松尾貴史が選ぶ今月の映画 『天国でまた会おう』
1918年、戦場でアルベール(アルベール・デュポンテル)を救ったエドゥアール(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)は顔に重傷を負う。仕事も恋人も失ったアルベールと、生還を家族に隠すエドゥアール、そして声を失ったエドゥアールの思いを“通訳”する少女は人生を巻き返すために大胆な詐欺を企てる。そこに隠された本当の目的とは。映画 『天国でまた会おう』の見どころを松尾貴史が語る。(「ヌメロ・トウキョウ」2019年4月号掲載)
フランス発、大人のお伽話
この『天国でまた会おう』という表題に、何か潔い爽やかなものを思い浮かべた私は、盆暗でした。誤解を恐れずに言うならば、とてつもない変態的映画です。ここで言う変態は、蔑んでいるわけでも嘲笑っているわけでもなく、哀しく悲しいそれであって、実は、私にもあなたにも内在するそれなのです。
そして、美しい。同名の小説(ピエール・ルメートル著、ハヤカワ・ミステリ文庫刊)の映画化ですが、原作者が共同脚本でお墨付きを与えている完成度の洗練された言葉と音楽と美術と演技。そこに、不思議な面白さもあるのです。なぜか、匂いすら感じてしまう世界観で、覗き窓から見ているような気分だったのが、いつの間にか同じ空間に入り込んでしまっているような錯覚に陥る、恐ろしい作品です。
時代は1918年、第一次世界大戦の終盤、休戦状態の中で戦闘好きが企てた悪事に巻き込まれてしまった主人公のアルベールは、生き埋めにされそうになったところをエドゥアールによって命拾いをするも、エドゥアールはそのせいで顔を半分失うほどの重症を負ってしまいます。戦地から命からがら帰還した二人を待っていたのは、社会の冷酷な環境でした。
アルベールは、芸術家を志していたエドゥアールを元気付けようと試みますが、痛み止めのモルヒネに耽溺して退廃へ向かいます。それが、息を吹き返すように執念に燃えるところから事態が急展開することになります。
生きる希望をなくした者が、何に執念を燃やして「生きよう」と思い始めるのか。諦めていたことに、何が背中を押してくれるのか。ポジティヴであれネガティヴであれ、生きるという選択肢は必ず正解であってほしい。
フランスらしいというと語弊があるかもしれませんが、なかなかにエスプリともブラックユーモアのアイロニーとも取れる言葉遊びのような風刺の鋭さについては好き嫌いの分かれるところかもしれません。そこは100年前のかの国に時間旅行を洒落込んだと思し召して、雰囲気に浸って観るのも一興です。
そして、戦争という、すべてを狂わせる絶対的な悪に対しても、痛烈なメッセージを発しています。昨今、近い国との間でいざこざが起きていますが、「なるほど」と、妙に腑に落ちる場面もあって、繊細で美しい画面からも辛辣な国家や権力者に対する懐疑的な目を向け続けていて、骨太な要素を多く孕んでいます。
まったく先の読めない、意外の連続が終盤まで私たちを翻弄します。そして、この大人のお伽話から「なぜ生きるのか」「生き甲斐とは何か」という命題が、私たちにも重くのしかかってきます。
『天国でまた会おう』
監督/アルベール・デュポンテル
出演/ナウエル・ペレーズ・ビス カヤート、アルベール・デュポンテル、ロラン・ラフィット
2019年3月1日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
URL/tengoku-movie.com/
© 2017 STADENN PROD. – MANCHESTER FILMS – GAUMONT – France 2 CINEMA ©Jérôme Prébois / ADCB Films
Text: Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito