【アーティストたちの色の世界】Vol.3 中平美紗子 | Numero TOKYO
Art / Feature

【アーティストたちの色の世界】Vol.3 中平美紗子

絵画や織物、それぞれの手法で色を印象的に用いるアーティストにメールインタビュー。その独自の世界を創出するために、色をどのように見て、向き合い、捉えているのか。アーティストたちの色にまつわる原風景から惹かれる色まで、色彩表現に込められた思いを読み解く。Vol.3は、タペストリー作家 中平美紗子。糸で織りなす色とストライプ模様を中心に、知覚、構造、イリュージョンを探求する。

《Crossing》2022, Wool・Ramie, W2400×H1650×D15mm
《Crossing》2022, Wool・Ramie, W2400×H1650×D15mm

──色を意識的に捉えるようになったきっかけや原体験は?

「作家活動を始めた頃は、色そのものよりも素材に関心がありました。紙や綿、羊毛など、それぞれの素材が持つ自然な色味や質感を生かした織物作品を制作していました。色を意識的に扱うようになったのは、2020年のパンデミックをきっかけにストライプ模様の作品に取り組み始めてからです。その最中に読んだミシェル・パストゥローの『悪魔の布』に触発され、ストライプをテーマに制作を始めました。ストライプは、時代や文化によって肯定的にも否定的にも解釈され、『秩序』の象徴として扱われてきた歴史があります。未知のウイルスによって私たちの生活が大きく変化し、新たな秩序や境界が次々と生まれていた当時、その歴史と社会の状況がストライプの意味合いと重なって見えました。また、ストライプは、最低二色の組み合わせによって成り立つ模様です。私は最初に黄色と白を選びました。黄色には注意喚起を促す色としての側面と、幸福や希望を感じさせる側面があります。その両義的な意味が、不安と希望が入り混じっていた当時の空気とも重なり、作品の重要な要素になりました。
最近は特定の色そのものよりも、複数の意味や印象がひとつの状態のなかに共存することに興味があります。同じ色でも隣りあったり重なり合うことで見え方が変化し、ときには存在しない色や奥行きまで感じられる。その経験を通して、色そのものよりも色と色の関係性に関心を持つようになりました」

──タペストリーという手法に魅せられたきっかけは?

「大学では、染と織の基礎的な技法を一通り学びました。その中でも、タペストリーが自分に一番合っていると感じました。タペストリーは『織る絵画』とも呼ばれ、織物の中でもイメージを豊かに表現できるメディアです。遠くから見ると絵画のように見えますが、その成り立ちはまったく異なります。近づくにつれて、糸の重なりや織目といった織物の構造が見えてきます。見る距離によって作品の見え方が変化し、色や形だけでなく、織物の構造そのものが表現になるところに、タペストリーならではの魅力を感じます」

《INTERACTION #YP》2024, Wool・Cotton, W700×H820×D8mm Photo:Tim Gresham
《INTERACTION #YP》2024, Wool・Cotton, W700×H820×D8mm Photo:Tim Gresham

──作品において色はどのような役割を果たしていますか。

「色は、私の作品において知覚や関係性を立ち上げるための重要な要素です。色の組み合わせによって奥行きや重なりが生まれたり、逆に境界が曖昧になったりします。私はそうした現象を通して、見えているものと認識しているものの関係について考えています。色は固定されたものではなく、周囲との関係によって絶えず変化する存在だと感じています」

──タペストリーだからこそ実現できる表現とは?

「タペストリーは離れて見ると色面や形として認識されますが、近くで見るとそれらは糸の集積になり、それがどんなイメージであるかわからなくなる瞬間があります。その二重性はタペストリーならではの特徴だと思います。また、異なる色の糸が織り重なることで、絵具の混色とは異なる視覚的な色が立ち現れます。鑑賞する距離や視点によって見え方が変化するところにも魅力を感じています」

《Towels-Y-》《Towels-O-》2022, Wool・Ramie, Left W855×H1040×D9mm Right W905×H975×D9mm
《Towels-Y-》《Towels-O-》2022, Wool・Ramie, Left W855×H1040×D9mm Right W905×H975×D9mm

──糸を染め、織り重ねることで生まれる色、表情にどのような魅力を感じていますか。

「私にとって色は、糸を染めた段階で完成するものではなく、織ることで初めて現れるものだと考えています。織物には『織色(おりいろ)』という考え方があります。絵具のように色を塗り重ねるのではなく、異なる色の糸を構造のなかで隣り合わせたり交差させたりすることで、視覚的に新しい色を作り出します。
また、タペストリーは技法上、緯糸が経糸を覆い隠す構造になっています。私は細い綿糸や羊毛を引き合わせてつくった『杢糸(もくいと)』を緯糸に用い、細やかな色の変化をつけるように心がけています。異なる色の糸が隣り合うことで、予想もしなかった色や表情が生まれることがあります。その偶然性や発見こそが、織物ならではの魅力だと感じています」

──あなたにとって色とはどういう存在ですか。

「私にとって色は、身近でありながら、不確かな存在です。例えば『黄色』と聞いても、レモンのような鮮やかな黄色を思い浮かべる人もいれば、マスタードのような落ち着いた黄色を思い浮かべる人もいます。同じ言葉を使っていても、そのイメージには一人ひとりの経験や環境が反映されています。色は共通の概念でありながら、人によって少しずつ異なって知覚されるものです。その曖昧さや不確かさが興味深いと感じています」

《AWAI #1》2026, Wool・Cotton・Ramie・Rayon, W1124×H1342×D8mm
《AWAI #1》2026, Wool・Cotton・Ramie・Rayon, W1124×H1342×D8mm

──これから取り組みたい色彩表現や挑戦したい色の可能性はありますか。

「2024年から絵画の錯視表現に着想を得て、実際には存在しない層や奥行きが見えるような表現に取り組んでいます。現在制作している《AWAI》シリーズでは、人と人、個と全体、自力と他力など、異なる存在同士が完全に分離するのでも融合するのでもない『あいだ』の状態について考えています。作品の中では、異なる色や形が重なり合うことで、境界が曖昧になったり、新たな空間が知覚されたりします。私自身、物事は見る距離によってノイズにも調和にも見えると感じています。今後は、その『ノイズ』として知覚される色のあり方にも関心があります。そのような知覚の変化を、織物ならではの色彩表現を通して探求してみたいと思っています」

Interview&Edit:Masumi Sasaki

Profile

中平美紗子 Misako Nakahira 2015年、京都芸術大学芸術学部美術工芸学科染織テキスタイルコースを卒業後、2017年、同大学大学院修士課程を修了。2023年にポーラ美術振興財団在外研修員として採択され、オーストラリア・メルボルンに1年間滞在。現在、京都を拠点にタペストリー作家として活動。ストライプ(縞)を主要なモチーフとし、知覚、構造、イリュージョンを探求する作品を制作している。日本国内外で活動し、これまでにイギリス、アメリカ、フランス、オーストラリアなどで展覧会やプロジェクトに参加。作品は世界各地の個人コレクションに収蔵されている。https://misakonakahira.com/ Instagram/@nakahira_misako Portrait:Takashi Matsumoto
 

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