『PATH』元料理長による薪火フレンチが主役。野沢温泉「mont」でガストロノミーリトリート | Numero TOKYO
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『PATH』元料理長による薪火フレンチが主役。野沢温泉「mont」でガストロノミーリトリート

東京駅から北陸新幹線で約1時間45分、飯山駅でバスに乗り換えてさらに約30分。首都圏からわずか数時間で、豊かな自然と古き良き温泉街の風情が色濃く残る場所へとエスケープできるのが、長野県北部に位置する野沢温泉だ。世界中のスキーヤーから「ジャパウ(Japan Powder)」と称賛される極上の雪質を誇り、冬のスキーリゾートとしての顔が広く知られている。しかし、食と温泉に癒される旅なら、雪解け水が村中を潤し、山菜が一斉に芽吹くグリーンシーズンがベスト。それを証明してくれるのが、2026年1月19日にオープンしたブティックホテル「mont(モン)」の存在だ。

温泉、スキーリゾート、日本三大火祭りが共存する野沢温泉

野沢温泉の歴史は古く1000年以上前、奈良時代に行基という僧によって発見されたことに端を発する。村内には「外湯」と呼ばれる13ヶ所の共同浴場が点在し、早朝5時から夜11時頃まで、誰でも気軽に入れる(寸志を賽銭箱へ)で源泉かけ流しの湯を楽しめる。

ボーリングによる新規の掘削を禁じる独自のルールによって貴重な地下資源を守り抜いてきた源泉は、温度が50度から65度と高い。そのため塩素消毒や循環ろ過を一切必要とせず、新鮮で濃度の高い良質な単純硫黄泉が絶え間なく湧き出ている。

一番ぬるいとされる「熊の手洗湯」のゆる湯でも42度から43度という熱めの湯船に浸かれば、日々の疲れが芯から解きほぐされていくのを感じるはずだ。外湯は観光資源ではなく、村人たちが日々の疲れを癒やし、時には特産の野沢菜を洗うなど、現在も生活の営みに深く根付いている。

また、毎年1月15日に行われる約350年の歴史を誇る「道祖神祭り」も、村を語る上で欠かせない。日本三大火祭りの一つとも言われており、国の重要無形民俗文化財にも指定されている。25歳と42歳の厄年の男たちが中心となって、高さ17メートルものブナの木を用いた壮大な社殿(やぐら)を組み上げる、野沢温泉ならではの勇壮な神事だ。

こうした歴史深い村は現在、冬場はインバウンドを中心とした多くのスキー客で賑わう一方で、夏場は閑散としてしまうという大きな課題を抱えていた。冬の需要を見込んで外資が物件を購入するものの、通年で暮らす人が減少し、温泉や祭りといった村の根幹を成す文化の継承が危ぶまれる事態に直面していたのである。

そこで立ち上がったのが、街づくりスタートアップ「NEWLOCAL」と地元のリーダーたちが結成した株式会社野沢温泉企画だ。彼らは、15年近くシャッターが閉まっていた建物を改装して2023年1月にミュージックバー「GURUGURU」を、名スキーヤーから受け継いだ「野沢温泉ロッヂ」をオープン。これらを通じ、点ではなく「面」として村全体を楽しむ新たな地域経営モデルを展開している。

長年住み継ぐローカルと感度の高い旅人が自然と交差し、オーストリア人が手がける「野沢温泉蒸留所」なども誕生。四季を通じて豊かな時間が流れる独自のコミュニティが今まさに育まれているホットスポットなのだ。

「火と水」の記憶を継承する、築100年の古民家を改修したブティックホテル

村の中心、野沢温泉バスターミナルから歩いて30秒ほどの場所に位置する「mont」もまた、野沢温泉企画が手がけている。かつて旅館として親しまれ、その後は地元旅館組合の事務所として使われていた築100年以上の古民家をフルリノベーションした、全10室のブティックホテルだ。

ホテルの名前には、村の暮らしを支える山々(フランス語のmont)や、日本三大祭りの会場に近く村の入り口となる「門」、そして移住者を受け入れる「門」という複数の意味が込められている。建物は昔の階段や木材をあえて残し、土地の記憶を丁寧に継承しながら、洗練された空間へと生まれ変わらせた。

ホテルのコンセプトは、野沢温泉の暮らしを根底で支える「水と火」。標高1,650メートルの毛無山に広がるブナ林が蓄えた雪解け水は、約50年の歳月をかけて温泉となり、20年から30年の時を経て湧き水となって村を潤す。そして、道祖神祭りに代表される生命力あふれる火の文化がそこへ交わる。これら自然のサイクルと人の営みの循環を、ブランドロゴの年輪のモチーフにも落とし込んでいるという。

客室は1階に3室、2階に4タイプ7室あり、経年変化による木材の風合いや、テキスタイルのぬくもりが心地よい空間だ。特筆すべきは、一部の客室(スーペリアツイン)にレコードプレーヤーとDJブースが備え付けられていること。さらに、各部屋にはバイオエタノールを使用したエコスマートファイヤーが設置されており、火のゆらめきによる癒しも感じられる。

原始の炎と野沢のテロワールが交差する、薪火フレンチ

「mont」のハイライトとも言えるのが、1階のレストランで提供される薪火フレンチだ。厨房の中央には薪火のオーブンが鎮座し、パチパチと薪が爆ぜる音と、香ばしい匂いが食欲を刺激する。

ここで腕を振るうのは、東京・代々木公園の人気店「PATH」で料理長を務めた寺島惇シェフだ。寺島シェフはエコール辻東京を卒業後、六本木「le sputnik」の髙橋雄二郎氏に師事。その後、和歌山「Hotel de Yoshino」の手島純也氏のもとでクラシックフレンチを学び、本場フランスで料理を学んだ後、「PATH」の料理長に。野沢温泉の風土に強く惹かれ、薪火レストランの名店である東京・調布「Maruta」での研修を経て、「mont」の料理長に就任した。

現在シェフは、自らも畑を耕す日々を送っている。道祖神祭りの最高顧問でもある地元のキノコ名人や、猟友会会長を務めるさかや旅館の料理長といった生産者と密にコミュニケーションを取りながら、その日最高の食材をフレンチの技法で昇華させているのだ。

ビジター利用も可能なディナーコースは、この地のストーリーを色濃く宿した一皿から幕を開ける。訪れた5月末は、長野の郷土料理である「おやき」をジャガイモと小麦粉を同割にしたニョッキのような生地で仕立て、信州地鶏や春キャベツを包み、フライパンと薪火で焼き上げるモダンなスタイルで提供された。タルトに乗せられたスナップエンドウは薪で炙ることで、豆の甘みとスモーキーな香ばしさを存分に引き出している。料理を彩る器の一部には、道祖神祭りで出た本物の灰が練り込まれたタイルを使用するなど、随所に村の息吹が感じられる。

シグネチャーディッシュの一つ「信州サーモンのタルタル」は、雪解け水によって養殖された臭みのない信州サーモンを使用している。生と火入れした2つの食感のサーモンに、ヨーグルトベースの酸味あるソースと、丸焦げにしてムース状にした雪下にんじんを合わせた、味覚のコントラストが美しい一皿だ。

また、山から近い地理を活かし淡水魚である「鯉」に着目した春巻きも興味深い。
生きたまま仕入れた養殖の鯉の身を、山ウドやセリとともに包み揚げた逸品だ。鯉を食べる際の定番である酢味噌を、白ワインビネガーとマスタードでアレンジした特製ソース、そしてレモングラスのような香りを持つネパール山椒(ティムールペッパー)が、エキゾチックなアクセントを加えている。

信州ブランドのみゆき卵を使った飯山産アスパラガスのフランには、みりんと日本酒を混ぜて80度に温めた、日本最古のカクテルと言われる「本直し」をペアリング。ジャンルにとらわれない斬新な提案が面白い。

メインディッシュを飾るのは、薪火でじっくりとローストされた清水牧場の信州和牛モモ肉。自家製の結晶塩や実山椒、原木椎茸、そして葉タマネギとともに味わうことで、肉の滋味が口いっぱいに広がる。

デザートには、薪火で燻すことでトロッとした食感を引き出したイチゴに、菜の花の蜂蜜ジェラートと自家製ジャム、焼いたメレンゲを添えたヴァシュラン、そして自家製バスクチーズケーキが登場し、最後まで薪火が料理の傍らにあった。

アルコールのペアリングも秀逸を極める。長野の銘酒「真澄」の瓶内二次発酵スパークリングでの乾杯に始まり、シェフ自らがセレクトしたイタリアやフランス・アルザスやブルゴーニュのワインが次々と供される。食事を通じて、信州の豊かなテロワールとシェフの独創的な感性を全身で体感できるはずだ。

朝食もまた、徹底してローカルにこだわっている。提供されるのは半径16km圏内の食材に限定され、野沢温泉村で採れたコシヒカリを土鍋で炊き上げた艶やかなご飯に、隣町・飯山の加賀谷の味噌汁、行者にんにくのだし巻き、わらびの佃煮といった生命力あふれる山の恵みが並ぶ。

掘るほどに奥深い村の日常と交わる、唯一無二の温泉旅

四季折々で全く異なる美しさを見せる野沢温泉。東京からふらりと訪れることができるアクセスの良さを持ちながら、知れば知るほど、掘れば掘るほど奥深い面白さに出合える稀有な場所だ。都会の喧騒から離れ、旅行者から一歩踏み込んで村の日常に溶け込み、その奥深い文化や土地の記憶をじっくりと味わい尽くしてみてほしい。

mont
住所/長野県下高井郡野沢温泉村大字豊郷9521-1
URL/https://mont-nozawaonsen.com/

取材協力:野沢温泉企画

Photos & Text: Riho Nakamori

Profile

中森りほ Riho Nakamori 東京生まれ、東京在住のフリーランスライター・編集者。食や旅などライフスタイルを中心とした各種メディアで活躍。年間100日ほど仕事やプライベートで国内外を旅している。Instagram: @tokyo.and.elsewhere
 

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