人種やジェンダー、文化に規範、さまざまな特性に至るまで。私たちに付された重荷や名札に光を当て、気づきを導く力がアートにはある。5人のアーティストが描き出す、“女性と解放”それぞれのヴィジョン。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年4月号掲載)
榎本マリコ|Mariko Enomoto
──あなたが目指す解放とは?
「不自由さのなかでもしなやかに呼吸して、表現し続けること」

女性の顔を覆うように茂る植物や、くりぬかれた顔の先に広がる、見知らぬ風景。榎本マリコの描く肖像画は表情が窺(うかが)えず、非日常を描いたように見えるかもしれない。しかし、人間のうちにこびりついた思い込みや無意識、周縁化される人々の姿、それらを生み出す社会構造へと問いかけ、現在を生きる私たちに多くの示唆を与えてくれる。そんな榎本が今、描くことで解放したいのはどんなことだろうか。
「母として、女としてなど、自分自身が『呪い』として当てはめているあらゆる役割かもしれません。ただその役割を解き放つのではなく、すべての役割のなかでも呼吸して、描く。いつだってその『呪い』をも飲み込むような、大きな何かを生み出したくて描いています」

榎本マリコ
1982年、埼玉県生まれ。ファッションを学んだのち、独学で絵を描き始める。近年では顔のないポートレイト作品を中心に、神話や物語、詩、娘を起点にした油彩を発表。チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』の装画や川上未映子著『黄色い家』新聞連載の挿画など、多くの文芸作品や演劇、映画のヴィジュアルを手がける。3月25日(水)までグループ展「불온유희 不穏遊戯」(Gallery MEME、ソウル)に参加。作品集に『空と花とメランコリー』(芸術新聞社)がある。
www.mrkenmt.com/
山本れいら|Layla Yamamoto
──あなたが目指す解放とは?
「自分の中のクィアな属性をもっと表現していきたい」

原発問題やフェミニズムなど、日本の社会政治状況を批判的に捉えた作品を発表する山本れいら。『Whispers of Defiance(抵抗のささやき)』は、子を産み育てる将来を求められてきた家父長的な文脈から少女の表象を取り戻そうとする絵画シリーズだ。戦前の女学校で用いられた家庭科教科書の挿絵や、近代西洋絵画の母子像といった規範的な図像に、少女マンガ/アニメの少女像が背景を無視して重ねられている。
「歴史的に無垢や従順さと結びつけられてきた『少女らしさ』『かわいさ』。それらを支配に回収されない、一人一人をエンパワーするための表現として再定義したい」と山本。少女表象が持つ「かわいさ」は新たな抵抗の術となり得るのか——探求は続く。

山本れいら
1995年、東京都生まれ。アメリカ・シカゴ美術館附属美術大学で現代アートを学び、フェミニズムやポストコロニアリズムの視座から日本の社会や政治的状況を批判的に捉えた作品を制作する。2025年からアーティストの小宮りさ麻吏奈とともにアニメやマンガ表象をフェミニズムやクィア的な視点で問い直すプロジェクト「Beyond Flat」を始動し、第二弾となるグループ展をBONDED GALLERY(東京・天王洲)にて開催(5月23日(土)〜6月20日(土))。
@layla_yamamoto
片山真理|Mari Katayama
──あなたが目指す解放とは?
「上下左右という規範、世界や社会の構図を回転させること」

手縫いのオブジェや、義足で生きる自身の体を被写体に、自己と他者、自然と人工物などの間にある境界線を揺さぶり続ける片山真理。「上下左右という規範。世界や社会、コミュニティ、地図、写真の構図をぐるぐると回転したい。それは『解放』への第一歩」と言うように、どの作品にも既存の形式や価値観に捉われない、強い意志が垣間見える。『tree of life』シリーズは、鏡の反射と歪みを用いながら、時間とともに変容していく自身を表現した現在地だ。そんな片山が今、最も解放したいものは「重力」だそう。
「義足で走るためのブレードは跳躍のため大きな推進力を生む構造になっていて、身体でその感覚を会得したいんです」

片山真理
1987年、埼玉県生まれ。重奏的な社会、役割、景色を確認する実践として手縫いのオブジェや写真、インスタレーションを展開し、自己と他者、自然と人工の境界に介入する。2011年より「選択の自由」を掲げた「ハイヒール・プロジェクト」を主宰。作品集に『Synthesis』(SPBH Editions / MACK)などがある。3月19日(木)〜5月16日(土)、個展「tree of life」をYutaka Kikutake Gallery Roppongi(東京・六本木)で開催。(Photo: H.K)
https://marikatayama.com/
谷澤紗和子|Sawako Tanizawa
──あなたが目指す解放とは?
「世界各地で暴力や虐殺を受けている人々が、一刻も早く解き放たれることを強く求めます」

「家父長制を基盤とする社会構造のなかで内面化され、私自身を矮小化してきた思い込み。それは何であり、どのように形作られてきたのか。作品を制作する過程を通して、その正体を問い直しています」と語る谷澤紗和子。白人男性が主体となってきた「美術」の外に置かれた存在だという切り絵を中心にさまざまな表現方法を横断し、「妄想力の解放」や「女性像」をテーマにした作品を制作する。
本作『ポートレイト』は、男性中心の美術の歴史のなかで価値基準の一つとされてきた女性像を「保留」にした状態を紙で描いた。一人の作家として、フェミニストとして、この時代においてどのような女性像を描くべきなのか——そんな逡巡が浮かび上がってくる。

谷澤紗和子
1982年、大阪府生まれ。京都市立芸術大学准教授。ジェンダーの視点から先達の足跡を追い、マジョリティ中心の社会でかき消された声に着目した作品を発表。白人男性主体の「美術」の外に置かれてきた素材や技法を用いて制作する。アーティストグループ刷音(シュアイン)として参加する「CONNEXIONS|コネクションズ」展が鳥取県立美術館で3月22日(日)まで、個人では3月28日(土)開幕の福岡市美術館「第4回福岡アートアワード受賞作品展」に出展。
www.tanizawasawako.com/
super-KIKI
──あなたが目指す解放とは?
「誰かの権利や命を奪う大きな力に迎合させられることを私は拒絶し、解放を求める」

衣服など身近なもののDIYによって、社会に問いを投げかけるsuper-KIKI。『Selfies』はメイクアップした自身をInstagramに投稿するシリーズだ。一人のうちにある複雑さやジレンマを描くとともに「男から見て美しくない女は価値がない」といった呪いからの解放を促す。そこからは人間を男性と女性だけに分ける二元論、異性愛や美醜の概念を強固にする権力者への抵抗が見て取れる。さらに視線は、パレスチナでの虐殺をはじめとした植民地主義的支配に向けられる。
「強い権力は暴走できる性質を持っている。それを反対側から引っ張りバランスを保つことは、力を持たない私たちの役割です。強い力には価値があるという幻想から解き放たれたいと、そう思います」

super-KIKI(スーパー・キキ)
1984年、神奈川県生まれ。社会に対する疑問やメッセージを、ぬいぐるみでできた横断幕やネオンサイン風のプラカード、衣服などのDIYによって表現する。誰もが無理をせず日常的に声を上げられる方法として、身に着けられる政治的なアイテム「政治的衣服」をECサイトで販売。4月26日(日)『ビッグイシュー日本版』が主催する「りんりんふぇす」(東京・山谷、玉姫公園)にて、政治的なメッセージを刷るステンシルワークショップを行う。
https://superkikishop.com/
Select & Text : Akane Naniwa Edit : Keita Fukasawa
