音楽で異次元へ「見せる」アーティスト、セイント・ヴィンセント
アヴァンギャルドかつポップなサウンド、端正なルックスの意表を突くワイルドなギタープレイ、スタイリッシュなビジュアルイメージで、インディの女王からグラミーアーティストに飛躍したセイント・ヴィンセント(St.Vincent)こと、アニー・クラーク(Annie Clark)。今夏サマーソニックに出演した彼女にインタビュー。
2014年にグラミー賞「最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバム」を受賞した『セイント・ヴィンセント(St.Vincent)』をはじめとするアルバム発表のみならず、2012年にはデヴィッド ・バーンとのコラボアルバム『ラヴ・ディス・ジャイアント(Love This Giant)』を制作し、近年は短編ホラー映画で監督としてデビューを飾るなど、活動の幅を広げている。2017年には、新作『マスセダクション(Masseduction)』のリリース直前に、同年夏、Hostess Club All Nighterにヘッドライナー出演し話題を呼んだが、早くも今年2018年夏のサマーソニックにて再来日。ミステリアスでクレバーなイメージ通り、言葉を選びながら慎重に話を聞かせてくれた。
──最近は映画監督としての才能にも注目が集まっていますが、デビューまでは一筋に音楽の道を目指してきたのでしょうか?
「音楽に夢中になったのはかなり早かったと思う。ミュージシャンを目指すようになったきっかけは、ギターを手に取ったこと。大好きだった音楽の一部になれる気がして」
──ギターがセイント・ヴィンセントを生み出したのですね。
「ギターを弾いていると、自分のいろいろな面を掘り下げられるというか。そのことに気づいた時の衝撃は大きかったわ。そして、当時憧れていたギターヒーローみたいに私もなりたいと思ったの」
──2017年にリリースされた5作目、『マスセダクション』について。制作、レコーディング、現在も進行中のツアー、というサイクルを振りかえってみて、現時点ではどんなアルバムだったと考えていますか?
「リリース前後を通して、自分にさまざまな変化をもたらしたアルバムだったと思う。ツアーについても、このアルバムの曲を最初に披露したのは去年のHostess Club All Nighter(アルバムリリースの2ヶ月ほど前)で、当時は一人でステージに立っていたんだけれど、今ではバンド編成でプレイしているし。ショーでオーディエンスと音楽をシェアすることで、曲たちが彼らにとって大事なものになってくれていることを肌で感じられたし、私自身も書いた時の気持ちを再び思い出すことができて、とてもやりがいを感じるの」
──以前目にした、一度リリースした曲はオーディエンスのもの、といった趣旨の発言を覚えているのですが、すでにアルバム5枚分の曲を発表している中で、ご自身の印象が変わる曲もあるのでしょうか?
「もちろん。特に一人でステージに立っていた時は、過去の曲をその時の自分の感覚で新しい曲にも合うようアレンジしていたから。セットリストを時系列に並べたりもしていたわ。そこに特に大きな意味はないんだけれど(笑)」
──一度聞いたら耳を離れないメロディはもちろんのこと、ユニークな言葉の世界もセイント・ヴィンセントの魅力だと思います。メロディに合った言葉を乗せていくこともあるかと思いますが、「このテーマについて歌いたい」からスタートすることもありますか?
「ええ、曲によってまちまちね。収録曲の『Happy Birthday, Johnny』はもちろんリリックが先にできたパターン。逆に、頭に浮かんだメロディをどうにか曲にしたくて、言葉をひねり出すこともあるわ。いずれにしても創作にはかなり、産みの苦しさを感じるタイプなの。これも曲によって、ある時は20分で作れたとしても、中には20年かけて形にしたものもあるし!」
──『マスセダクション』では、アルバムカバーや「Los Ageless」のMVなど、ネオンカラーやフェティッシュなスタイリングに彩られたビジュアルも大いに気になります。ファッションのトレンドともぴったりですし。
「ファッションだけでなく、私は何にでも興味を持つほうなのよ。私の表現の中での衣服はすべて、“衣裳”ではあるけれど。いつもまず核にあるのは音楽で、音楽がどんな衣裳を求めているのか、からスタートしているわ。今回のアルバムのテーマが、大きな権力に対し人々がどう反応するか、というものだったので、その表現の一環としてセックスや官能を想起させるビジュアルにしたかったの。
しかも、やりすぎだったり、バカバカしいとすら思えるレベルで。それを体現しているのが、前屈した女性がこちらにお尻を向けているアルバムカバー。ネオンカラーについては、セックス・ピストルズに代表されるパンク・ムーブメントのDIY精神にもつながるし、そこからヒントをもらうこともあるの。それに、目にもつきやすいでしょう?」
──音楽とビジュアルは別物、と考えるアーティストも中にはいますが、あなたの場合はそうではない?
「もちろんクリエイティブディレクターや映像ディレクターも起用しているけれど、彼らと会話を重ね、協力しあってビジュアルを作り上げることは意義深いと思う。ショーにしても、名前の通りに“見せる”ものでなければいけないわけだから、パフォーマンスにも気を配るようにしているわ。観に来てくれた人に数時間でも、異次元を体験してもらえるように」
10月12日(金)には、『マスセダクション』のエッセンスをアコースティックなピアノの響きと歌声に凝縮した『マスエデュケーション(Masseducation)』をリリース(日本盤は、11月7日リリース)。エキセントリックで繊細、洞察力に優れた才女の動向から、これからも目が離せない。
St.Vincent『MassEducation』
¥2,400(LOMA VISTA/HOSTESS)
St.Vincent『Masseduction』
¥2,490(HOSTESS)
Portraits:Shoichi Kajino Interview&Text:Minami Mihama Edit:Masumi Sasaki