「私たちのための映画祭を開くなら?」映画に関する文筆、トークで編集部が絶大な信頼を寄せる3人に、私たち女性やLGBTQIA+が共感し、エンパワーされる作品を集めた3日間の架空の映画祭の企画をオファー。会議の模様をお届け!(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年4月号掲載)
【参加者プロフィール】
(左から)
ゆっきゅん
DIVA。サントラ系アヴァンポップユニット「電影と少年CQ」のメンバー。2021年よりソロ活動を本格始動し、1stアルバム『DIVA YOU』をリリース。24年9月に2ndアルバム『生まれ変わらないあなたを』を発表。作詞提供やコラム連載、映画批評も手がける。
児⽟ 美⽉
文筆家。さまざまな媒体に映画批評を寄稿している。共著に『彼女たちのまなざし 日本映画の女性作家』(フィルムアート社)、『反=恋愛映画論——『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』(Pヴァイン)など。
奥浜 レイラ
MC、ライター。テレビタレントとして活動をスタートし、テレビ、ラジオ番組のDJやVJ、映画の舞台挨拶や、サマーソニックなどの音楽イベントで司会を担当。海外音楽フェスの取材も行う。雑誌で新譜レビューや映画紹介も執筆。
『バービー』は全ての入門編
ゆっきゅん(以下Y)「私たちのための映画祭企画ということですが、下高井戸シネマで昨年『ゆっきゅん映画祭』を開催したんですけど、そのときは一人でセレクトしてたから、今回3人で話し合えるのうれしい」
奥浜レイラ(以下O)「私も楽しみにしてきた」
児玉美月(以下K)「私、全然作品を絞れなくて、とりあえず思いついたものを挙げてみてもいいですか?」
O「お願いします!」
K「『哀れなるものたち』(2023年)、『ウーマン・トーキング 私たちの選択』(22年)、『燃ゆる女の肖像』(19年)、『バービー』(23年)、『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(19年)、『ふたりで終わらせる/IT ENDS WITH US』(24年)。それよりも少しメジャーではないかもしれませんが、『セイント・フランシス』(19年)、『さよなら、私のロンリー』(20年)、『恋人はアンバー』(20年)、『ユンヒへ』(19年)、『はちどり』(18年)。日本映画枠として『あのこは貴族』(21年)。あとジェンダー・ノンコーフォーミングの子どもを描いた『ミツバチと私』(23年)なども」
O「私、結構かぶってる!」
Y「もうこれ成立したと思う」
O「メジャーかインディペンデント作品かで悩むんだけど、かぶってないのでいうと『ナイトビッチ』(24年)、『サポート・ザ・ガールズ』(18年)、『未来を花束にして』(15年)。(2025年3月現在)公開中のイタリア映画『ドマーニ! 愛のことづて』(23年)。そして『RBG 最強の85才』(18年)」
K「ドキュメンタリーのほうなんだ。私は『ビリーブ 未来への大逆転』(18年)も好きで入れようかと思ってた!」
O「実際にこんな人がいたって実話で知ってほしいなと思って」
K「確かに。ドキュメンタリーの上映もあったらよさそう」
Y「私は『キューティーハニー』(04年)」
O「最高! ゆっきゅんカラーだ」
Y「あとUSJのアトラクションになってほしい『密輸 1970』(23年)。3月公開の『ウィキッド ふたりの魔女』(24年)。あとエンパワーメントとかじゃないかもだけど、女性映画として『ナミビアの砂漠』(24年)と『WANDA/ワンダ』(1970年)もいいなぁ」
K「ドキュメンタリーだったら『おしえて!ドクター・ルース』(2019年)も。アメリカで最も有名なセックス・セラピストの話なんだけど、日本は現状、性教育が不十分な国だから勧めたい。ルースは自分をフェミニストじゃないって言い張るんだけど、孫がおばあちゃんの考え方はフェミニストだよって言うシーンが好き。どうしてルースは否定してしまうのか、にたくさんの含意があると思う」
Y「世代間の感覚の違い、結構あるあるですよね。なんかすでにいいチョイスがいっぱい出てきた」
O「ちょっと絞っていこうか」

Y「1日目の最初はさぁ……やっぱり『バービー』じゃない?」
K「私も同じこと思った! 『バービー』は全ての入門編として入れたから」
O「勢いがあっていいかも!」
Y「公開当時、期待や背負わされているものが大きくて批判している人もいたけど、一本の映画でジェンダーの問題の全てを解決することってできない。どう考えても監督のグレタ・ガーウィグがやろうとしたことは素晴らしいだろ!」
O「そう。作品で描かれたホモソーシャルの問題、女性の体の客体化についてとか、関連するテーマから枝分かれするように別の映画につなげて観るといいかも」
Y「それこそグレタの『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(19年)とかね」
K「バービーは言葉を獲得していくことによって目覚めていく。それこそフェミニズムの基本原則なんだよね」
O「アメリカ公開時にシカゴの音楽フェスでバービーにインスパイアされたファッションを楽しんでいる男の子たちを見かけて、フェミニズムの考え方は女性だけのものではなくて、あらゆるジェンダーを固定された役割から解放するものだとあらためて感じた」
K「そんな『バービー』の次は、ちょっと一つのイシューを掘り下げられる作品がいいかな? 例えば労働の話とか」
Y「労働だったら『のんちゃんのり弁』(09年)。小西真奈美演じる31歳女性が子連れ離婚して、お弁当屋を始める話。今作を女性の労働作品だと、いま世界で初めて私がカテゴライズしたんですけど、旧作の上映ってそういう再定義や再評価ができるんですよね」
K「この主人公は最初『主婦』だったわけだよね? 『バービー』については『主婦である自分を疎外しているように見えた』という感想も目にしていたので、家事や育児に従事する女性の映画も取りこぼしたくないですね」
O「だったら『ナイトビッチ』も子育ての話だよ。スクリーンであまり上映されていない作品だから、この機会に推したい!」
Y「私も観てみたかったやつだ」

O「出産を機にアーティストとしてのキャリアを諦めて専業主婦になった主人公が、子育ての最中に奇妙な体験をしていく話。何を抱えながら主婦がワンオペ育児をしているのかが全て詰まってるの」
K「私、これ絶対好きなやつだ」
Y「主婦映画なら『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル 1080、コメルス河畔通り23番地』(1975年)って選択肢もありそう。家事労働をひたすら写していて、観客がその労働時間の長さを体感する主婦映画だった」
O「それでいうと『ナイトビッチ』はかなり『ジャンヌ・ディエルマン』の影響を受けていると思う。毎日淡々と子どものために時間を費やすシーンをちゃんと描いてる」
Y「そしたら2本目は『ナイトビッチ』で。私が観たいから。だって私たちのための映画祭だもんね。あとは1日目の最後の映画をどう決めよう?」
K「やっぱり満足度が欲しいよね。ポップな作品が続くから、アートっぽい作品を入れたい気がする」
O「そしたらセリーヌ・シアマ監督の作品は入れたいから、『燃ゆる女の肖像』とか。定期的に観たくなる作品だな」
K「この映画ってなんといっても長回しのラストシーンが圧巻だから、その時間で一日の最後にいろんなことを考えてもらう意味でもピッタリかも」
O「時代は違うけど、芸術を仕事にしていた女性がその能力を奪われるという部分は『ナイトビッチ』とも交わるところがあるんだよね」
Y「ここ数年、増えましたよね。男の陰に隠されてきた女性の物語」
K「『アンモナイトの目覚め』(2020年)とか『天才作家の妻 40年目の真実』(17年)とかね」
O「1日目の終わりに来るのは必然だね。『燃ゆる女の肖像』に決定!」
トランプ再選後、あらためて観たい
Y「さぁ2日目、どうしよう」
K「ドキュメンタリーが中間にあると収まりがいい気がするから、2本目に『RBG 最強の85才』は?」
O「トランプ大統領が再選されたこのタイミングで観ることにすごい意味がある気がする。ルース・ベイダー・ギンズバーグは性差別的な法曹界で、勉強を続け、子育てもやった方。だけど最初は女だからという理由で仕事がなくて、本当に『虎に翼』(24年)みたいなことが起きているんだよね。女性だけでなく男性の権利についても戦って、最終的に最高裁の判事になるんですけど」
Y「女性のドキュメンタリーって本当に観ていて楽しいですよね。『ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪』(15年)のことも思い出した。こっちは本当にDIVA映画で景気が良いんです。遊びほうけた富裕層の女性の人生なんだけど、すごい力が湧いてきた記憶があります」
O「実在の人物からエネルギーをもらうことってあるよね」
Y「主人公のパワーを感じる作品もいいな。『WANDA/ワンダ』はすごい好き。育児放棄で家族から追放され、流されるままに殺人犯と逃避行。主体性とは程遠い主人公だし、励まされる内容ではないけど、エンタメが見逃してしまう、一人の人間の大切な時間を切り取っている美しい作品です。観るとワンダの顔が頭から離れなくなっちゃう。『ナミビアの砂漠』のカナも好きな主人公です」

K「RBGが歴史に功績を残したパワフルな女性だから、ワンダみたいに必ずしも立派だったり強かったりするわけではないような女性を受け入れる作品があるのはいいと思う!」
Y「本当に真逆というか、ワンダは自分のことも言葉にしないの。日記とか絶対書かないし。誰も記録に残さない人の人生を描いた映画だから、フィクションでしか味わえない体験ができると思う。
K「いいね、フィクションでしか味わえない体験と、ドキュメンタリーでしか伝えられないパワフルさ」
Y「これは夜に観るのがいいと思うから3本目にしてください。観た人にどうしようもない気持ちを抱えて帰ってほしい(笑)」
K「女性映画が続いているからクィア映画も入れたいね。私はまだ観れていないんだけど『ウィキッド ふたりの魔女』ってどう?」

O「『オズの魔法使い』の前日譚を二人の魔女の視点から描いた作品なの」
Y「緑色の肌と魔法の力を持つ“悪い魔女”エルファバと、美しく人気者の“善い魔女”グリンダ、対照的な二人のかけがえのない友情……!」
O「果たして本当に緑の魔女は悪い魔女なのか?って話なんだけど、シスターフッドの要素がちゃんとあるの。ミュージカル版も、クィアの人々をエンパワーメントしてきた物語だよね。エルファバの存在だけじゃなくて、クィアのキャラも出てくる」
Y「アリアナ・グランデが演じるグリンダの隣にいつもいるファニーはゲイですよね。私はそもそも『ウィキッド』自体が好きだから、映画でもミュージカルでも小説でもいいから、みんなこの物語に触れて!って願いがあります」
O「人種やセクシュアリティなど歴史的に差別されてきたマイノリティの配役がフェアで、ゲイのキャラは当事者が、しかもアジア系のキャストが演じているのは良かったんだけど、描かれ方は少し気になったかな。都合よく描かれているように感じたけど後編に期待したい」
Y「ファニーは確かにフェアリーっぽい置き方をされてた。でも実際、グリンダの周りにああいう人は絶対いるなとは思った。あと結局クィアをエンパワーメントしてくれるキャラはファニーじゃなくて、エルファバなんです。緑の肌で生まれて、妹のほうが両親にかわいがられていて、自分は魔法が使える力を制御することができない。変えられない属性の葛藤みたいなものはクィアネスだなと思う」
K「私ミュージカル映画も好きなんだけど、1本はあるとバランス的にいいかも。しかもミュージカルの形式になるとどうしてもジェンダーバイナリーな作品が占有してきた中で、クィア性があるのは貴重。1本目によさそう」
Y「ちなみに、二部作の前編です」
K「3日目には非欧米系の作品も入れたいですね。1本目にどう?」
Y「だとしたら『キューティーハニー』ですね。アニメでは女性のセクシーさが強調されているけど、佐藤江梨子主演の実写版は、市川実日子演じる夏子との友情にぐっときて、いま観ても褒められる部分しかない」
K「いい加減観なきゃだ。そこからどういう流れにしよう?」

Y「『キューティーハニー』はフィメール・ゲイズとして作られたわけではないけど、結果的に女性同士の関係性を描けていて再評価すべき作品だと思います。その意味ではフェミニズム的視点を獲得できる『哀れなるものたち』と並べたら新たな視座で観てくれる人が増えそう」
K「『哀れなるものたち』も最初はあえて女性差別的なプロローグから始まって、視点をひっくり返そうって映画だもんね」
Y「『哀れなるものたち』を観て、アニメでは絶対にできない、新たなディズニープリンセス映画って思った」
K「さっき奥浜さんが『RBG』で言ってくれたけど、今作もトランプ再選後の文脈でも重要だと思う。自分たちの体は自分たちのものだというメッセージを放っているから」
O「女性が社会からどう扱われているか。その中で主体的に選んで生きる女性の姿は刺さるよね。大作だからラストがいいかも。「映画を観た!」という充足感で幕を下ろせそう」
K「あと1本か。今のところ監督のジェンダーバランスは大丈夫そうですね。もう1作品くらいクィア映画を入れたいけど、以前ゆっきゅんと一緒にトークイベントに登壇した『恋人はアンバー』はどう? ゲイとレズビアンの交差と差異を描いていて、ある意味、射程が広い作品でもあるなと思ったり」
O「コロナ禍で公開期間が短かったから、この機会にまたスクリーンで上映したい」
K「設定が90年代だから差別や偏見が色濃い時代の作品。本当は過去よりも未来を描く作品を今の若い人たちには観てもらいたいという個人的な思いもあるんだけど……」
Y「今を描いている作品ってネトフリとか配信ドラマが強いよね」
O「ところで、女性同性愛者の募る想いを描いた『ユンヒへ』はどうかな。私はとても好きで」
K「日韓の社会を通して、東アジアに共通する家父長制の抑圧なんかもよく描いていて、いろんな人にじんわり染み渡りそうな作品だよね」
Y「私は『スプリング・フィーバー』(09年)が好きだけど、この映画祭のラインナップには渋すぎるかも」
K「私も好き。ロウ・イエ監督の新作『未完成の映画』(24年)では劇中に映画監督が未発表にしているクィア映画が出てくるんだけど、それが『スプリング・フィーバー』に匹敵するぐらい良い」
Y「観たい。私、監督を信頼できないクィア映画って観れないから」
O「なんだかんだ3日目の作品の並びをトーンで考えたら、やっぱり『恋人はアンバー』? 」
K「確かに人生の再出発を描いているから、最終日に観るのはいいかも」
Y「今回は青春映画系の映画が少ないからありかも。3日目楽しい!」
O「いいラインナップじゃない?」
Y「あとは映画祭のタイトル決め」
O「属性を限定しすぎたくないけど、伝わりやすくもしたい」
K「自分が自分に見せてあげる、プレゼントみたいな感じにしたいな」
Y「『私たちが愛する、私たちを愛する』。いま降りてきた」
K「自分に矢印が向くようなフレーズでいいね!」
O「さすが、ゆっきゅん!」
Y「私、作詞家なので」
Numero TOKYO 誌上映画祭
「私たちが愛する、私たちを愛する」
Day1 11:00〜

バービー
全てが完璧で、夢のような毎日が続くバービーランド。しかし、ある日突然バービーの体に異変が。原因を探るため人間の世界へ。彼女が知った驚きの秘密とは。
監督/グレタ・ガーヴィグ
出演/マーゴット・ロビー
U-NEXT にて配信中
Day1 15:00〜

ナイトビッチ
出産を機にアーティストとしてのキャリアを諦め、専業主婦になった一人の女性。ワンオペ育児で疲弊する中で、彼女の体にあるシュールな変化が起きる。
監督/マリエル・ヘラー
出演/エイミー・アダムス
ディズニープラスのスターで独占配信中
Day1 18:00〜

燃ゆる女の肖像
18世紀のフランス。望まぬ結婚を控える貴族の娘エロイーズと、彼女の見合いのための肖像画を依頼された画家のマリアンヌ。二人はやがて恋に落ちてゆく。
監督/セリーヌ・シアマ
出演/ノエミ・メルラン
U-NEXT にて配信中
Day2 11:00〜

ウィキッド ふたりの魔女
魔法と幻想の国オズのシズ大学。見た目も性格も正反対ながら友情を築くエルファバとグリンダは、ある秘密を知ってしまい……。
監督/ジョン・M・チュウ
出演/シンシア・エリヴォ、アリアナ・グランデ
配給/東宝東和
2025年3月7日(金)より、全国ロードショー
Day2 15:00〜

RBG 最強の85才
米国史上2人目の女性最高裁判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグのドキュメンタリー。女性やマイノリティの権利発展に努めた彼女の歩みをひもとく。
監督/ジュリー・コーエン、ベッツィ・ウェスト
出演/ルース・ベイダー・ギンズバーグ
DVD ¥4,180 販売中
Day2 18:00〜

WANDA/ワンダ
アメリカ・ペンシルベニア州。主婦のワンダは夫に離別され、子どもも職も失い無一文に。バーで知り合った男について行き、犯罪の共犯者として逃避行を重ねることに。
監督/バーバラ・ローデン
出演/バーバラ・ローデン、マイケル・ヒギンズ
Huluで配信中
Day3 11:00〜

キューティーハニー
無敵のパワーを持つアンドロイドのキューティーハニーが悪の組織に狙われる。
監督/庵野秀明
出演/佐藤江梨子
Hulu、U-NEXT、Amazon Primeほかで配信中。
Day3 15:00〜

恋人はアンバー
1995年、同性愛者への差別や偏見が根強く残るアイルランド。高校生のエディとアンバーは自身のセクシュアリティを周囲に隠すため、恋人のフリをする。
監督/デヴィッド・フレイン
出演/フィン・オシェイ
U-NEXTにて配信中
Day3 18:00〜

哀れなるものたち
天才外科医ゴッドウィンにより胎児の脳を移植され死から蘇った女性ベラは、弁護士ダンカンと大陸横断の旅に出る。彼女は平等や自由を知り、驚くべき成長を遂げる。
監督/ヨルゴス・ランティモス
出演/エマ・ストーン
ディズニープラスの「スター」で見放題独占配信中
Illustrations & Artwork:Fuyuki Kanai Interview & Text:Daisuke Watanuki Edit:Mariko Kimbara