未知なる音響体験へと誘う、ブレイク・ミルズのニューアルバム
最新リリースの中から、ヌメロ・トウキョウおすすめの音楽をピックアップ。今回は、ブレイク・ミルズの新譜『Mutable Set』をレビュー。
精細な楽器の響きの中に広がる、広大な音楽世界
このところ部屋にこもっている日が続いているけれど、どこか広いところで音楽を体感しているような心地になれたらいいな、と思いながら手を伸ばしたのが、このブレイク・ミルズの新作。LAを拠点とする人気プロデューサー兼シンガーソングライターの、4枚目となるソロアルバムだ。プロデューサーとしては、アラバマ・シェイクスの『Sound &Color』(2015年)を手がけ、グラミー賞年間プロデューサー賞にノミネートされたことでも知られる彼だが、その凄さの特徴といえば何と言っても、楽器の響きをダイナミックに生々しく録り、それ自体を楽曲の聴きどころとして構成してしまうところ。今作『Mutable Set』も、その流れを汲む作品だ。
今作に収められている楽曲はどれも、ギターをはじめとしたアコースティックな楽器を中心に奏でられており、パッと聴く限りでは、ささやかな室内楽的な作品にも感じられる。だが、よく耳を凝らしてみると、楽器の響き方の特殊さに驚かされることだろう。全編を通じて、まるで耳の中で鳴っているかようなアコースティックギターの精細な響き、そして、生々しいヴォーカルの鮮明さに圧倒される。素朴な弾き語りで始まる2曲目「May Later」では、曲の途中で美しいコーラスが包み込まれると、すぐさま壮大な広がりを持ったサウンドに早変わり。ベッドルームにいたはずなのに、気づいたらいきなりコンサートホールに立っていた…というような不思議な体験を味わわされる。また、筆者が最も「ミルズらしい」と感じたのは7曲目「My Dear One」。なんて事はない楽曲のようでいて、バスドラムの音だけがびっくりするほど解像度が高く、分厚い。たとえるならば、鼓動する心臓の中にいるような強烈な感覚、とでも言うべきだろうか。
アンビエントなギターが漂う作品ではあるが、今作は一般的な「環境音楽」とはちょっと違う。楽器の響きがあまりに精細に加工されているがゆえに、聴き手がそのサウンドに入り込んでしまったかのような奇妙な心地が体験できる、という作品なのだ。部屋の中で奏でられている音楽を聴いているのに、気づけば未知の広々とした空間にいるような感覚になる今作。今度はぜひ、ステイ・ホーム中に、反響の良いバスルームなんかでも聴いてみたい。きっとまた違う音響体験をもたらしてくれそうだ。
Blake Mills
『Mutable Set』
(New Deal Records/Verve)
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Text:Nami Igusa Edit:Chiho Inoue