現代の社会的恐怖に没入させる『Playground/校庭』ローラ・ワンデル監督にインタビュー| Numero TOKYO
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現代の社会的恐怖に没入させる『Playground/校庭』ローラ・ワンデル監督にインタビュー

どこにでもありそうな小学校の敷地内に舞台を限定し、全編を主人公である7歳の少女ノラの視点で紡ぎ上げたベルギー映画『Playground/校庭』は、ブリュッセル生まれのローラ・ワンデル監督による鮮烈な⻑編デビュー作だ。第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門での国際批評家連盟賞、ロンドン映画祭の新人監督賞をはじめ世界中の数々の賞を受賞し、さらに、第94回米アカデミー賞国際⻑編映画賞のショートリストにも選出。本編は72分間とミニマルながら、没入型スリラー映画のような並外れた緊迫感と臨場感で、子どもにとってあまりにも過酷な現実を生々しくあぶり出した。

そんな衝撃作を手がけたローラ・ワンデル監督にインタビュー。制作秘話や映画に込めた想いを語ってもらった。

ローラ・ワンデル監督 ©︎Alice Kohl
ローラ・ワンデル監督 ©︎Alice Kohl

大人の責任として、子どもの話を聞き、対話することが大切

──小学校は社会の縮図であり、子どもだけではなく大人の現実も反映されているように感じました。ただ、当時の体験や傷に無自覚で囚われていることはあったとしても、そのときの記憶や感情を忘れてしまっている大人は多いのではないかと思います。本作は、子どもというよりかつて子どもだった大人たちに向けてつくられたものだったのでしょうか?

「そうですね。本来は大人に向けてつくられたものです。自分たちが小学校の新入生だった頃、校庭はどんな場所だったか。大人たちに小学校に入学したときの気持ちを思い出してほしいという気持ちがありました。ひょっとしたら、彼らの中には親になっている人もいて、子育て中かもしれない。そうすると、自らの体験を思い出すことによって、子どもたちの不安な気持ちを思いやることができると思ったんです。

そして、登場人物の中で、私にとって大切な大人が二人います。担任の先生とノラの父親なのですが、彼らは子どもの目線に立てる人なんですね。ベルギーの教育現場を振り返っても、なかなか子どもの視点に立って、話を聞く余裕がないというのが今の現状です。だからこそ、子どもと一緒の目線まで腰を屈めて彼らの話を聞くというのは、大人の責任として大切なことだと考えています。また、本作はもちろん、子どもにも向けて描かれています。ただ、そこまで小さい子どもではなくて、親から見て、今のこの子だったらわかるかなというタイミングで観てもらうのがいいかもしれませんし、観た後に、どう感じたのかを対話することがとても大事であると思います」

──本作では、いじめという問題が描かれていますが、多くの他者との小さな違いを発見することから、恥ずかしさという感情が生まれたりしますよね。そこから分断や争いといった大きな流れにつながることもあると思います。その違いをお互いに理解しようと埋めていくためにも、今おっしゃっていた対話が必要であると感じます。

「本当にその通りだと思います。最初は大人に観てもらえたらいいと想像していた本作ですが、今、ベルギーでもフランスでも、教育のひとつのツールとして、子どもたちとディスカッションするために使われているんですね。この映画が学校の教材になるなんて予想だにしてなかったので、自分でも信じられないことが起きています。なぜなら、子どもたちが考えていること、感じていること、まだ彼らがうまく言葉にできない心の内を本作が代弁していると感じてもらえているわけですから。まず最初に観た子どもたちが、両親に『一緒に観に行ってほしい』と頼んで、そこから『私はこういうことを考えて感じている』と親と対話したという反応をもらって、本当に素晴らしいことだと感じています」

──確かに子どもの時代って、いろいろ考えてはいてもうまく言葉にできないもどかしさや、苦しさがありましたが、言葉を扱うことに慣れているかどうか以外では、子どもも大人もあまり変わらないというか、むしろ子どものほうが純粋に世界を見ているようにも感じますね。

「こう言ってしまうと変に思う方もいるかもしれないですが、私自身は、子どものほうが大人よりもよっぽど聡明だなと感じることが多かったんですよね。だとすると、強制的でなくても、子どもが自分の感情を言葉にできないようにさせているのは、大人側の責任なのではと思います」

──子どもの背の高さの目線で没入させる映像体験で、7歳の頃の気持ちが蘇りましたが、子どもたちにカメラを意識させないためにどんなふうに現場を指揮されたんですか?

「カメラの話をすると、撮影の半年前頃から、毎週末、土曜日にメインとなる登場人物の子どもたちに集まってもらいました。それで、私自身がカメラを持ち、子どもたちがカメラ自体に慣れるための、カメラに注目しないためのワークをしました。各部署を率いるスタッフにも来てもらい、子どもたちがカメラやスタッフを当たり前の存在のように感じてくれるように関係を築いていきました」

──演技未経験の子どもたちと仕事をしてみていかがでしたか?

「実は、大人を演技指導するよりも楽というか、簡単でした。子どもたちは自発的で、自意識があまりないから、とてもナチュラルなんです。とても純粋とも言えます。彼らと仕事をすることに何の問題もありませんでした。私に大切だったのは、特にノラを演じたマヤ・ヴァンダービークと信頼関係を築くことでした。実は、資金面の問題ですぐに撮影に入れなかったのですが、彼女とは2年前に会っていたんです。なので、その待ち時間の2年間で、泳げなかった彼女に水泳を教えたりして、彼女と私の中に深い絆が生まれました。子どもたちとの仕事というのは、カメラの前だけではなく、仕事以外のところでいかに信頼関係を築くかというところから始まるのだと思います」

──学校の音のリアルさも印象的で、その環境音から小学生時代にタイムスリップするような感覚がありました。

「サウンドは私にとって非常に大切な部分でした。今回、音楽は使っていませんが、まさに学校の騒音、リアルな音そのものが音楽だと思っています。ただ、撮影時に同時録音したものではなく、二人の録音技師が実際に学校へ行き、そこで撮った音を編集しています。その素材から例えば、どの部分に子どもたちの高い声を入れるべきかなど、楽譜を作成するようにサウンドトラックを作り上げました」

──校庭は、私にとってワイルドでスポーツが得意な上級生たちが陣取っている恐ろしい場所だったことも思い出しました。あなたにとって校庭とはどんな場所でしたか?

「子ども時代の私にとっても、楽な場所ではなかったですね。私自身、小さくてシャイな子どもでしたし、走ってくる勢いのある子どもたちに突き飛ばされたりもしました。だから、隅の方で壁に背を持たれていることが一番安全でした。センターに行けば行くほど居場所としてのスペースは広いけれど、そこへ行くことの危険も強く感じていました。ベルギーでは、校庭の敷地のほとんどを占めているのはサッカーグラウンドなのですが、サッカーをするのは喧嘩が得意な男の子たちだったりするんですよね。それが今少し問題視されていて、若干変化が見られています。子どもたちって、大きい声を出すことで、自分の居場所を獲得しようとしますから、そういう子たちが支配している校庭は、まさに地獄でした(笑)」

──家族という個の世界を離れて初めて、小さくはあるけれど一つの社会に出る子どもの姿を描いています。小学校に入る前と後、子どもたちにとってどんな違いがあると捉えていますか?

「小学校に入る前の、保育園、幼稚園の期間は、もちろん乱暴な子たちもいると思うんですが、校庭があっても、教室のメンバーも少人数ですし、3歳から5歳までという年齢差がそこまでない状況です。ベルギーでは、小学校は6歳から12歳なので、年齢層に幅が出ます。そんな子どもたちが200人ほど一斉に校庭に出てくると、一人ひとりの子どもたちにとって、その場に馴染むことはさらに大変になります。批判しているわけではなくて、事実としてそうなのではないかと思います。快適な家の中から出て、ミクロな社会に入っていく。そしてその中で子どもたちは学んでいかなければならない。とはいえ、大人になっても、新しい環境に向き合わなければいけない難しさというのはある。それが繰り返されていくのだと思います」

──親であっても、親でなくても大人が、そして、小学校が子どもたちにできることって何なのでしょう?

「確かに大人の立場も複雑ですよね。子ども自身の力で解決できると信頼を寄せてあげることは、大事なんじゃないかなと。私も言葉を選ばないといけませんが、今回の作品の父親のパターンのようにちょっと関わり過ぎてしまうこともあるので、ひょっとしたら、子どもがなんとか自力で解決できるんじゃないかと思うなら、大人としてあまり介入し過ぎないとか、ちょうどいい塩梅のところのバランスを見つけることが大切なんだと思います。そして、私が小学校に望むことは、単にいい成績をとるために教科を教えることではなく、ノラがこの映画で見せたような温情、慈悲の心を持てるように育てる場所であることなんです」

──本当にその通りだと思います。あなたはダルデンヌ兄弟、ミヒャエル・ハネケ、シャンタル・アケルマン、アッバス・キアロスタミ、ブリュノ・デュモンといった映画作家に影響を受けているそうですが、彼らに共通することはなんだと思いますか?

「今挙げてくださったマスターたちが、どうやって映画を撮るか、その方法を鉄を打つように磨き上げてくれたと感じています。彼らに共通することは、人間に対する信頼だなと。ヒューマニスト的な視点を持っているというふうに思います。人間に対する眼差しが、ジャストなんです」

──ぴったりで公平だという意味ですね。ちょっと大きな質問になりますが、最後に映画という媒体があなた自身にもたらしてくれているものとは?

「私はどちらかというと内気なタイプなので、世界と結びつく機会を与えてくれるのが映画づくりなんですよね。今回の場合も、実際に学校の校庭に通って子どもたちと出会い、それからおそらく出会わなかったような大人たちにも出会い、そうやって世界とのコンタクトをもたらしてくれるもの、それこそが映画という媒体だと考えています」

『Playground/校庭』

7歳のノラは小学校に入学するが、校内には居場所がない。やがて友達もでき馴染み始めるノラだが、3つ年上の優しい兄アベルがいじめられていると知り、ショックを受ける。兄から口止めされるがいじめは繰り返され、ノラはやり場のない苦しみを募らせていく……。ベルギーの新鋭ローラ・ワンデル監督による長編デビュー作。第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、国際批評家連盟賞を受賞。

監督・脚本/ローラ・ワンデル
出演/マヤ・ヴァンダービーク、ガンター・デュレ、カリム・ルクルー、 ローラ・ファーリンデン
2021 年/ベルギー/フランス語/72 分/ビスタ/5.1ch/原題: Un Monde
©2021 Dragons Films/ Lunanime
playground-movie.com
2025年3月7日(金)新宿シネマカリテ、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開。

Interview & Text:Tomoko Ogawa Edit:Chiho Inoue

Profile

ローラ・ワンデル Laura Wandel 1984 年ベルギー生まれ。ベルギーの視聴覚芸術院(IAD)で映画製作を学ぶ。在学中に短編映像『Murs (原題)』 (07) を制作。その後、初の短編映画 『O négati (原題)』(10)を製作した後、2014年に監督した短編映画『Les corps étrangers (原題)』ではカンヌ国際映画祭の短編コンペティション部門に選出された。最新作『In Adam‘s Interest』(25年撮影開始予定)では、ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ製作のもと、レア・ドリュッケール、アナマリア・ヴァルトロメイをキャストに迎え、小児科病棟で働く看護師と、ある母子が直面する困難を描くドラマ作品を手がける。

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