日常を鮮やかに切り取る文章で、同世代を中心に絶大な人気を誇る作家のくどうれいん。さまざまなジャンルで執筆する彼女だが、昨年は特に短歌と小説の執筆を増やし、さらなる飛躍の年となった。新たな挑戦を経て、見えてきたものとは。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年3月号掲載)

──昨年、筆名をひらがな表記に統一されましたが、小誌の短歌連載『恋』を始めるときも筆名をどうするかという話になりましたよね。
「学生時代から本名の『工藤玲音』でものを書いていたんですが、読み間違えられたくないという気持ちが先行して、あまり深く考えずに俳句や短歌以外はひらがな名義にしたところ、そちらでお仕事をもらうことが増えて。でも『工藤玲音』で書いてきた時間が長かったし、思い入れがあったので別れ難くもあったんです。『恋』では短歌だけど広く知られたひらがな名義にすることに決め、それをきっかけに人生の恩師に電話をかけて話を聞いてもらい、筆名統一の決意をしました」
──統一されて感覚が何か変わりましたか。
「ちょっと身軽になったような気がします。工藤玲音のときは『もっと地声でやらなきゃ』みたいな感じがあったのですが、『どっちも地声なんだけどな』という気持ちはずっとしていて。統一したことによって自分の中で差別化を無理にしなくてよくなったので、すごく自由に動けるようになった気がします」
──多岐にわたってお仕事をされていますが、昨年は小説と短歌に気合いを入れると宣言されていました。
「文芸誌で発表していた短編小説はかなり頑張りました。しばらく小説を書けない時間が長くて、それでも編集部の方々は待っていてくださったので、『どうやったら小説を書けるようになるか一緒に考えてもらっていいですか?』と頼み込み、編集者さんにトレーニングをしてもらっていたんです。今まではプロットがあるとそれに縛られてうまく書けないと思っていたのですが、しっかりプロットと向き合って書いてみたり、作品のテーマや環境から決めたり、課題図書を出してもらったりとか、いろんなことを試して。
21年に『氷柱の声』が芥川賞候補になって以来、小説を書くということは自分の人生をかけた怒りやわだかまりを捧げないといけないと思って苦しんでいたのですが『違うやり方でも真実を書けるかもしれない、小説を書くことは怖くない』ということを覚える期間をつくらなきゃいけないという感じで活動していました」
──昨秋に発表した短編小説『スノードームの捨てかた』は、良い意味で力が抜けた状態で気持ちよく書かれたような印象を受けました。
「楽しく書けました。本当に『女3人が穴を掘る話』という1行の構想からスタートして。これまでは誰かが憤怒する話やへたくそな恋の話が多かったのですが、女友達や家族とか、いろいろな話を書いてみたい気持ちになりました」
──『スノードームの捨てかた』にも小誌24年12月号に掲載した短歌にも、雪だけのスノードームが登場していて驚きました。
「いろんなジャンルの仕事をやっているからこそ、同じ話をなるべくしないようにしていたんですが、すごくシンプルな言い方をすると『もう全員が全部を読んでいないと思ったほうがいいな』という考え方に変わってきて。短編小説と短歌の中のスノードームは、私の中では同じものだけど出力のされ方が違うと読み応えも違うから、そのとき気に入っているモチーフを違うジャンルで使ってもいいなということを昨年は思ったんです。だから『こうじゃなきゃいけないんじゃないか』と勝手に思っていたことを許していくみたいな作業があったような気がしています」
自分だからこそ書ける女性像
──常に軽やかに動き続けている印象がありますが、そのパワーの源は何だと思いますか。
「自分よりもっとまぶしい立場にいる友達がとても源になっています。私よりも激務な友人たちに時間を取って会いたいと思ってもらえていることに対して、ものすごく元気が出るんですよね。才能があるだけでなく、絶対に努力もしている人たちを見ていると、私もこのままじゃいられない、私もそう思ってもらえるようになりたいなって……要するに今、もっと売れたいんですよね」
──今よりさらに⁉
「今でも『本物じゃない』みたいな感覚がずっとあるんですよ、どのジャンルでも。どこへ行っても、それを専門でやっている人に全くかなわない、認めてもらえていないんじゃないか、というような負い目があって。でも最近は、私じゃないと書けない女の人がいるかもしれないという気持ちがあります。前は『私のことかと思いました』と読者に言われると『おまえは私じゃない! 自分のことは自分で書け!』みたいなことをずっと言っていて。
でも、みんながみんな『自分で書く人生』じゃないんですよね。書いてくれてありがとう、を素直に受け入れるべきなのかもしれないと。私と同世代の女性、あるいは同世代だった女性がいっぱいいて、その人たちが自分にスポットライトが当たったと思ってくれるようなものが書けているのだとしたら、それは長所かもしれなくて。だとすればもっと書きたいという気持ちで書いているというか」
──どんな女性像か気になります。
「東京のことを別に恨んでもないし、自分の地元を過度に好きなわけでもない、でも出て行きたいとも別に思っていないような人のことを書きたい気持ちがありますね。板挟みというよりも、シンプルに、どっちでもないってだけの人。それくらいの感覚の人って、実際はいっぱいいると思うんです。そういう人の支えになるものを書くというのは、作家としての使命じゃないけれど、やりたいことではあるなと思っていますね」
──女性像といえば、今回手書きで書いてもらった一首をはじめ、連載『恋』で詠まれる短歌に登場する女性は、みんな奔放で力強くて憧れます。
「カッコつけたがりで、うっとりしたがりですよね。連載におけるこの女性は、相手がしたいサービスを気持ちよくしてもらうことに喜びを見いだす人間なのだろうと思っていて。美容院でシャンプーをしてもらうとき、首筋を持ち上げられるタイミングで『力を抜いていますよ』という雰囲気のままちょっと頭を浮かすじゃないですか? そういう気遣いが得意な人として書きたいと思って。それに、全ての環境と感情にすっかり身を預けて、たとえ苦くてもそれをしっかり味わって自分のものにする人として短歌を作れたらいいなと思っているので、そう言ってもらえるのはうれしいです」
──それはご自身が理想とされる女性像とも重なる?
「重なるし、重なるということにしておきたい。実は全然、自分そのものなのかもしれませんけど」
Photo:Motohiko Hasui Styling:Yoshiko Kishimoto Hair & Makeup:Misato Awaji Interview & Text:Miki Hayashi Edit:Mariko Kimbara Fashion Associate:Miyu Kadota
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