのデビューコレクションから“WE SHOULD ALL BE FEMINISTS(私たちは皆フェミニストであるべき)”と記したスローガンTシャツなどで、一貫してフェミニズムを称えている。ムッシュ ディオールが生み出したメゾンのコードでもあるジャケットを、時代に合わせリラックスしたローブ風に進化させ、女性の心と体がありのままでいられるようにデザインしている。
女性を解放したボディと服の10 Revolutions
いつの時代もファッションは女性とともにある。わずか100年余りの服飾史で起こったモードの革命から、体だけでなく精神まで女性を解放した出来事を追った。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年6月号掲載)
1. 女性の心と体を解放したシャネルの偉業
1928年、ジャージーのアンサンブルを纏ったガブリエル。「女性を動きやすくすること。洋服に着られることがなく、洋服によって立ち居振る舞いを変えさせないこと」と、意外にも機能性を重視し、そこから革命を起こした。©Douglas Kirkland Corbis HD
シャネルというメゾンが100年以上もの間、女性たちが憧れる存在である理由。それはガブリエルが自由を求め続けたからにほかならない。不遇な幼少期から30歳で帽子店を開き、32歳でクチュール メゾンを開くまでに。1916年に彼女が生み出したジャージー素材の服は、コルセットに象徴される19世紀の抑圧的なファッションから女性の体を自由にした。第二次世界大戦とともに一度は閉じたブティックを戦後復活。20年代にメンズウェアから取り入れたツイードで、1956年、73歳にして「私は女性のことを心から考え、女性が快適に着られて、それでいて女性らしさを際立たせるスーツを作りたい」とシャネルのスーツを生み出し、女性を解放した。
1962年、アイコニックなシャネルのスーツとパールで。直線的なシルエッ ト、表地とライニングを一枚の生地のように仕立て、スムーズな動きを実現。 Photo by Photofest / Aflo
ジャンヌ・モローとカンボン通りのアパルトモンにて。シャネルのスーツは、女性をエレガントかつ生き生きと見せる。 ©Botti Stills Gamma Eyedea Presse HD
現代に継承されるガブリエルの精神
現在、シャネルを継承するアーティスティックディレクターのヴィルジニー・ヴィアールのクリエイションにもまた、ガブリエルの精神は受け継がれている。メゾンと関わりの深い女優たちにオマージュを捧げた、2021年春夏プレタポルテ コレクションにも、時代を捉え、フレッシュにアレンジしたシャネルのジャケットが数々登場した。
<左>スリーブレスで <中>タンクトップとショートパンツで <右>トロンプルイユで
2. 反骨精神から生まれたミニスカートブーム
60年代中頃のツイッギー。 Photo by Shutterstock / Aflo
戦後の復興を示すような50年代のクラシカルなスタイルから、60年代に入ると個性と刺激を求めるムーブメントが起き、イギリスでは「スウィンギング・ロンドン」と呼ばれるユースカルチャーが活発に。震源地、チェルシー地区から自然発生し、マリークァントが広げたといわれるミニスカート。当時のイットガール、ツイッギーが着こなし、世界で一大ブームを起こす。そこには膝下丈がエレガンスという規範への女性たちの反逆心があった。
1967年マリークヮントのルック。 Photo by PA Images / Aflo
3. 男性の特権を女性に与えたサンローラン
1982年秋冬コレクションで発表されたスモーキングスタイル。 Photo by French Select / Getty Images
若き天才と呼ばれ、数々のモード革命を起こしたムッシュ イヴ・サンローラン。1966年には男性の正装であるスモーキング=タキシードを初めて女性用にデザイン。男性の特権階級、特別な場での格式を示すコードであり、それを平等とは言い難い時代に女性に向けてつくったことは、男性の服を女性が纏うことで匂い立つセクシャリティと同時に、社 会性のあるメッセージとなった。サンローランを象徴するアイテムとして、アンソニー・ヴァカレロもオマージュを捧げるルックを発表している。
2021年春夏コレクションでは、ハイブリッドに進化したショート丈ジャケットが登場。
4. 着る人を主役にしたジョルジオ・アルマーニ
写真家、アルド・ファライによる1985年のキャンペーンフォト。メンズライクなピンストライプのスーツを着こなす、生き生きとした表情が印象的。 Photo by Aldo Fallai
1975年創業以来、ジョルジオ・アルマーニを象徴するアイテムといえばジャケット。英国紳士の鎧のようなジャケットを解剖し、フォルムを形づくる芯地などを極力取り除くことで非構築な「アンコンジャケット」を完成。ソフトにボディに纏わせることで男性の肉体美を際立たせ、機能的に仕上げた。そのセオリーを女性の服にも投影。80年代、自立へと向かう女性たちに自信を与え、服ではなく個人が際立つスタイルを築いた。
2021年春夏より。新たな「クロスロードプロジェクト」では強く、エレガントで自立した14人の女性が人生で迎えた岐路に焦点を当てたムービーを公開中。
5. コム デ ギャルソンのボディを強調しない造形力
1983年春夏コレクションより。 Photo by Fairchild Archive / Penske Media / Aflo
川久保玲によるコム デ ギャルソンは1969年にスタートし、1981年春夏、パリコレクションに参加。ボディラインを強調し、華やかさを基本とする当時の欧米ファッションに対し、黒で表現された東洋発の造形的かつストイックなスタイルは「黒の衝撃」と呼ばれ、大きなインパクトを与えた。ブランド名のとおり、ジェンダーを超えたコンセプチュアルなクリエーションは、その後もアントワープ派など多くのデザイナーに影響を与え、アバンギャルドなモードの先鋒として進み続けている。
2019年、ウィーン国立歌劇場でのオペラ「オルランド」で舞台衣装を担当。ヴァージニア・ウルフの1928年の小説に基づき、300年にわたり生きたオルランドが男性から女性へと性転換するストーリー。その生き方に共鳴し、この年に行われた2つのコレクションを含め、オルランド三部作として発表した。
6. 女を誇示することが心地よかった野生時代
メゾン アライアの2021年春夏。同じストレッチニットでありながら女性像なフレッシュに、アライア亡き現在はデザインチームが担当。2022年春夏からはラフ・シモンズの右腕だったピューター・ミュリエが手がける。
80年代は好景気に沸き、後半にはバブル期が到来。女性の社会進出が当たり前となると同時に、誰もが小金を持ち、煌びやかなファッションに投資。男性と対等になるなか、伸び伸びと女であることを享受した。ボディコンシャスなファッションはその代名詞。強くストレッチを効かせたアライアのニットは女性のカーヴィーな体を美しく、動きやすく表現しトレンドに。またジャンポール・ゴルチェのビスチェを纏ったマドンナのフェティッシュな衣装も、本能に忠実に生きた時代の証。
メゾン アライア1989-1990年秋冬コレクション。 Photo by Fashion Anthology / Aflo
1990年、日本を皮切りに開催されたマドンナのライブ「Blond Ambition Tour」。セクシャルで過激な演出でも話題に。 THOMANN / STILLS / Gamma / Aflo
7. プロポーションでなく個性で勝負したケイト・モス
Photo by The LIFE Picture Collection / Getty Images
リンダ・エヴァンジェリスタ、シンディ・クロフォードなど、富と名誉、美貌を持つスーパーモデルが一世を風靡した80年代後半から90年代初頭。ゴージャスさを競うモデルたちのなかで、ケイト・モスはそのブームにおいて一人異彩を放っていた。身長167cmという当時のモデルにしては小柄な体型、女を強く打ち出さないナチュラルな魅力は、現代の美意識へとつながる等身大の美しさ、個性への賛美だった。
8. 自分の体のありのままを愛する、ボディポジティブ思考
2021年春夏のエトロ(左)とマイケル・コース コレクション(右)。2017年にはケリングとLVMHグループが共同で、女性モデルはフランスサイズの34以上とするなど、モデルのウェルビーイングに関する憲章を発表している。
個性の尊重と同時に、2000年代に入ると性差だけでなく体型や肌の色での差別に対し、声をあげる動きが出てくる。 そこでフォーカスされたのが平均よりもボリューム感のあるプラスサイズモデル。海外誌でカバーを飾り、2013年にはH&Mが水着のキャンペーンに起用、日本でも渡辺直美をカバーガールにぽっちゃりさん専門の雑誌が創刊。今季もエトロやマイケル・コースのランウェイに登場しているが、あえてプラスサイズと誇張することも問題視され、ボディポジティブという表現へ移行中。
9. アレッサンドロ・ミケーレのグッチがジェンダーの壁を飛び越える
映画形式で発表された2021年オーバーチュアコレクション。性別も国籍も多様な人々の日常が映し出された。
モード界に彗星のごとく現れ、グッチのクリエイティブ・ディレクターとして人々の概念を変えたのがアレッサンドロ・ミケーレ。就任後6年余りの間に数々のセンセーションを起こしているが、特筆すべきはジェンダーの壁をさらりと取り払ってしまったことだろう。戸籍上の性別と心が異なる人、またそのように決められたくないノンバイナリーなど、多様な性をオープンにする流れのなかで、体と心の解離や偏見をファッションを通して問題提起している。
2015-16年秋冬ウィメンズコレクションで、すでにメンズモデルがシルクのフリルブラウスを着用している。
10. フェミニズムを謳い、ディオールは女性に寄り添う
2021年春夏コレクションより。
ディオール初の女性アーティスティック ディレクター、マリア・グラツィア・キウリは、2017年春夏でのデビューコレクションから“WE SHOULD ALL BE FEMINISTS(私たちは皆フェミニストであるべき)”と記したスローガンTシャツなどで、一貫してフェミニズムを称えている。ムッシュ ディオールが生み出したメゾンのコードでもあるジャケットを、時代に合わせリラックスしたローブ風に進化させ、女性の心と体がありのままでいられるようにデザインしている。
今年の国際女性デーに発売された『Her Dior : Maria Grazia Chiuri's New Voice』(リッツォーリ)。女性写真家33人の作品が収められ、女性アーティストのパワーを称える一冊だ。
Edit & Text : Hiroko Koizumi