
明治政府が国の威信をかけて建設した「明治五大監獄」。その中で唯一、当時の全貌をほぼ完璧な状態で現代に留めているのが「旧奈良監獄」だ。そんな国の重要文化財が今年、「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」と「星のや奈良監獄」として生まれ変わった。100年以上の歴史が息づく日本初の旧監獄保存・再生プロジェクトによって生まれたラグジュアリーホテルの全貌に迫る。
明治政府の威風を今に伝える、赤レンガの西洋建築

旧奈良監獄の竣工は1908年(明治41年)。日露戦争を終え、急速に近代化が進んだ時代だ。明治政府は、欧米列強との不平等条約改正のために、法治国家として認められるような、人権を重んじる近代的な監獄体制を整えるため、「第一期監獄改築計画」に乗り出す。この計画に基づいて整備されたのが、後に「明治五大監獄」と称される金沢、千葉、長崎、鹿児島、そして奈良の監獄だ。

奈良監獄ミュージアムとホテルの出入口は異なり、宿泊者は2つの円塔を持つアーチ型の表門からの入場が許されている。近鉄奈良駅からタクシーで6分ほどの場所にあるのだが、住宅街からいきなりヨーロッパの城壁のような風景が現れて一気に非日常へと誘われる感覚だ。メインアプローチを通り、中庭を抜けて緑の尖塔が目印の庁舎へと入っていく。

屋内階段を上った場所で待ち受けるのは、かつての事務所や面会所としての機能を持っていたレセプションラウンジだ。そこには明治の文化を象徴するガス燈の意匠や、西陣織を用いた豪奢なオリジナルのアートが飾られている。

かつての中央看守所へと足を踏み入れると、木組天井や高窓など、随所から東京駅舎の意匠が感じられる。それもそのはず、建物の設計を手掛けたのは、辰野金吾氏のお弟子さんである山下啓次郎氏なのだ。

施設の中央に位置するメインラウンジは、かつての講堂だった場所。天井には往時の風合いを湛える梁が連続し、窓から連なるアーチが空間全体に心地よいリズムを生み出している。建物の幾何学模様を取り入れたパーテーション、オリジナルの家具の他、イタリア製の椅子やフランス製のデザイン性あふれるソファが贅沢に配置され、文明開化の華やかな空気を今に伝えている。

15:00~16:30のチェックインのタイミングでは、「茜のティーサロン」と題したおもてなしがある。奈良・月ヶ瀬産の香り高い和紅茶「つきのかをり」と特製カヌレを、日本生まれのティーセットが趣深い。
独居房約10個分の全48室スイートルーム

旧奈良監獄は、中央看守所から放射線状に5つの収容棟が並ぶ「ハヴィランド‧システム」を採用しているのが大きな特徴だ。5つの収容棟のうち第3寮がミュージアムの見学エリアで、それ以外のエリアがすべてホテルの客室になっている。

お部屋は、かつての舎房を繋ぎ合わせた全48室のスイートルームだ。独居房10房分を連結した「The 10-Cell」や、ハリウッドツインのベッドを備えた「The 9-Cell」、そして広々としたドレッシングラウンジを持つ「The 11-Cell Deluxe」など、多様な滞在スタイルに応える。

ホテル建築デザインは東環境建築研究所が手掛けており、煉瓦造を生かす鉄骨補強は無骨にならないよう配慮し、ヴォールト天井や、漆喰の下から現れた煉瓦など、現代では再現できない意匠を各所に残している。

「The 10-Cell」の客室は中央がエントランスで、入って左側がソファを配したリビング、バスタブとシャワールームを有する浴室、その奥にトイレがある。そして、エントランス右側にテーブルとイス、ドリンクアメニティが用意されたダイニングエリア、その奥にベッドルームという構造だ。

照明デザインを手掛けたのは、ICE都市環境照明研究所。和を感じる陶器のテーブルライトを使用したり、中庭に遠くからの月明かりを感じさたりと、近代の電気照明が導入された頃への想いが現代の光で表現されている。
日本におけるフランス料理の系譜をたどるディナー

夕方になったら、かつての蔵を改装した「ダイニングラウンジ」へ。窓外に広がる中庭の瑞々しい自然や、美しくライトアップされた夜景を臨み、時の移ろいを感じながら、食事前のアペリティフを楽しめる。

訪れた7月のウェルカムドリンクは、シャンパーニュとイチゴのカクテル。アミューズは、古代日本のチーズとも言える「蘇」を用いたキッシュ・ロレーヌや、なめらかなブランダードだ。

アペリティフを楽しんだら中庭を通って、かつての拘置監の独居房や接見所を改装した全36室の半個室ダイニングへ。

ディナーコースは、日本のフランス料理が歩んできた「黎明期」「成熟期」「現代」「未来」という系譜を全4皿で紐解く「ガストロノミー・クロニクル」だ。

最初のテーマである「黎明期」は、文字盤を模した「始まりのパナシェ」。こちらの一皿、サプライズ演出があるので、そちらはぜひ訪れた際のお楽しみに。鹿鳴館の晩餐会でも供されていたという魚介のアスピックは、ディルの味わいと、コンソメで閉じ込められた旨味が絶妙なハーモニーを奏でる。さらに菊芋と竹角の針、コーンポタージュスープ、サーモンのマリネ、鶏肉のクロケット、ホワイトチョコレートでコーティングされたフォアグラのテリーヌに大和橘のピュレが添えられ、文明開化の華やぎが皿の上に広がる。

続く「成熟期」は、1980年代のクラシックフレンチを象徴する一皿だ。繊細に火入れされた舌平目のブレゼには、パリの名店「マキシム・ド・パリ」のスペシャリテをオマージュした香り高いソース・アルベールがたっぷりと合わせられている。自家製ブリオッシュのパン粉を使っているためバターの香りやコクが豊かで、塩胡椒をたっぷりと効かせた力強い味わいとよく合う。

「現代」をテーマにした肉料理は、イノベーティブなアプローチとプレゼンテーションが光る。奈良漬けを作る際に使った酒粕でマリネし、柿の葉で包んで火入れした牛フィレ肉は、甘美なやわらかさで、酒粕のうまみもまとっている。火入れや提供の方法にも驚きの演出があるので、そちらはぜひお楽しみに。なめらかなジャガイモのピュレ、土を模したクランブル、蒸し野菜が入った植木鉢のサイドディッシュも抜かりない手仕事が施されている。

コースを締めくくる「未来」のデザートは、カカオニブやカカオのムース、カカオハスクで香りづけしたミルクジェラートなど、カカオを余すことなく使った一皿。食材を循環させる未来へのメッセージが込められている。
各料理の魅力を最大限に引き出すペアリングコースも、ぜひオーダーを。名だたる名店で研鑽を積んだソムリエが、好みに合わせてアルコールを提案してくれる。
香りと音楽に酔いしれる夜から、文明開化の朝へ
ディナー後は再びダイニングラウンジへ。100年前のイギリス製アンティーク蓄音機から流れる、ノスタルジックな音色に耳を傾ける「響きのソワレ」が夜を彩る。柿のリキュールに山椒のスピリッツ、昆布茶のシロップを合わせたオリジナルのカクテルを傾けながら、贅沢な音の揺らぎに身を委ねたい。

一日の終わりには、メインラウンジで行われる調香体験「香りの宵支度」(1人12,100円)も一興だ。完成したオリジナル香水は、旧奈良監獄の象徴であるレンガを模したテラコッタディフューザーと共にギフトボックスとして持ち帰ることができる。

朝食もディナーと同じくダイニングで。シグネチャーは、明治期の洋食文化のルーツを少しずつ味わう「文明開化の朝食」。当時の日本では洋式醤油として珍重されたウスターソースでいただくスコッチエッグや、濃厚なカニクリームコロッケ、エビフライなど、どこか懐かしくも新しいモダンな品々が並ぶ。

大和まなのすり流しや、ゴマ豆腐の豆乳小鍋など、地元の食材を活かした滋味深い和食や洋食、テイクアウト可能な軽朝食など、その日の気分に合わせて選べる。

敷地内にある「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」へは、宿泊者専用のアプローチがあり、滞在中は何度でも足を運ぶことが可能だ。しかも、2,500円かかる入館料が宿泊者は無料の上、予約も不要、18:00~23:00、6:00~8:30は、一部エリアがホテル宿泊者だけのために開放されている。

全96室の独居房が連なる「第三寮」の見学から、「歴史と建築」、「規律と暮らし」、「監獄とアート」に分かれた展示エリアに加え、ミュージアムカフェ&ショップもあり、充実した内容だ。
記憶を未来へ紡ぐ、至高のヘリテージステイ

レガシーに現代の息吹を吹き込むことで、未来へと継承する「星のや奈良監獄」。ただ泊まるだけではない、歴史の余白に身を委ね、自らの生き方を見つめ直す非日常の体験が待っている。
星のや奈良監獄
住所/奈良県奈良市般若寺町18
URL/https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/hoshinoyanarakangoku/
奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート
住所/奈良県奈良市般若寺町18
URL/https://hoshinoresorts.com/nara-prison-museum/ja/
取材協力:星野リゾート
Photos & Text: Riho Nakamori
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