東信×Katie Scottが贈る、花の一生を描くアニメーション
前代未聞の花へのアプローチでいつも私たちを驚かせてくれるAMKK(東信、花樹研究所)が、新たなインディペンデント・アートプロジェクトを発表した。今回の作品は、大人から子どもまで楽しめる「花の一生」をテーマにしたボタニカル・アニメーション『はなのはなし』。
この世界に存在するあらゆる花々は、大地に根をはり、芽吹き、花咲き、鳥や虫が花粉を媒介し、ときに雨、風、嵐にさらされながらも逞しく生きている。そして朽ちていくときには次なる命へとバトンタッチする。そんな、東信が考えたストーリーをアニメーションという形で表現するにあたって、コラボレーションをしたお相手はロンドン在住のボタニカル・イラストレーターKatie Scott(ケイティ・スコット)。5月20日にアークヒルズ・サウスタワーのルーフガーデンにて行われた、お披露目イベントにて、東信、ケイティ・スコット、パートナーでアニメーションを制作したJames Paulley(ジェームズ・ポーリー)に、今回のプロジェクトについて尋ねた。
アニメーション「はなのはなし(Story of Flowers)」
ボタニカル・アニメーションに込められた思い
──東さんが「花の一生」をテーマに、子ども向けのアニメーションを作りたいと思ったきっかけは?
東信(以下、A)「いま自分の子どもは5歳になったのですが、3歳ぐらいの頃、自分の職業や“花とは何か”と尋ねられてもうまく説明できなくて、それからつねに子どもが理解できる本や映像を探していたんです。花は枯れて、また再生していくということ。それから、自分は花屋なので、朽ちて人の心に植物を生やしたいと思っていて、それを子どもに伝えるにもなかなかしっくりくるものが見つからなくて、自分が思い描くストーリーを作家の方に形にしてもらおうと思いました」
──ケイティさんとの出会いについて教えてください。
A「ネットでボタニカル・アートについて調べていて見つけました。ケイティの絵は、美しいだけじゃなくグロテスクなところがあるところがいい。パートナーのジェームズがアニメーションを手がけていることもわかっていたので、二人でやってもらえたら最高だなと思って、たまたま事務所のスタッフがちょうどロンドンに行く予定があったのでメールしてみたんです。『ロンドンに行くんだけど会ってもらえませんか?』と」
──二人はその突然のオファーを受けて、どんな気持ちでしたか?
ケイティ・スコット(以下K)「とにかく驚いて、大興奮しました。東さんの作品は数年前から知っていて、花への斬新なアプローチが好きだったので。実は昔『Wallpaper*』誌の特集でペリエ・ジュエのために彼が花のドローイングを描いて、それをアニメーションにしたのがジェームズだったんです。まさにセレンディピティだと思いました」
ジェームズ・ポーリー(以下J)「僕もそれ以来、いつか東さんと仕事がしたいと思っていましたし、彼の作品が私たちのインスピレーション源でもあったんです。オファーをもらったときにも『東信が僕のポストに“いいね”をしてくれている!』とケイティと喜んでいたところで、プロジェクトのオファーは願ってもないパーフェクトな内容でした」
──制作過程ではどんなやりとりがあったのでしょうか。
A「僕はストーリーとキーワードを渡して、あとはケイティとジェームズにお任せでつくってもらいました。死や朽ちていくさま、根っこ、虫、風媒花、花粉……といったキーワードや、バクテリアが土をきれいにしているから美しい花が咲く、みたいなことを教えたいんだと伝えました。子ども向けだからといって容赦せずに、本来の花の姿を全部見せたかったんです。あとは自分が描いてほしい花の写真を送って、メールでリクエストしたりしました」
K「東さんからの提案は、花のライフサイクルについてだったのですが、私が花を見るときには想像したことがなかったような新しいアイデアに溢れていました。例えば、花が天候からどんな影響を受けているのかなどといったことなのですが、ストーリーを構築していくうえで、ただ単に花を描けばいいということではなく、何か新しい要素が必要だと思ったんです。だから、最初にもらったキーワードは、自分にとっての新たな研究対象のように見えました」
花をモチーフにした“普通じゃない”表現を形にするには
──アニメーションはわかりやすい作品に仕上がっていますが、受粉のシーンだけがモノクロになっていたり、植物の根っこと雷をシンクロさせるような表現があったり、印象としてはファンタジックですよね。
J「まさにケイティとは、ファンタジーの要素をどうやって取り入れるか試行錯誤しました」
K「私の描くものはいわゆるボタニカル・イラストレーションですが、やはり意識しているのは、東さんの作品からも感じるような“普通じゃない表現”。植物がどのように生まれて死んでいくかをただ再現したかったわけではなく、花のライフサイクルを直感的に感じられるような、植物の持つ創造性を映像化したかったんです。インスピレーションはすべて植物から受け、徹底的に花の構造を調べたうえで、白黒のシーンを取り入れたり、抽象化したり、天候の変化を表現したりしてアートに落とし込みました」
──制作期間はどのぐらいだったのでしょう?
A「1年です。ケイティはすごくアカデミックなところがあって、イマジネーションだけで描かずに掘り下げているから絵に説得力があるんです。あとは、ジェームズのつけた花の動きにも唸りました。植物の動きよりも植物らしい動きだと感じました」
J「実は植物の形や動きに関しては、東さんの作品からのインスピレーションも大きかったです。ケイティは花の構造や動きを解剖学的に理解しているのですが、リアルな動きから少しだけ逸脱した幻想的なイメージにしたかったので」
K「ジェームズのデジタルアニメーションの場合、ひとつの花をつくるのに20枚ものレイヤーがあるので気が遠くなるんですよ。加えて今回はカメラの動きを意識しなくてはならなかったので、構図を考えることも非常に苦労しました」
──蓮の葉が水面に浮かんでいて、カメラのアングルが下がっていくと水中ではなく空に切り替わるシーンがありましたが、それはケイティさんのアイデアですか?
K「ジェームズなの。最初に彼がそのアイデアを思いついたとき、私は『そんなのありえない! 狂ってる』と言いました(笑)」
J「そう。だから僕は、現実とかけ離れた要素を加えることで、映像を観る人を惹きつける意外性が生まれるんだと、ケイティを説得しました」
──日本では蓮の花は極楽浄土を連想させますが、それは知っていましたか?
K「ええ、知っていました。日本だけに限らず仏教ではそのように捉えられていますよね。今回、私たちは人間と植物との関係性、花との結びつきについても描きたいと思っていたんです。イギリス人も花や庭が大好きだけれど、日本とはまったく違うアプローチですよね。文化が異なるので、どんなふうに花を描くかは、ディスカッションを重ねたんです」
日本の草花に恋してしまった
A「今回のアニメーションはすごく気に入っていて、これからも続けていきたいんです。最初に一生を描いちゃったから次に何をやるかは難しいけど、今後は日本古来の植物を描いてもらったりしても面白いかなと」
K「今回3週間ほど日本に滞在しているんですが、日本の草花と恋に落ちてしまいました。 カメラのデータは植物だらけ。中でも苔がお気に入りです」
J「ああ、高野山の奥で見た墓地の苔だよね。本当に素晴らしかった。他にも、木曽、大阪、広島の厳島神社などたくさんの場所を周ったのですが、イギリスとはまったく違う植生で、感激しました。北から南まで、まだまだ行きたいところがたくさんあります」
A「次はぜひ『もののけ姫』の舞台になった屋久島へ行ってほしい。僕が育った九州もミステリアスなものにたくさん出会えると思います。東京と全然違うので」
──最後に。H&M KIDSとのコラボレーションに今回のアニメーションと、子どもに向けたプロジェクトが続きましたが、ケイティさんはご自身はどんな子どもでしたか?
K「とてもいい子でしたよ(笑)。私は田舎とロンドン、自然と大都会の間で育ったのですが、子どもの頃から植物や動物に興味があって、子ども向けの漫画やキャラクターは全然好きじゃなかったんです。もっと複雑な、図鑑のような本ばかり好んで読んでいました」
A「ジェームズはロック少年だった?」
J「確かにいつもギターを弾いていましたね。僕はキューガーデン(ロンドンの王立植物園)の近所で育ったことがラッキーでした。子どもたちのクリエイティビティを刺激するのは、学校で習う生物学よりも、植物の創造性に触れることだと思うんです。 今回のプロジェクトは、東さんから子どもたちへの本当に素晴らしいギフトですよね。そしてもちろん、大人も楽しめる内容になったと思います」
Photos:Shunsuke Shiinoki Illustrations:Katie Scott Interview&Text:Eureka Ono Edit:Masumi Sasaki