作家、くどうれいんと歌人の染野太朗による短歌集『恋のすべて』が発売となった。小誌での一年半にわたる連載、そして書籍化にあたっての思いとは。「恋」に全力で向き合った二人に聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年11月号掲載分を先行公開)

──くどうさんが染野さんの歌集『初恋』を読んだことが、連載企画を立ち上げるきっかけの一つになったと以前の取材で伺いました。
くどう(以下K)「実は『初恋』を読む前に、『あなたもいずれ恋を書けなくなる』という意味のことを言う先輩方がいてガーンとなったんです。でもそれを言われる前から、年齢を重ねるにつれて手放すものもあるんじゃないかという予感を自分自身持っていたんですよね。『やっぱり恋ってどんどん書けなくなるのかな?』とべそをかいていたときに読んだのが染野さんの歌集。私も短歌で恋を書きたいと感じたんです。染野さんは歌人としてのキャリアも年齢も私より上ではあるけれども、こんなにヒリヒリするものを書けるなんて、ってそのときの私にとって、あの歌集はとても希望があるものでした」
染野(以下S)「くどうさんがおっしゃったような焦りとか怖さっていうのはすごくわかって。実は『初恋』を刊行した後に『恋をするとか恋の感情みたいなものって、これからちょっとずつ減っていくのかな?』ということを僕も感じていたんです」
K「もし恋が書けなくなるのだとしたら、すごく大きなものを失うんじゃないかという焦りももちろんありましたけど、別に結婚しようと年を重ねようと、恋とか恋のような情熱を描くことが一生封印される、禁止されることってないんじゃないかとも思って。そのことを何か作品で証明しないと気が済まない気持ちをずっと持っていて、やるなら自分と違う詠み方ができる人とお互いの短歌を刃のように合わせながらやりたいと考えたときに、染野さんが光り輝いて見えたんです」
S「まずはくどうれいんという一人の表現者から声をかけてもらえたことはうれしかったし、それに応えたいと思ったんです。それから、実際に恋をしていないときでも熱量の高い作品をまた作れるか、僕もチャレンジしてみたいと思ったんですよね」
K「『そんなにいきなり恋が閉ざされていい訳なくないですか?!』みたいな話を、確か二人で喫茶店でしたんですよね。それまで染野さんは私の中では憧れの先輩歌人という存在だったのですが、こんなにわかり合えた気にさせてもらえる人っていないような気がして。そこから『一緒にやるなら染野さんしかいない』となり、二人での連載企画を編集部に持ち込んだんです。でも当時、自分一人での創作に少し行き詰まっていて、何か予想もしないようなことをやらないと自分を保てそうにもない時期でもあって。月に一度、染野さんと一緒に連載で創作をする楽しさのおかげで、私一人の仕事のモチベーションが保てていたと思います。この連載をやれていなかったら、もう少し気が塞いでしまったのではと思うので、あのとき猛進してよかったなって思っています」
──染野さんは連載を通して受けた影響が何かありましたか。
S「めちゃくちゃあります。『何か表現したい』という気持ちにばかり頼らなくても、創作の仕方はいくらでもあるということを知ることができたし、あと、とにかくくどうさんがすごいんですよ。例えば歌の推敲にしても、明らかにより良くなったものを短時間で上げてくるので『こういうふうに直すんだ、こんなに良くなるんだ』って勉強になるし、誌面にどちらの歌を先に載せるかというやり取り一つからも学ぶことがあって。そういったことの積み重ねが『僕はこのまま長く短歌を続けられるぞ』という自信につながりましたね」


短歌とデザインの相乗効果
──デザイナーの北岡誠吾さんによる誌面デザインも毎回見応えがありましたが、特にお二人の印象に残っている回を挙げるなら?
K『嫉妬』(2024年11月号)は、濃い赤みたいなイメージで歌を作っていたんですけど、紺色の背景に黄色と水色の円が配置されたデザインが上がってきたときに『そうか、嫉妬って赤いだけじゃないよな』と思って感銘を受けました。その影響で歌も〈赤いだけの嫉妬を過ぎて闇に眼が慣れた瞼のうらがわの紺〉に直しました。あと『yellow』(24年6月号)の回は、白と黄色だけなのにテクスチャーがすごくきれいだなと思って。短歌も限られた制約の中でどこまで表現できるかみたいなところがあるので、そういう意味でも相乗効果があったような感覚がありました。
S「僕は初回の『ふれる』(24年5月号)が結構好きで。くどうさんの歌と自作だけでなく、北岡さんのデザインなどとの響き合いを初めて誌面で具体的に実感できて感動しました。掲載号の特集テーマである『白と黒』とも呼応してましたし。どの回も好きですけど、そのときの喜びや表現する楽しさみたいなものの鮮烈さが忘れられません。
K「誌面デザインが上がってきたとき『毎回こんなかっこいいことしてもらえるの?!』みたいな反応をしていましたよね」
S「『そんな贅沢いいの?!』って。そういうときって、自分しか得してないような気持ちになるじゃないですか。それが起きましたね。『こんな得しちゃっていいの?!』って」

「恋」から『恋のすべて』へ
──連載をまとめた『恋のすべて』ですが、書き下ろしも豊富で、連載を読んでいた読者も、新たな楽しみを発見できそうです。
K:書き下ろしの歌を書き上げたときに「この本はすごいものになるぞ」という感覚があって。連載ではポップな言い回しとかにもチャレンジしたのですが、本になったときの最終章までの一連の流れを考えたとき、ともすればそういった歌がノイズになるのではないかと考えたところが大いにあって。その違和感を、もう少し自分の手馴染みの良いところまで戻す作業をしました。推敲をさらに重ねて直していった先に、元の歌の言葉が一つも残っていなかったりもするので、連載を読んでくださった方からすると結構変わっているところはあると思います」
S「僕は、今回は推敲の延長という感じで、曖昧さとかわかりにくさを解消する方向だけでしたね。僕は自分で自分の歌に手を加えると悪くなることもあるから、あまり手を入れたくないんですけど、くどうさんは絶対に良くしてくる上に、すごく自分の作品を客観視できるんですよ。5首単独ならこれ、染野の歌と並ぶならこれ、デザイン込みならこれ、書籍ならこれと、客観や俯瞰のレベルが最初は1メートルくらいの高さにあったのが、最終的には宇宙まで行ってしまうような」
K「いや、最初から宇宙のレベルで直さなきゃいけないのにさあ…。私はどの視点から見られても強度のある歌を一発目で出すということは、ものすごくかっこいいと思っているので『最低限のノイズになるところだけを直す染野太朗は、やっぱりかっこいいな』と感じました」
──『恋のすべて』とukaとのコラボレーションも楽しみです。
S「僕は編集者さんにukaのネイルオイルを以前に頂いて、そこからシャンプーを使ったり、人にプレゼントしたりと、普通にファンだったので、こんなありがたい話ある?とちょっと怖かったくらいです」
K「怖かった、怖かった。私はukaのネイルやスカルプブラシを日頃から愛用していることもあり、コラボ相手としてあまりに大きすぎて『罠じゃないですか?』ってなりました」
──時間をイメージした2種類のネイルオイルのために書き下ろされた短歌も素敵でした。
K「めちゃくちゃ早かったですよね、全部で4首できるの」
S「うん、早かった。僕はもう本当に使ったときの印象を、そのまま歌に込めたという感じで。『7:15』は香りから光の、『24:45』はちょっとエロティックなイメージが湧いたので、それをそのまま加工せずに作ったイメージがありますね」
K「私はネイルオイルとのセットになる短歌だということを考えたとき、一緒に気持ちが高まる短歌にしたいという気持ちがあって。なので『7:15』は朝の気合を入れるというか、少し決意のあるような詠み方にしていて。『24:45』はセクシーな一面もあるなと思ったんですけど、染野さんがそこを担ってくれたので、もう純粋な『会える、うれしい』といったイメージで詠んでみた感じです。でも本ができるだけでありがたいのに、このコラボレーションは願ってもない感じでうれしいです。短歌からここまで発展することができるんだ、展開できるんだという高揚感がありますし、日常に寄り添ってくれるものとして存在するというのがすごく楽しみですね」

──発売を控えた今の心境は?
S「作者として連載はやり切った感じですが、書籍に関してはまだ何もイメージできなくて。どんなふうに届くのか、どんな感想をいただけるのか…初めてのことだらけなので、ここからはくどうさんに付いていきます(笑)」
K「『恋のすべて』がどういう人にどう届くのか緊張もしているんですけど楽しみで。新しい一冊ではあるものの、ものすごく王道でクラシックな一冊でもあると自信を持って言える本になったのは、やっぱりこの座組み、かつ染野さんと一緒でなければ叶わなかったなと思っています」
S「短歌の本をまだ読んだことがないという方にもおすすめできる一冊です。それから、デザインとか紙質とか、こだわりの造本にも注目していただきたいです。実際に手に取ってこの迫力を感じてほしい…」
K「夢のように贅沢な一冊になりました。〈あなたに贈る恋のショート・フィルム〉と帯にあるんですけど、どのページを開いても、恋をしているときの心の内側に深く潜っているような短歌が並んでいます。『いま恋をしています』『忘れられない恋があります』という人にはもちろん、『恋ってもう自分のための言葉ではないな』って思っている人にもぜひ読んでほしいですね」

『恋のすべて』
作者/くどうれいん 染野太朗
発売日/2025年9月19日予定
価格/¥1,870
体裁/四六版
ページ数/136P
発行/扶桑社
*全国の書店、およびネット書店で発売中。一部書店で著者直筆のサイン本の販売があります。詳しくは各書店様にお問い合わせください。
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Photos:Wataru Hoshi Hair & Makeup:Mitsumi Uesugi(Rain Kudo) Interview & Text:Miki Hayashi Edit:Mariko Kimbara
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