21世紀少女 vol.32
華と夢のある仕事で生きていく
バラ農園経営者、田中綾華
フォトグラファー田口まき&小誌エディトリアルディレクター軍地彩弓がお送りする「21世紀少女」。クリエイターやアーティストなど、21世紀的な感覚を持つ新世代女子を紹介。今回のゲストは、バラ農園を経営する24歳の田中綾華。“農業”という言葉の持つイメージからは想像できないほど華やかな彼女に、自身の愛する仕事とバラについて、話を聞いた。(「ヌメロ・トウキョウ(Numero TOKYO)」2018年4月号掲載)
軍地彩弓が読み解く「諦めない仕事の極意」 待ち合わせの場所は代官山。まるで丸の内OLのようなコートにハイヒールを着こなして彼女は現れた。職業、バラ農園経営者。農園イメージとはギャップがあるが、これが彼女のスタイル。「埼玉にある農園と営業事務所がある代官山を行き来しているんです」。彼女が作っているバラは鑑賞用ではなく、食用。エディブルフラワーとして高級スーパーや契約しているレストランに卸している。 24歳の彼女がバラ栽培を目指し始めたのは20歳の頃。まだ大学生だった。「もともと曾祖母が起業家で、彼女が大好きだったのがバラなんです。『バラが近くにあれば女性は強くなれる』という凛とした彼女の姿に憧れてました」。「大学生の頃、夢を持つ友人たちを見て『自分は何のために生きているんだろう?』と疑問を持ち始め、『青空のむこう』という本を読んだことで生と死を意識するようになりました。好きなコトを仕事にしたい、それが私の場合バラだったんです」。 その思いから大学を退学。ネットで調べて、たった一人で大阪のバラ農家に弟子入り。師匠に付いてバラ作りを学んだ。バラ作りは本当に難しい仕事だ。専門知識も経験も膨大に必要な仕事。しかし、バラに毎日触れることは母性本能を刺激されるような愛おしい仕事になった。大阪で学んだ後、自立して農園を作るために埼玉の深谷で300坪の土地に出合う。3600万円の資金は祖父母から支援を受けた。
ただ、ここからが過酷な運命の始まり。資金の問題や、5000本のバラが収穫期になって枯れてしまうなど次々と不測の事態に見舞われる。もちろん収穫がなければ収入もゼロ。あらためて大分にあるバラの師匠を頼り、農大にも通い、肥料や栽培のノウハウを学び直した。
こうして1年かけてやっと咲いてくれたバラたちは、本当に愛しい子どものようだった。「バラが食用にもできると気づいて、これをビジネスにしようと思いました。自力でレストランやスーパーなどへ営業に出かけるようになったのです」。
今ではバラからジャムやお茶なども作って多角的に経営を広げている。「バラを育てるのは私にとって幸福なこと。将来はこのバラ栽培をフランチャイズ化したり、海外にも売っていきたい。バラから始まった仕事で、夢は広がっているのです」。
田中綾華の頭の中
21世紀的感覚を持った新世代の若者は、普段どんなことを考えているのだろう? そのヒントは、彼らの周りの“モノ”にもちりばめられている。バラへの愛情と優しさ、そして芯の強さは彼女の周りのモノ一つ一つからも感じることができた。
(上から時計回りに)
1. 農園で育てている食用バラ。きれいに咲き誇っている。
2.「『SUITS』は仕事のモチベーションが上がる大好きなドラマ。プライベートと仕事のバランス、マネジメントなど、勉強になります」
3.『青空のむこう』(アレックス・シアラー著)。「私の人生観を変えてくれた大切な本です。“死”から学び、どう生きるか深く考えさせられました。自分に子どもができたときには必ず読ませたいです」
(左上から時計回りに)
4. オーガニックの原料にこだわって作った、ノンカフェインのローズハーブティー¥1,800
5.バラの花びらが一片入ったスティックキャンディー¥600
6.「これを着て栽培している勝負服、戦闘服です(笑)。ウエスト部分がゴムなので、スタイリッシュなのに作業もしやすく重宝しています」
7. 白砂糖や着色料を使用していないローズジャム(PEACH×ROSE)¥1,400
8. ローズハーブティー ティーバッグ(5袋入り)¥1,600
(上から時計回りに)
9. 大好きで憧れだったひいおばあちゃん。
12. 落ち葉を取り除くための道具。「バラの棘でけがをしないように、ポテトチップスをつまむ用の道具を使っています(笑)」。
11. 腰に着ける作業用バッグ。
10. 農作業用の手袋。
(左上から時計回りに)
13. 作業中に必要なことを書き留めるメモ帳とペン。
14. 愛用の剪定バサミ。
15. 近くの保育園が飼っている羊。「とても人懐っこくスタッフに大人気。休憩時間に羊と戯れるのも最高のひと時です」
※商品はすべてROSE LABO(ローズラボ) https://www.roselabo.com
田中綾華年表
1993年 0歳
誕生。バラが好きな家系に生まれる
2013年 20歳
食べられるバラがあることを知る
2015年 22歳
会社設立
2016年 22歳
アグリイノベーション大学校入学
2016年 23歳
GSEA学生起業家日本代表になる
田中綾華への5つの質問
──今の日本をどう思いますか?(政治・経済・文化など総合的な意味で)
「以前、農業の世界大会に参加したとき、“好きな国は?”という質問に、参加した56カ国の、国籍や性別もさまざまな多くの人が“日本”と答えたんです。本当に誇らしかったし、素直にうれしかった。日本に生まれてよかったと思いました。“きれいだから”とか“真面目だから”という理由が多かったのですが、それに加えて今の日本人は自己表現もできるようになってきているし、昔から変わらずに気配りもできる。そのオールマイティさは、他国には真似できない日本人の誇りや強さだと思います」
──尊敬している人や憧れの人は誰ですか?
「憧れている人は私のひいおばあちゃんです。バラのような人でした。バラって女性を表していると思うんです。きれいな外見の中に柔らかさやしなやかさがあって、落ち込んでいるときに見ても元気になれる。強いけれど丸くて柔らかくて…そういう人間でいたい、バラのようになりたいと常に思っています。永遠の憧れですね。あとは何より、社員を尊敬しています。みんなが各々自由に考えて、より良い方向へ向かって進んでいる。尊敬しているからこそ、お互いに信頼関係ができていると思っています」
──今後の目標、挑戦したいことは何ですか?
「まずは、農業界に若い人や女性が入ってこられるような環境づくりをすること。たくさんの人が農業と触れ合う機会をつくること。そのために私は表に出て発信していきたい。あとは平たく言うと、バラ業界を盛り上げること。“バラってきれい”だけの感覚で終わらせてほしくないんです。バラがあることによって生活が変わったとか、良くなったと感じてほしい。多くの人が、自然界に生きる一人の人間として植物と向き合えるような商品づくり、環境づくり、新たな文化づくりをしていきたいです」
──今一番興味があること、今一番怖いと思うことは、それぞれ何ですか?
「興味があることは化粧品。これから化粧品も開発していこうと思っていて、今は女性の欲求や心理を研究しているところです。その中でいちばん共感してもらえるようなポジションにいたいなと思っています。怖いことは…死ぬことですね。やりきれていないことがたくさんあって、だからこそ一日を無駄にしないで生きていこうという感覚が強いんですけど。まだまだ私の物語は始まったばかりなのに、その物語がいきなり終わってしまうのは…。たぶん私、幽霊になって出てきますね(笑)」
──10年後の日本はどうなっていると思いますか?
「文字を書いたりデザインをしたり、人間の感覚に基づく部分に技術のある人たちが神になっていると思います。今もAIが発達してきたことで農業も含め便利になってきていますが、結局はハートですよね。10年後は、それがよりはっきりしているんじゃないでしょうか。“AIに負けない自分!”みたいな(笑)。あと、時代に流されて生きるんじゃなくて、みんな自分の足で時代を生きてほしい。そのためにも、10年後の義務教育の授業には必ず“農業”を必修科目で入れたいです。“みんな生きろ!”と(笑)」
Photo:Maki Taguchi Director:Sayumi Gunji Text:Rie Hayashi