
改名以降、10シーズンにわたりコレクションを発表してきたピリングス(pillings)。その節目に際し、今回ブランド初となる書籍「pillings knitting works 2020-25」を刊行した。さらに、10月10〜13日に開催された国内最大級のアートフェスティバル「MEET YOUR ART FESTIVAL 2025」では初となるアート展示を行うなど、ファッションの枠を超えて表現の可能性を広げ続けている。

職人を抱えるメゾンのシステムが存在しない日本で、それに近い形態を目指し活動を始めた2020年。それ以降デザイナーの村上亮太は、日本全国の手編み職人とのつながりを大切にしながら、pillingsならではの表現を丁寧に築いてきた。「pillings knitting works 2020-25」では、その中から厳選した22点の写真と編み図を収録。単なる編み物の教則本ではなく、デザインや制作の背景、編み手たちの想いに触れることができる一冊だ。
今回、書籍販売を記念して開催されたアーカイブ展を訪ね、村上亮太にこれまでの制作について話を聞いた。

──10シーズンを振り返り、一番思い入れのあるコレクションを教えてください。
「2023年秋冬コレクションは、特に記憶に残っています。ぼこぼことした形の服を初めて制作したのですが、リファレンスがなく、そもそも出来ているかどうかの判断基準もなかったので、何も分からないまま進めていたシーズンでした。本番のリハーサルもうまくいかなくて、『もうダメかも……』と思っていましたね。それを察したスタイリストの髙橋あいさんが、バックステージでモデルたちに『今季のコレクションはこういうテーマだからこうやって歩いてほしい』と大演説してくれたんです。熱を持って伝えてくれたおかげで、現場の空気がガラリと変わって、とても良いショーになったと感じています」


──フィナーレで、モデルが微笑みながら登場したのも印象的でした。
「実はそれも、本番が始まる5分前くらいに、演出家の保科路夫さんが『フィナーレだけ笑顔にするのはどう?』と提案してくれたんです。しかも直接ではなく、インカム越しに(笑)。終始“困っていた”ということで一番印象的なコレクションでしたが、今振り返ってみると、そうやってギリギリまで悩んで進めていたことが、結果的に良い方向に行ったのかなと思っています」

──歪な形は、どのようにニッターさんに伝えているのですか。
「絵を描いたり、平面の紙に粘土で山のようなものを作ったりして、かなりざっくりとしたイメージを共有しています。本来、編み図というのは理屈の世界で、完璧に考えられたものなのですが、自分はニットについて専門的に学んでいないので、どうしても感覚的な伝え方になってしまう。いつも無茶ばかり言って、それをニッターさんたちが何とか形にしてくれていて。そんな関係性でやらせてもらえていることが、本当に幸せなことだと思っています」


──今までで一番大変だった作品は?
「2020年秋冬コレクションで発表した、『Google Map』です」

「ちょうど今のチームと初めてコレクションを作るタイミングだったのですが、ニッターさんたちもファッションショーをすごく楽しみにしてくれていて。みんなでお茶を飲みながら『私、渋谷なんて行ったことないわ!』『迷っちゃうかも』なんて話していて、そこから“地図”というアイディアが生まれました。だけどいざ作り始めてみたら本当に大変で。まずは渋谷付近のかなり広い範囲の地図を、全てブロック状にデータ化していくところからスタートしました。それをもとにニッターさんたちがドット状の編み図に起こしていきます。さらに、編み上がったピースを手作業で纏っていくという作業もあって……。これまでで一番多くの人が関わり、手間も時間もかかったアイテムだと思います」

──日常からインスピレーションを得ているイメージがありますが、それはふとした瞬間に降りてくるのですか。
「そういう時もあるのですが、基本的には“分からないもの”に興味があって、『こういうことを考えてみたい』と思うところから制作が始まることが多いです。なので、初めから明確な答えを持っているわけではありません。見た人が何かを感じ取り、自分なりに考える——そういう余白が好きですし、表現物はそういうものであってほしいと思っています。これまで影響を受けてきた作品の多くも、“自分のことを言われている”と感じるようなものだったので、誰かにとってもそんな風に感じてもらえるものになればいいなと、心のどこかで願っているのかもしれないですね」

──10シーズンを経て、大きく変わったことは何ですか。
「ブランドをスタートした時は、ニッターさんたちと一緒にものづくりをしているということを多くの人に知ってもらいたいという思いがありました。そうすることで、ものづくりの姿勢や大切にしていることが伝えられる思い、映像を制作したり、ルックブックにはニッターさんを登場させたり、洋服にも名前を入れたりと、背景をしっかり見てもらえるようなものを展開していました。そして、少しずつブランドが認知されてきたタイミングで、今度は“表現”という部分に意識が向くようになりました。自分が思い描く女性像や人間像を、より明確にコレクションに込めたいと感じるようになったんです。ピアノを吊ったコレクション(2022年秋冬)をきっかけに、ブランドとしての意思をどう視覚化していくか、人間像をどう提案していくかという方向へとシフトしていきました」

──今後目指していきたいことは?
「一見奇抜なことをやっているように見えるかもしれませんが、根本にはいつも“ベーシックなものが作りたい”という思いがあります。プロダクトで言うと、ブランドの顔となるような定番アイテムをもっと増やしていきたいですね。クリエイションにおいては、やはり『知らないこと』に挑み続けたいと思っています。チャレンジしていく姿勢は変わらずに大切にしたいことです」
──ひとつひとつの挑戦が、今のかたちに繋がっているのですね。
「ベーシックと言っているのも、まだ自分の中で完成してないからで、そこに到達した時には、きっとまた違う目標が生まれる気がしています。でも、ファッションは時代と並走しているものだと思うので、その時々で『今どういう時代なんだろう』とか、『今何が必要か』など、そういったことを考えたものが自然とテーマになってくると思います。時代ときちんと向き合いながら、これからもコレクションを作っていけたらと思っています」

pillings
URL/https://pillings.jp/
Instagram/@pillings_
Edit & Text:Makoto Matsuoka



