「ドレス・コード?」を問うファッション展 キュレーターインタビュー | Numero TOKYO
Art / Feature

「ドレス・コード?」を問うファッション展 キュレーターインタビュー

着て振る舞う。見られて演じる。常識を破壊して創造する――。時代や社会、文化ごとの規範(コード)をめぐる“装いの実践(ゲーム)”とは? 過去→未来視点の展覧会、その楽しみ方を京都服飾文化研究財団(KCI)キュレーター石関亮に聞いた。(「ヌメロ・トウキョウ」7・8月合併号掲載)

過去のファッションを知り、未来の方向性を探る

──この展覧会の背景となる、KCIの活動について教えてください。

「KCIは洋装があらゆる世代に広まり、ファッション雑誌が登場するなど『ファッション』という言葉が一般化した状況を受けて、1978年に設立された財団です。創設者であり、株式会社ワコールの創業者である塚本幸一は、ファッションがいかなる歴史的な変遷を経てきたのかを知ることで、未来の方向性も見えてくるはずだと考えました。そのヴィジョンのもとに服を収集・所蔵して研究し、論文発表や展覧会の開催、本の出版などを行っています」

──歴史的なものだけでなく、新しい服の収集も続けていますね。

「歴史的なものについては『こういうものを集めていけば、歴史をたどることができる』というセオリーがあるのですが、“今ここ”のファッションの収集には試行錯誤が付き物です。時代とともにファッションが細分化し、デザイナーブランドだけでなくストリートへの目配りも重要になってきました。ランウェイで発表されるものはその一部にすぎませんが、時代の空気の先を読み、それを先鋭的な形で表現するデザイナーの作品に注目することには、大きな意味があるはずだと考えています」

──今回の展覧会を開催するきっかけについて教えてください。

「これまでKCIが企画した展覧会は主に歴史的な衣装の紹介や、デザイナーの創造性をテーマとしたものでした。しかしその視点には、ファッションを実際に楽しんでいる人たちの存在が抜け落ちていたのではないか。その考えのもとに今回は、主役である『着る人たち』にフォーカスを当ててみることにしました。世の中の人々は決して『誰かから与えられたもの』を着ているのではなく、自分たちなりにいろいろと創意工夫をしています。文化、地域、性別ごとに異なるルールが存在していますが、それらを守ったり外したり、新しいルールを作ったりしながら楽しんでいるのです。さらにそれをデザイナーがコレクションに取り入れるという循環もある。こうした『ルール』の意味合いを表現するために『ドレス・コード』と『着る人たちのゲーム』をタイトルに掲げてみたわけです」

──日本の「洋服」という言葉は「和服」と対になるものですが、こうした日本人ならではの視点も提示されるのでしょうか。

「必然的に日本的な視点が出てくるかもしれませんが、国籍、年齢、性別などに関係なく、さまざまな方々に楽しんでいただけると思います。洋服好きな方に向けたこれまでのファッション展と比べ、今回はそうしたターゲットを設けていません。誰もが面白いと思うような仕掛けをちりばめることで、『ファッションなんて自分には関係ない』という人であっても、たとえ展示のすべてを理解できなくても、何かしらの共感や気づきを得られるはずだと思います」

ドレス・コードをめぐる「着る人たち」の壮大なゲーム

──どのようにして展示の構成を考えていったのでしょう。

「現在の私たちの装いに始まり、そこからルーツを掘り下げていきました。例えばトレンチコートの『トレンチ』には戦場に掘られた『塹壕』(ざんごう)の意味があるように、第一次世界大戦中の軍服が発祥です。でも私たちはそういうことを知らずとも、その装いを楽しんでいる。歴史の中でイメージがどんどん変わっていき、もともとのルールがなくなることで、選択肢やデザインの幅が広がってきた様子を感じてもらいたいと考えました」

──展覧会は13本のキーワードで構成されていますが、どのような経緯で選定されたのでしょうか。

「KCIの約1万3000点もの収蔵品を使い、今という時代を表現するにはどうしたらいいかと考えました。服だけを見せるのでは、肝心の『着る人たち』のイメージを表し切れない。そこで絵画や写真などのアート作品や、それらを用いたインスタレーション、マンガや演劇といったさまざまな角度から“着る”という行為を浮き彫りにしようと試みました」

──KCIとして挑戦的だった点があれば教えてください。

「今までの展示でも衣装だけでなく、日本と西洋の文化の動向を表現したり、身体という問題にフォーカスを当てたりするなど、その時代ごとにファッション以外の分野で話題になっているものを取り入れてきました。今回もその流れに即してはいるものの、若手のスタッフを含むグループで企画を進めながら、慣例にとらわれない自由な意見を反映することで、より現代的な感覚を表現できたかもしれません。例えば、KCIの収蔵品は作品保護のため、温度20度、湿度50パーセント、低い照度のところで展示するなど、たくさんの制約があります。最も大きな問題として、服は本来、人が着るためのものであるはずなのに、傷みを防ぐために人が着用できず、マネキンを使用しなければならないことがある。『着る人』に焦点を当てているのに、マネキンばかりの展示では共感しにくいものになってしまう。そこで18世紀フランス革命の死刑執行人を描いたマンガ『イノサン』の登場人物を起用し、KCI所蔵の服を着ている姿を描いてもらうなど、アイデアを膨らませていきました」

──キーワードの謎めいたルールと、展示された服の具体的な関係も説明されるのでしょうか。

「それは必ずしも明示していません。一つ一つきちんと説明するというよりは、何かを感じ、考えてもらう趣向によって、自分のこととして捉えてもらいたいと思いました。「こういうルールがある」ということを感覚的なキーワードで打ち出し、それにまつわるファッションや文化の動向を紹介していく流れです」

──今回の展示を通して発信したいメッセージについて教えてください。

「あらゆる人がファッションという大きな流れの中に身を置いて生きているということを、ぜひ実感してほしいですね。『ファッションのことはよく知らない、興味がない』と言っている人たちも、服を自ら選び、それを着ているという時点で当事者であることには変わりありません。いろいろなルールやドレス・コードがあるなかで、時と場合に応じてそれらを使いこなし、非常に高度な“コンテクストのゲーム”をプレイしてきた私たちの姿をぜひ、肯定的に捉えていただけたならと思います」

「ドレス・コード?――着る人たちのゲーム」

会期/2019年8月9日(金)〜10月14日(月・祝)
住所/京都国立近代美術館 京都市左京区岡崎円勝寺町 岡崎公園内
TEL/075-761-4111
URL/www.kci.or.jp/dc
18世紀の宮廷服から現代のモードまでKCIの収蔵品、マンガや映画、ウォーホルや森村泰昌らのアート作品も交えて“装いの実践(ゲーム)”を見つめ直す展覧会。
(主催:京都国立近代美術館、公益財団法人京都服飾文化研究財団)

 

Text : Itoi Kuriyama Edit : Keita Fukasawa

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