瀧波ユカリ × トミヤマユキコ対談 少女漫画における「キュン」のゆくえ | Numero TOKYO
Culture / Feature

瀧波ユカリ × トミヤマユキコ対談 少女漫画における「キュン」のゆくえ

少女漫画で数多く描かれてきた、恋するときの「キュン」という胸の甘い痛み。その正体は? 『わたしたちは無痛恋愛がしたい』で恋愛に潜む加害性との戦いを描いている漫画家の瀧波ユカリと漫画研究者のトミヤマユキコに聞く。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2026年3月号掲載)

(左)瀧波ユカリ (右)トミヤマユキコ
(左)瀧波ユカリ (右)トミヤマユキコ

 

“キュン”の裏側に潜む危うい支配関係

──まずは、これまでの少女漫画において、私たちはどのようなものに「キュン」としてきたのか、その変遷から伺えますか。

瀧波ユカリ(以下、瀧)「私は今回のテーマである『恋』を考える上で、実は『アンチ・キュン』の立場なんです。というのも、少女漫画史を振り返ると、私たちがときめきを感じてきた『キュン』という感情は、実は『家父長制』と分かちがたく結びついてきたのではないかと考えているからです」

トミヤマユキコ(以下、ト)「本当にそうですね。『王道』のシンデレラストーリーって、昔から根強い需要がありますよね。ちょっぴりか弱いけれど、魅力的な女の子が、『白馬の王子様』に見いだされ、最終的に『妻』の座を約束される。まさに家父長制ですが、歌舞伎や落語などの古典に近い、『ヨッ、待ってました!』と声をかけたくなる、抗いがたい魅力があるんですよ。読者は、この様式美に惹きつけられ、ときめきを覚える。この構図は、現代でも再生産され続けています」

「王道の作品が支持される一方で、私が惹かれるのは、そのメインストリームの脇を走る『邪道(側道)』の歴史です。かつての作家たちは、商業誌という枠組みの中で『恋愛』という隠れ蓑を使いながら、実はまったく別のメッセージを忍ばせてきました。例えば、萩尾望都さんや竹宮惠子さんら『24年組』(昭和24年=1949年前後に生まれた少女漫画家たち)が少年愛(BLの前身)を通じて性の痛みを耽美として解放し、池田理代子さんの『ベルサイユのばら』が恋愛の物語を装いながらフランス革命という政治劇を描いたように」

「そもそも『男と女が自然に出会い、自由恋愛をする』という物語自体、戦後になって本格的に『開発』されたものですよね。それ以前は、お見合いによる家と家との結婚が当たり前。個人が誰かを好きになろうとすれば、女学校で素敵なお姉様とエス(同性への憧れ、シスターの頭文字からきている)の関係を結ぶみたいな、擬似恋愛的なものしか許されなかった。『いずれ誰かの妻、そして母になる』という、少女時代の終わりが決まっていたんです。だからこそ、できるだけ長く少女で居続けようとする『抵抗』としての恋愛が描かれてきたという側面がある」

「本来『抵抗』だったはずの物語が、いつの間にか『女性の幸せの唯一のゴール』にすり替わっていった。私は『キュン』には二つの種類があると思っています。一つは、相手の弱さや変化を丸ごと慈しむ『慈愛のキュン』。例えば池野恋さんの『ときめきトゥナイト』の真壁くんに対して抱く、相手のすべてを知り尽くした上で育まれる、守り守られるような、母親的な愛情です。そしてもう一つが、支配される側に回ることで快楽を得る『服従のキュン』。家長とそこに従属する女性という枠組みにハマるもので、私が『アンチ・キュン』の立場をとるのは後者の『キュン』が危ういからです」

「かつて『モテ仕草』として流行した『壁ドン』や『顎クイ』も『服従のキュン』の典型と言えますね。かなりもてはやされていた時期もありましたけど、いまはそれらが暴力的だと気づいている人も多そう」

「相手の優位性を確認する仕草にときめくのは、実は自分を明け渡してしまう危うい『警報』でもあるんですよね」

新たな「キュン」は相手に寄り添う姿勢にある

──「服従のキュン」に快感を覚える刷り込みが、現実の人間関係にも影響を与えているのでしょうか。

「深い呪いになっているケースはあるでしょうね。ある女性が『不倫がやめられないのは少女漫画のせいだ』と話していたことがあるんです。同世代の男性は未熟なところがあってときめかないけど、不倫相手の年上男性は徹底して家庭の気配を消し、『王子様』を演じる。彼女にとって、少女漫画のような『お姫様』でいさせてくれるのは、皮肉なことに不倫の恋だったわけです」

「創作物が『いつか素敵な人が現れて幸せにしてくれる』というストーリーを繰り返し供給することで、実際の支配的・加害的な状況に置かれても『これはキュンなんだ』と誤認させてしまう。特に女性向け作品にばかりこの『キュン』が求められ、男性が消費する物語にはその情動がほとんど存在しないことも、非対称的で不気味な点です」

「瀧波さんの『わたしたちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』は、まさにその『キュン』の裏側にある加害性や不均衡を、非常に自覚的に描いていますよね」

「私自身、以前は『恋愛はいいものだ』と信じて疑いませんでした。でも、今の時代に恋愛を描こうとすると、どうしてもその暴力性や、ジェンダーバイアスを無視できなくなります。知識を得れば得るほど、『昔好きだったあのシーン、実はすごく失礼じゃない?』と気づいてしまう。その気づきを、どう物語に落とし込むかが今の挑戦です」

瀧波ユカリ著『わたしたちは無痛恋愛がしたい ~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~(1)』より、通りすがりの男性にわざとぶつかられて転倒した主人公・星置みなみが“フェミおじさん”こと月寒空知に助けられるシーン。みなみは、自分からは触らないようにという気遣いで独特のポーズをする月寒に驚く。 Ⓒ瀧波ユカリ/講談社
瀧波ユカリ著『わたしたちは無痛恋愛がしたい ~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~(1)』より、通りすがりの男性にわざとぶつかられて転倒した主人公・星置みなみが“フェミおじさん”こと月寒空知に助けられるシーン。みなみは、自分からは触らないようにという気遣いで独特のポーズをする月寒に驚く。 Ⓒ瀧波ユカリ/講談社

──『わたしたちは無痛恋愛がしたい』の月寒さんは、世の中の女性への不当な扱いに理解を示し、主人公の痛みに寄り添う姿勢を見せます。

「月寒さんはフェミニストの中年男性、フェミおじさんです。とても優しく接してくれるのですが、作中の主人公・みなみは彼に『キュン』としないんです。意識的にそう描いているのですが、面白いことに、読者の中には、彼の言説や寄り添うポーズに『キュン』としてしまう人が一定数いる。これは発売したあとにわかった大きな発見でした」

「それは新しい現象ですよね! これまでの『キュン』は、俺様キャラが強引に引っ張ることで生まれていましたが、月寒さんの場合は『自分の味方になってくれる』『社会の不条理を言語化してくれる』という知的でフェアな優しさが、読者にとっての新たな萌えポイントに実はなっているという。しかし主人公はどこか冷めている。この温度差が非常に現代的ですよね」

「こういう人物に寄り添われることで、救われる部分もあるけれど、同時に『これは知識を使った新しい支配ではないか?』という違和感も抱いてしまうことも。月寒さんの『善意』が、実は女性をケアの対象として固定化してしまう危険性を考えると、ここで主人公がキュンとする描写にしてしまうのは違うかなと思っていて」

「つまり、読者は『こんなに理解のある男性がいたらいいな』という幻想でキュンとするけれど、作品としては『その幻想自体が、形を変えた家父長制かもしれないよ』と突き放しているわけですね」

一人の人間として尊重しケアし合える関係が理想

──現代の新しい価値観を漫画で届けるために、どのような工夫をされていますか。

「政治やフェミニズムをむき出しで描いてもなかなか多くの人の手には届きません。そこで重要なのが『さじ加減』です。私は『恋愛漫画』という甘いチョコレートのパッケージで包んで届けることを意識しています。読者が『あ、このキュンとする展開好き』と食べ進めるうちに、中にある『構造的な問題』という苦みに気づく」

「その『パッケージング』こそがプロの技術です。海野つなみさんの『逃げるは恥だが役に立つ』や、谷口菜津子さんの『じゃあ、あんたが作ってみろよ』などの作品もそうですが、いきなり正論を突きつけるのではなく、サービス精神がまずあって、エンターテインメントとして読者を楽しませながら、その足元を少しずつ揺らし、崩していく」

「『わたしたちは無痛恋愛がしたい』でも、最初は『クズな男性に恋をする』という、ある種の定番のフックから始めました。でも、物語が進むにつれて、主人公たちはその関係性の不均衡に気づき、自分たちなりの『無痛』なつながりを探し始める。読者と一緒に、これまでの『当たり前』を解体していく感覚です」

「瀧波さんの作品が支持されるのは、決して『恋愛そのもの』を否定しているわけではないからだと思います。相手を支配したり奪ったりするのではなく、一人の人間として対等に向き合うためにはどうすればいいのか。その試行錯誤こそが、今の時代の『恋の物語』に必要な熱量なのかもしれません」

──これからの「恋愛の物語」について、お二人はどのような希望を持たれていますか。

「今まで『期限付き』だった恋愛は、無期限なものになった。ゴールは結婚ではないし、長期的な時間軸で見ていく必要がありますよね」

「恋愛感情も、その先の『対等なパートナーシップ』や『友愛』へ移行するためのステップだと捉えればいいんだと思います」

「本当にそうですね。『夫に今でもキュンとします』という幻想を世の中の全員が信じ込んだら、みんな不幸になります(笑)。キュンがなくなった後、どれだけお互いを一人の人間として尊重し、ケアし合えるか。それが本当の意味での『大人な関係』のはずです」

「現代の若者にとって、リアルな恋愛はリスクが高く、人生の『オプション』になりつつあります。ときめきは『推し』にアウトソースできるし、無理に生身の人間と向き合って傷つきたくないという『無痛』への希求は強い。でも、だからこそ、誰かと深く関わることの面白さや自分を変えていく力としての『恋』の可能性も、新しい形で描けるはず」

「少女漫画を、特定の価値観を押し付ける『呪い』にするのではなく、多様な生き方を肯定する『救い』の図鑑にしていきたい。恋愛を人生のセンターに置いてもいいし、置かなくてもいい。自分が心地よい距離感で、他者と関わっていくためのヒントを、これからも漫画を通じて提示し続けたいと思っています」

 

『わたしたちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』
著者/瀧波ユカリ
発行/講談社
ウェブ漫画サイト「&Sofa」にて連載中。
単行本は8巻まで発売中。
 

『バディ入門』
著者/トミヤマユキコ
発行/大和書房
URL/https://www.daiwashobo.co.jp/book/b10081565.html
 


Photo:Wataru Hoshi Interview & Text:Daisuke Watanuki Edit:Mariko Kimbara

Profile

瀧波ユカリ Yukari Takinami 1980年、北海道生まれ。漫画家、パブリックスピーカー。2004年『臨死!! 江古田ちゃん』(講談社)でデビュー。講談社のウェブ漫画サイト「&Sofa」にて『わたしたちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~』を連載中。単行本は8巻まで発売。フェミニスト・インスティゲーターとして、各地でフェミニズムについての講演も行う。
トミヤマユキコ Yukiko Tomiyama 1979年、秋田県生まれ。ライター、漫画研究者。白百合女子大学准教授として、少女漫画論やサブカルチャー論を教える。著書に『バディ入門』(大和書房)、『労働系女子マンガ論!』(タバブックス)、『女子マンガに答えがある! 「らしさ」をはみだすヒロインたち』(中央公論新社)ほか。NHK高校講座「家庭総合」のMC も務める。
 

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