世界的に活躍した芸術家に贈られる「世界文化賞」発表
日本美術協会によって1988年に創設された高松宮殿下記念世界文化賞。絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の各分野で、世界的に顕著な業績をあげた芸術家に毎年授与される。第29回を数える2017年度の受賞者が発表された。
(左から)演劇・映像部門ミハイル・バリシニコフ、音楽部門ユッスー・ンドゥール、絵画部門シリン・ネシャット、建築部門ラファエル・モネオ、彫刻部門エル・アナツイ Photo:Yuji Namba
2017年度の受賞者は、絵画部門がシリン・ネシャット(イラン/アメリカ)、彫刻部門がエル・アナツイ(ガーナ)、建築部門はラファエル・モネオ(スペイン)、音楽部門はユッスー・ンドゥール(セネガル)、演劇・映像部門はミハイル・バリシニコフ(アメリカ/ラトビア)。去る、10月17日、受賞者を囲む合同記者会見が行われた。
ラファエル・モネオ『アトーチャ駅・新駅舎』1992年 マドリード
エル・アナツイ≪アディンクラ・ササ≫(文様付きササ)2003年 織物、アルミニウム、銅線 487×548cm ジャック・シャインマン・ギャラリーにて
なかでも、絵画部門賞を受賞したニューヨーク在住のイラン人映像作家シリン・ネシャットは、写真、映像、長編映画など、さまざまなヴィジュアルイメージを用いて、現代イスラム社会を生きる女性たちの政治的、社会的、心理的に抑圧された状況を詩的に描写してきた。
『ロジャ・シリーズ/アンタイトルド』(2016) の画面写真を背に グラッドストーン・ギャラリー 2017年 ニューヨーク
2005年には現代美術の分野で人類平和に貢献した作家に授与されるヒロシマ賞を受賞し、広島市現代美術館で個展を開催。2009年、ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)を受賞した初の長編映画監督作『男のいない女たち』にて、坂本龍一が音楽を担当するなど、日本ともゆかりの深い作家でもある。
イランの古都ガズヴィーンで、西洋的な価値観を持つ医師の父と専業主婦の母のもとに生まれた。両親の勧めで17歳の時、アメリカの高校へ留学、カリフォルニア大学バークレー校で美術を学んだが、1979年のイラン革命によって、帰国できなくなってしまう。
「イラン革命が起きて、米国とイランの関係は途絶し、イラン・イラク戦争で、イランの国境は閉ざされてしまいました。祖国や故郷から孤立して、芸術家になる夢も失ってしまいました。90年にようやく帰国し、革命の深い影響を目の当たりにした後、ニューヨークに戻り、芸術家として意味のあることをしたい、成熟を示したいと思い、93年から活動を始めました」
96年にイラン政府から帰国を禁止され、“亡命芸術家”になってしまった彼女は、これまでずっとイランに関わる作品に取り組んできた。イランの外に住みながら、過去の記憶や郷愁をもとに、アウトサイダーの目線でイランを描いていたが、今後はそれを変えていくという。今年5月に開催された『ドリーマーズ』展では、初めてアメリカ文化に焦点を当て、夏のザルツブルク音楽祭では、オペラ『アイーダ』の演出を手掛けた。また、アラブ世界で最も有名なエジプト人女性歌手をめぐる新作映画『ウム・クルスームを探して』を製作するなど、意欲的な活動が続く。
Photo:Yuji Namba
「今後は、日本や南アフリカなど世界の文化について、イラン人の目を通して描いていきたい。日本には長期滞在して文化を学びたいですね」と語るように、黒澤明監督の作品からもインスピレーションを受けたといい、『男のいない女たち』の音楽に起用した坂本龍一を高く評価する。
「彼とは同じニューヨーク在住ということで知り合いました。もちろん彼の仕事もかねてから知っていましたし、たとえば中国に関わる作品では、中国独自の音を使った上で自分らしい音楽にしている。そこに惹かれてお願いしました。才能に恵まれ、妥協しない人。彼と私は、とてもエモーショナルで、ミニマリストであるところが共通点です。彼の音楽には無駄がなく、人に対し心の底から影響を与えるのに、そのやり方は非常に慎重で控えめ。パートナーとして素晴らしい方ですし、親しい友人になれたこともうれしい。機会があれば、また一緒に組みたいと思います」
世界文化賞の過去の受賞者の中には、同じイランの映画監督アッバス・キアロスタミがいる。彼の存在については、「友達でもあり、先生のような人」だと話す。
「革命後にお目にかかり、私にとっては救世主のような人でした。当時、原始的だとか野蛮だとか言われていたイランのイメージに、新しいものを発明のように持ち込んでくれました。国が窒息していたような状態の時期に、彼はイラン人に自尊心や尊厳を取り戻させてくれた存在です。亡くなる前にウィーンで丸一日一緒に過ごしたとき、『私のようになりたくない』と言われました。ご自身も作品が上映されないような目にあっているのですが、『イランに残りたい』とおっしゃっていました。イラン文化のロールモデルでありヒーローであった彼の若すぎた死は、まさに悲劇です」
《ドリーマーズ・シリーズ/エレン》 (2016) の前で グラッドストーン・ギャラリー 2017年 ニューヨーク
現在進行中のプロジェクトは、初めてアメリカで撮影する映画だという。
「ユタ州やネブラスカ州といった中西部の砂漠を舞台に、共和党支持の白人中間層、トランプ支持者たちに囲まれた、イラン人女性を主人公にしたロードムービーです。現実と想像の世界を行ったり来たりするような作品になるだろうと思います」
抑圧された女性を表現してきた彼女に、その原動力の源について聞いた。すると、一人の女性として、同じ女性たちに次のようなエールを送ってくれた。
「私も女性であることには変わらないのですが、ひとりのアーティストとして、お話しますと、女性は生物学的に弱さも強さも持っていると思いますし、それは、男性にはないものです。一般化して話すのは難しく、そもそも自分の作品の背景となっているのはイスラム文化ですが、イランの女性は、抑圧された状態に対して戦うこと知っていて、力を尽くしてきました。戦うということについて男性と違うのは、子どもがいるから生き残らなくてはいけない。どんなに危機的な状況においても、女性としての責任を全うすべきというところから来ていると思います。ですから、女性の弱さというのは、ある意味、男性より強いという面もあるのではないかと思います。
個人的な話で恐縮ですが、韓国人である夫が微熱程度で寝込んでしまうのに対して、私は熱があろうがなんだろうが、子どもを学校に連れて行く責任があるし、そうしたい。それほど、男女には次元の違いがあると思います。だから、私は抑圧には我慢しないし、常にそういう状況と戦ってきました。それはトランプ政権に対してであっても、イラン政府、夫に対してであっても。ただ、人はそれぞれ置かれている立場が違いますから、それぞれのやり方で、自分の責任を見つけていけばよいと思います」
Photo:Yuji Namba
最後に今回の受賞について尋ねると、大変な驚きであると同時に、大きな喜びだと語った。「受賞によって、今までやろうとしてもできなかったプロジェクトに着手できるようになるだろうと期待している」と。
慎重に言葉を選びつつ、控えめに質問に答える様子から、芯の強さを感じさせるシリン・ネシャット。今後はイラン、イスラムという文化に軸足を置きながらも、広い視野で新たな作品に挑戦していくという彼女の活動に、女性だけでなく多くの人々が勇気づけられるに違いない。日本文化は彼女の目を通すと、どのような作品になるのだろうか。これからの創作に期待したい。