金原ひとみインタビュー「変わりゆく時代に私たちはどう生きるか」 | Numero TOKYO
Culture / Feature

金原ひとみインタビュー「変わりゆく時代に私たちはどう生きるか」

時代の変化に取り残され、溺れもがく人々を鮮烈に描いた金原ひとみの最新作『YABUNONAKAーヤブノナカー』。さまざまな立場の8人の視点で時代と向き合った金原に、時代に取り残されず柔軟に生きる方法や未来への希望について聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年6月号掲載)

ドレス¥479,600 シューズ¥220,000/ともにBottegaVeneta(ボッテガ・ヴェネタ ジャパン)
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フェミニズムと向き合った
一つの集大成としての作品

──約2年にわたり文芸誌『文學界』連載された『YABUNONAKA』ですが、登場人物たちに起こる個々の出来事がつながって大きな物語が展開していく遠大な作品でした。書き始める前には、かなりプロットを決め込まれていたのですか?

「性的搾取の告発があり、それらをめぐるそれぞれの視点人物の思いがあり、衝突があり、最終的にはぼんやりとこんなラスト、とざっくりポイント、ポイントで考えてはいましたが、その間の動きなどはそこまで決めずに書き始めました。いまは世界の動きが激しいときなので、カチッと決めてしまうと波に乗っていけないんじゃないかという気がしたので、できるだけ潮流に身を任せられるよう、柔軟でいたいと考えていたんです。実際、2年弱くらい連載してきて、『書き始めた頃と自分の意識が微妙に変わったな』とか『ここは明確に変わったポイントだな』というところがけっこうあって、書籍化にあたって修正した部分もあります」

──8人の視点で書くことは最初から決めていたのですか?

「ここまでの人数になるとは思っていませんでしたが、一人称多視点は考えていました。性加害の問題って、年代や男女によっても、時代によっても捉え方がかなり変わるんですよね。なので、老若男女、できる限りのキャラクターを盛り込んで書きたいと思っていました」

──意見を異にする二人の登場人物たちが対立する様子を、さらに違う考えを持つ人物の視点で描いたシーンは、現代において絶対的な道理がないことを実感させられる凄みがありました。

「そう言ってもらえてよかったです。この二人の対峙を思いついたとき『これは疲弊するだろうけど、良いシーンになるだろうな、思い切り書きたい!』とワクワクして、すごく興奮しながら凄惨な罵り合いを書いたんですよ。どちらかからの視点で書くと絶対にモノローグが勝ってしまいフェアでないところが出てくるし、一方に加担はしたくなかったので別の視点から書きたいという思いから、第三者視点の回に盛り込みました」

──昨今、性的搾取や性加害の問題が明るみになり、フェミニズムにおける大きなテーマにもなっています。このテーマと向き合おうとしたきっかけは何だったのでしょう?

「もともと、いずれは書かなきゃいけないだろうし、自分も真っ向から書かなければならない問題だと思っていました。ただ、どこの視点に自分を固定するか迷っていた部分もあって。40代とか50代くらいの女性たちはみんな覚えがあるでしょうけど、そこに声を上げてこなかった経緯や、見過ごしてきたかもしれないという罪悪感があったりもするので、時代が変わったからといって、いきなり大きな声を上げることに抵抗があったというのもあります。でも変化の中で、いま逆に声を上げないことや表現しないことが別の意味を持ってしまう、それ自体が主張になるような状況でもあります。なので、このタイミングで一度、時代と向き合うという意味もこめて、集大成的なものを書きたいという気持ちもありました」

──メインキャラクターの一人である友梨奈の年齢を43歳にしたのは、声を上げなかった経験のある人物として描きたかったからですか?

「自分たちの見てきた時代がどんどん現代では通用しなくなっていく、移り変わりを目の当たりにしてきた年代にしたかったんです。いまの若い人の目から見て老害扱いされているような編集者の木戸が、軽蔑に値する男性として描かれていますけど、でも友梨奈自身は木戸とも普通に仕事をしてきて、彼らが活躍している時代も知っている。その時代が終わっていく様を、近いところで目にしてきた人であり、その移り変わっていく時代の中でこれからも生きていかなければならない世代でもあるので、割と相対的に物事を見られる年齢なんじゃないかと思ったんです。私自身いま41歳で、上の世代と下の世代の断絶というのをものすごく感じていて。どうにかして溝を埋められないかということも考えるようになってきたので、共感しやすい世代でもあります」

誰もの心の中にある有害な部分や加害性

──友梨奈だけを主人公にしても作品として成立しそうなのに、なぜそこに木戸もメインキャラクターとして持ってきたのですか?

「時代とともに消えていく人が持っている虚しさとか、かつて彼らが興奮していたものとか、目指していたものとか、やっぱり笑えないんですよね、私は。木戸的な、邪悪なものを自分自身も持っていると思うし、自分もこれからベルトコンベアに載って潰えていくことを知っているので。そこを完全な他者として描くよりは、彼自身の視点で今の世界がどう見えているのか、いま自分がどういう存在であるのかということを把握しかねている様子だったりを書きたかったんです」

──木戸のような「おじさん」に属する人たちは、金原さんにとってどんな存在ですか?

「なんだろう……たぶん自分の中にも木戸はいるし、有害な部分はあるはずなんです。なので木戸を単なる悪者とか老害として切り捨てるような書き方はしたくなかったんです。それはやっぱりみんなの心の中にちょっとずつあるものかなと感じています。主に30代以上の人たちが、どんどん暴走していったり枯れていったり破滅していきますが、それぞれの人は大して凶悪なわけではない。普通の人が持ち得る欲望や、嫌悪、邪悪さによって身を滅ぼしていくんです。

例えば、友梨奈が持っている、間違っているものを徹底的に潰さずにはいられない『悪のような正義感』というのは私も強くあります。もちろん私はあんなふうにエクストリームなやり方はしませんが、一歩間違えばああなる可能性があるし、木戸のように枯れていく可能性もあるし、五松のように羽目を外してしまうかもしれない。自分も書きながら、これからの時代を中高年として生きていく難しさについて考えざるを得ませんでした」

絶対的な真理がない時代をサバイブしていくために

──絶対的な正解や間違いがないという感覚は、今後どう変化するように予感していますか?

「『正解』と『間違い』がグラデーションのように移り変わっていく時代なのかなと思います。ずっと昔から移ろってきているんだけれども、いまはすごい速さで変化しているから、取りこぼされてしまう人たちがいて、そこで分断が生じているのではないでしょうか。各々がそれなりの柔軟性を持って変化に適応していかなきゃいけないし、慢心せず気をつけなきゃいけないことなんですが、このまま相対主義的な考え方に終始してしまいそうで怖いなというのはありますね。

──そんな状況の中で、私たちが個々にできることはありますか?

「私は、フランスに住んでいたとき、人の目がどうでもよくなったんですよね。他人からどう見られていようが、本当に心の底からどうでもいいと思っていて。それってやっぱり街の空気というか、無関心がそうさせていたんでしょうね。みんな『人からどう見られようがどうでもいい』となっているから『自分だけが気にしていてもしょうがない』っていう感覚になったんですが、そういう生活ってけっこう気楽だったんです。

人にどう見られるかっていうことを考えて先回りして動いていくことをしなくなって、純粋に思いついたことをパッとできるような身軽さを持てたりもして。なんだかんだで、人との距離感はそのくらいのほうが良いのかもしれないです。期待もしないし、見返りも求めずに他人と関われば、考え方が違う人同士でも仲良くとまではいかなくても同じ空間に生きていくことは可能になるような、無関心がつくり上げる心地よい領域があると思うんです。『頼らないし、期待しない。求めないし、求められない。傷つけもしない』っていう、そのくらいの距離感を保っていくことが、この殺伐とした時代を生き延びるためには必要なんじゃないかなと思っています」

──断絶するよりはずっといいですもんね。

「期待をしすぎない、求めすぎない、自分は自分のことにのみ集中力を向ける生き方のほうがいまは楽なんじゃないかなと思います。もちろん、だからといって閉じすぎると老害になりかねないので、バランスは難しいですが」

──時代の変化に敏感になるために意図的にされていることは何かありますか?

「世代を超えて人と付き合うということはできるだけやっていきたいなと思っているし、子どもたちに対しての聞き取り調査じゃないけれど『これについてみんななんて言ってる?』とか、それこそ映画の感想とかを聞いたりするのも『そんな見方をするのか』とか、けっこう違いが表れて面白かったりします。そうやって、できるだけ自分から遠い環境の人ともコミュニケーションを取ったり、意見を聞いたりすることで『えっ、そういう人がいるんだ』という驚きを常に取り入れていきたいです」

──「この感覚のアップデートはする/しない」みたいな判断はどういった部分でされていますか?

「現代における変化って、それなりの必要から生じている変化だと思うんですよね。いまの日本は、先進国に遅れをとっているところがあるので、現在進行形で起こっている変化、性加害に声を上げるようになってきたりとか、社会がそういうものを許さない方向に舵をきったこととか、そういう変化は遅すぎたくらいだと思います。若者たちが合理性を重んじる生き方を選ぶようになってきていることに関しては、それなりの必要があっての変化だろうけど、ちょっと『やりすぎじゃない?』と思うところもあるし、『そういったものを切り捨てることは、自分自身を切り捨てることにもなりかねない』という心配もあります。非合理の中にしかない居場所や、救いもあるので、そこを切り落とさないで欲しいなと思います」

次の時代を生きていく若い世代への期待

──若い世代の変化についていけない人は少なからずいると思うのですが、どうしたら金原さんのように柔軟な姿勢を取れるでしょうか?

「でも私が言っているのって、けっこう理想論で。やっぱり組織の中にいないので、具体的な支障が生じてきた場合はちょっと変わってくるんだろうなと思います。『若者の最近の変化、いいじゃん!』と言っていたら、それこそ私と同世代の人とかが『いまはもう新人に任せられないようなことを、自分が巻き取ってやらなきゃいけなくなっている』と言っていて。『こういうことを新人に任せるのは良くないよね』っていう風潮の中で、昔それを担ってきた人たちはスキルがあって楽にできるからこそ、そこにしわ寄せがいってしまっている、そういう話を聞くと自分は机上の空論しか語っていないんだなと、やっぱり当事者だったら全然違うだろうなとも痛感します」

──娘さんの影響ももしかしたらあったりするでしょうか?

「それはありますね。自分自身が流れゆく時代の産物でしかないという意識が、最近とても強くなりました。その意識によって、すごく若者に対して優しくなりました」

──前は優しくなかった?

「誰に対しても優しくなかったし、みんな敵だと思っていました(笑)。いま周りが全て敵に見えている人に対しても『まあそうだよね』ってなりますね。いまは割と全面的にどんな人でも受け入れたいし理解したい。その気持ちが『YABUNONAKA』でこんなにキャラクター数を作って、それぞれの一人称で書いてみようと思った要因の一つだと思います」

──あと、金原さんが新人作家の方の帯コメントをたくさん書かれているのを見ると、すごくオープンでいるのと同時に、若手に対して希望を持っていることが伝わってきます。

「若手に限りませんが、新しい書き手への希望は持っています。私には書けないものがガンガン生まれているので。小説って、時代と著者との掛け算みたいなものだと思うんです。その時その人にしか書けないものがあって、とんでもないものが生まれたりする。そういうものが生まれる瞬間に立ち会うことができるって同じ時代に生きていられることの特権ですよね。まだ世に出ていない作品の読者になれるのは、すごく光栄なことです」

──刺激になりますか?

「なります、なります。受賞しない作品でも、刺激を受ける作品ってたくさんあって。『こんな視点があるのか』とか『こんな書き方をする人がいるんだ』とか、全体的な傾向が興味深いときもあるし、それぞれから栄養をもらっている感じです。やっぱり前提として、小説が好きなんですよね」

【金原ひとみを構成するもの】

金原ひとみの頭の中とは一体? 人生の中で大きく影響を受けた小説、映画、音楽アルバムから、最近ハマっている食べ物、飲み物、愛用ファッションアイテムまでを聞いた。

CINEMA

1.デヴィッド・リンチ『ロスト・ハイウェイ』(1997年)©1997 Lost highway Productions.
1.デヴィッド・リンチ『ロスト・ハイウェイ』(1997年)©1997 Lost highway Productions.

2.アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ『アモーレス・ペロス』(2000年)© 2000 Altavista Films S.A. de C.V. / Z Films S.A. de C.V., México. All Rights Reserved.
2.アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ『アモーレス・ペロス』(2000年)© 2000 Altavista Films S.A. de C.V. / Z Films S.A. de C.V., México. All Rights Reserved.

3.ジャン=リュッ ク・ゴダール『軽蔑』(1963年)© 1963 STUDIOCANAL - Compagnia Cinematografica Champion S.P.A. - Tous Droits réservés 2.3.はともにU-NEXTで配信中。
3.ジャン=リュッ ク・ゴダール『軽蔑』(1963年)© 1963 STUDIOCANAL - Compagnia Cinematografica Champion S.P.A. - Tous Droits réservés 2.3.はともにU-NEXTで配信中。

「『軽蔑』(3)や『アモーレス・ペロス』(2)はすごく気に入って、延々リピートで流していた時期があって。その世界の中で生きていたいと思う時期があったんでしょうね。リンチ作品はやっぱり『ロスト・ハイウェイ』(1)が私の中では一番印象に残っている、ショッキングな映画。サントラを買って、ずっと聴いていました。緊張感が高まるので、執筆中に流すのにも適しています」

MUSIC

1.さよならポエジー『SUNG LEGACY』
1.さよならポエジー『SUNG LEGACY』

2.ELLEGARDEN『ELEVEN FIRE CRACKERS』©GROWING UP Inc.
2.ELLEGARDEN『ELEVEN FIRE CRACKERS』©GROWING UP Inc.

 3.マイケル・ジャクソン『スリラー』©aflo
 3.マイケル・ジャクソン『スリラー』©aflo

「選ぶのにすごく悩んだのですが、アルバムならELLEGARDEN『ELEVEN FIRE CRACKERS』(2)、さよならポエジー『SUNG LEGACY』(1)、あと小学生の頃にハマったマイケル・ジャクソン『スリラー』(3)。音楽の趣味はけっこう更新していっていますね、どんどん新しいバンドも聴いているし。先日ツタロックフェス
2025に行ったら、今年はずいぶん若手のバンドが多くて。“ついていけるかな? ”と不安だったんですが、ちゃんと出会いや発見がありました」

BOOK

1.村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』(講談社文庫) Photo:Koji Yamada
1.村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』(講談社文庫) Photo:Koji Yamada

2.オー シュ卿(ジョルジュ・バタイユ)『眼球譚[初稿]』生田耕作/訳(河出文庫)Photo:Koji Yamada
2.オー シュ卿(ジョルジュ・バタイユ)『眼球譚[初稿]』生田耕作/訳(河出文庫)Photo:Koji Yamada

3.オルハン・パムク『無垢の博物館』上・下 宮下 遼/訳(ハヤカワepi文庫)Photo:Koji Yamada
3.オルハン・パムク『無垢の博物館』上・下 宮下 遼/訳(ハヤカワepi文庫)Photo:Koji Yamada

「小説を読み始めたのは父親(翻訳家の金原瑞人)が買ってきてくれた本がきっかけでした。当時は“余計なお世話!”みたいに思っていましたけど(笑)。『コインロッカー・ベイビーズ』(1)と『眼球譚』(2)を読んだのは中学生の頃。『眼球譚』は “小説はどこまででもいけるんだ”ということを教えてもらった一冊。『無垢の博物館』(3)を読んだのは30歳くらいの頃で、パムクは影響を受けている作家の一人ですね」

FASHION

ル・シティ M バッグ( W38.5×H24×D13.5 cm)¥413,600(予定価格)/Balenciaga(バレンシアガ クライアントサービス)
ル・シティ M バッグ( W38.5×H24×D13.5 cm)¥413,600(予定価格)/Balenciaga(バレンシアガ クライアントサービス)

「ブランドはヨウジヤマモトとか好きですね。お気に入りのファッションアイテムは、2011年からずっと使っているバレンシアガのル・シティ。ちょこちょこ新しいバッグは買うものの、必ず戻ってきてしまいます」

FOOD & DRINK

シャロンベイラム ピュア ¥7,700/Chalong Bay(アトランティック)
シャロンベイラム ピュア ¥7,700/Chalong Bay(アトランティック)

「食べ物は雲丹とか甲殻類とかうま味系のものが好きですね。特に牡蠣は大好き。外にしばらく出ていないときには“寿司食べたい”って思います。お酒はビールと酎ハイを毎日飲んでいるんですが、深酒するときは日本酒やワイン。日本酒は鳳凰美田が好きです。あとタイ旅行中に行ったシャロンベイの醸造所ツアーで飲ませてもらったホワイトラムが、鼻に抜けていく香りの良いもので。買って帰ってきたのをちょこちょこ飲むのが最近の流行りです」

YABUNONAKA

金原ひとみ/著『YABUNONAKAーヤブノナカー』(文藝春秋)
金原ひとみ/著『YABUNONAKAーヤブノナカー』(文藝春秋)

ある性的搾取の告発をきっかけに、加害者、被害者、その家族や周囲の日常が絡み合い、うねり始める。世界の変化の中で溺れもがく人間たちの「わかり合えなさ」のその先とは。

Photos:Chikashi Suzuki  Fashion Director:Ako Tanaka Hair & Makeup:Takae Kamikawa Interview & Text:Miki Hayashi Edit:Mariko Kimbara Fashion Associate:Makoto Matsuoka

Profile

金原 ひとみ Hitomi Kanehara 1983年生まれ。2003年に『蛇にピアス』ですばる文学賞を受賞し、04年に同作で芥川賞を受賞。織田作之助賞、谷崎潤一郎賞、柴田錬三郎賞など受賞多数。12年にフランスに移住し、18年に帰国。近作に『ハジケテマザレ』『ナチュラルボーンチキン』ほか。

Magazine

JULY & AUGUST 2025 N°188

2025.5.28 発売

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