いま映画界で多くの女性監督たちが業界の偏りに声を上げ、目を向けられてこなかった女性の物語を紡いでいる。映画ライターの児玉美月が注目する5名を教えてくれた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年10月号掲載)
これまで主に男性監督が占有してきたジャンルを、女性視点で新たに焼き直す試みが特に面白い。例えば、ハリナ・ラインは『氷の微笑』(1992年)や『幸福の条件』(93年)といった90年代のエロティック・スリラーがいかに女性に対して懲罰的であったか疑問に感じたことを一つのきっかけとして、深層に潜んでいた欲望を探求する中年女性を肯定する『ベイビーガール』を生み出している。それでいえば、74年に公開されるや大ヒットを記録した官能映画『エマニエル夫人』を再解釈し、『エマニュエル』(2024年)でエマニュエルに主体性を与え、自立した女性を構築しようとしたオードレイ・ディヴァンも、その系譜に名を連ねて然るべきだろう。
あるいは、月経や妊娠、出産など“痛み”と不可分である女性の身体を巧みに利用したホラージャンルで近年、特にコラリー・ファルジャや、既存の「女らしさ」なる概念を挑発するような攻撃的で破壊的な女性を描いた『TITANE/チタン』(21年)のジュリア・デュクルノーといった監督らの活躍が目覚ましい。かつては「聖女」あるいは「悪女」の二項対立でしか描かれてこなかった映画における女性像が、こうして女性監督たちの手によってより多様になってきている。
現代社会を生きる若者のリアルに迫る新鋭

山中瑶子
映画を学ぶために入った大学を中退し、自力で映画製作を始めた山中瑶子は、唯一無二の感性で独自の道を切り開く、今後が最も期待される若手監督の一人。主演の河合優実との奇跡の化学反応によって生まれた『ナミビアの砂漠』で、二人の男性の間を揺れ動く等身大の女性カナを描き、多くの共感を呼んだ。

『ナミビアの砂漠』2024年
監督・脚本/山中瑶子
出演/河合優実、金子大地、寛一郎
Blu-ray ¥6,600 発売中(発売・販売元:ハピネットファントム・スタジオ)

性に関する「タブー」から女性を解放する

ハリナ・ライン
オランダ出身の俳優として映画や舞台などで活躍していたハリナ・ラインはニューヨークへと移住し、その経験を生かして映画監督にも進出。ニコール・キッドマンとタッグを組んだ最新作『ベイビーガール』では、これまでなかなか可視化されてこなかった中年女性の欲望と情事を赤裸々に描いて注目を集めた。

『ベイビーガール』2024年
監督・脚本/ハリナ・ライン
出演/ニコール・キッドマン、ハリス・ディキンソン
Prime Videoで配信中
女性にまつわる社会問題を鋭利にえぐり出す

コラリー・ファルジャ
デミ・ムーア主演でルッキズムなどの社会問題を風刺したボディ・ホラー『サブスタンス』が、日本でも話題になりヒット。一貫してメイル・ゲイズによって描かれてきたスクリーン上の女性の身体を捉え直そうとする試みを実践している。映画界のジェンダーギャップを是正するための活動に関わるなど、フェミニストの側面も持つ。

『サブスタンス』2024年
監督・脚本/コラリー・ファルジャ
出演/デミ・ムーア、マーガレット・クアリー、デニス・クエイド
U-NEXT、prime videoほかでレンタル配信中
見たことのない斬新な女性像を生む個性派

ローズ・グラス
デビュー作『セイント・モード/狂信』(19年)で気鋭のスタジオA24がその類まれな才能に惚れ込んだという、ローズ・グラス。最新作『愛はステロイド』が日本では8月に劇場公開となる。同作はトレーニングジムで働く女性とボディビルダーの女性の破天荒なラブロマンスだが、彼女の映画には常にレズビアンの性/生へのまなざしがある。

『愛はステロイド』2024年
監督/ローズ・グラス
出演/クリステン・スチュワート、ケイティ・オブライアン
8月29日(金)全国ロードショー
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“歌って踊るインド映画”のイメージを刷新

パヤル・カパーリヤー
自身が生まれ育った土地である大都会ムンバイを一つの舞台とした『私たちが光と想うすべて』で、インド映画では珍しい女性のヌードや性行為などの描写を果敢に取り入れた。現代芸術の領域で著名なアーティストである母親の元で培われた確かな美的センスで、女性たちの紐帯と連帯を詩的に紡ぎ出している。

『私たちが光と想うすべて』2024年
監督・脚本/パヤル・カパーリヤー
出演/カニ・クスルティ、ディヴィヤ・プラバ、チャヤ・カダム
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかで全国公開中
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Text : Mizuki Kodama Edit : Aika Kawada Photos:Aflo
