自らの体験をもとに女性の身体や性、アイデンテイティとその消費をめぐる問題を表現する、気鋭の現代アーティスト。“苗字+名前”という謎めいた命名の由来から、飽くなき探求のヴィジョンが見えてくる。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年3月号掲載)

女性であることの経験から紡ぎ出された表現たち
──“苗字+名前”というと、書類の氏名記入欄を思い出します。
「名前とは性別や国籍など、アイデンティティを端的に記号化したものだと思います。記号に左右されず、本当の自分を見つけたいという思いから、この名前で制作を始めました。背景の一つは、幼い頃の家庭環境。私には兄と姉がいるものの、母は3人目に男の子が欲しかったらしく、幼いながらに男の子の振る舞いを演じて育つうちに、女性の体に対する違和感や嫌悪感を拭えなくなってしまって。
もう一つは受験浪人中のこと。私は東京藝術大学を10回受験しており、4浪目のときに当時のパートナーとの子どもを妊娠したのですが、藝大進学の夢を諦めきれず、悩み抜いた末に人工妊娠中絶を選びました。それ以来、何を作っても女性としての
自分に対する苦しみが表れてきて、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまった。そうした経験が、今の私の表現を形作ってきています」

──撮影に使用した作品も、そうした経験から生まれたわけですね。
「はい。足元に4体並んでいるのは、女児向けの人形の頭と猫の体を組み合わせ、宝石シールを貼り付けたもの。その元になったのが、藝大の卒業制作で制作したセルフポートレイトです。きれいでかわいい宝石シールを全身に貼り付けることで、社会が求める女性像で縛られた自分の姿を写真に収めました。そこから発展したのが、宝石シールで覆われた自分がキメラの人形を出産する映像インスタレーション。社会からの押し付けだけでなく、私たち自身もジェンダー規範の再生産に加担していることを表現しました」

──背景のカーテンや手前の花は、ドールハウスのパーツのようです。
「これらは『人形の家』のために制作したもので、タイトルはヘンリック・イプセンの19世紀の戯曲から採っています。戯曲の主人公の女性は、夫にとって自分が人形同然の存在であることに気づき、家族を捨てて家を出ていく。私も幼い頃に母が出奔していて、その経験をもとに執筆した私小説と、家の舞台セット、映像でインスタレーションを構成しました。家から羽ばたく人形の一方で、置いていかれる子どもの気持ちはどうなるのか。見る人に明確な答えを提示するのではなく、本当の自分のあり方を考えるきっかけをつくりたいと思っています。
もう一つ、足元に置いたオレンジの立体は、幼児向けの型はめパズルがモチーフの作品『キューブ』の一ピース。イスラエル・ガザ戦争のニュースに触れて、守られた場所にいる自分と戦場にいる人たちを選別するもの、人種や信仰など人間を型にはめる考え方を打ち破りたいと、穴とピースの形が合わないパズルの立体と映像を制作しました」

性別や立場、思想を超えてそれぞれの幸せを考える
──自分の経験を見つめ、制作を続ける理由は何でしょう。
「かつては自分の苦しさを作品として昇華する、治癒の側面が強かったと思います。でも世の中には似たような体験を抱え、誰にも言えずに苦しんでいる人たちがたくさんいる。その重荷を少しでも作品内で共有できないかと考えるようになりました。ただ、私自身はアクティビズムの文脈で制作している意識はあまりありません。それでも女性の教育や政治参加など、先人たちが多くの権利を勝ち取ってきたことを考えると、次の世代により良い世界を残す責任のようなものを感じます」
──前向きに人生を楽しむための秘訣があれば、教えてください。
「周りの人を愛することでしょうか。私が作品を一人では作れないように、人生も決して一人では生きていけない。だからこそ私の表現は女性に対してだけではなく、男性やそれ以外の性の方もみんながそれぞれの立場で考え、対話しながら生きていけるものにしたい。そう意識しています」
──今後挑戦したいこと、変えていきたいことはありますか。
「絵を描くことと仲直りをしたい。もともと描くのが好きで藝大を目指したはずなのに、表現したいものとは違う入試用の訓練を続けるうちに、絵が好きではなくなってしまった。でも、そろそろ仲直りできるかもしれないと思っているところです」
──ロマンチックで女性的な装いの撮影でしたが、いかがでしたか。
「洋服でもおもちゃでも、抑圧ではなく本人に選ぶ権利があれば、どんな形でもいいと思います。作品では女性的なモチーフを批判的な意味で使っているけれど、私自身、ガーリーでかわいいものも大好きなんです。それに洋服にはそうした印象をむしろ逆手にとって、違う自分を演出できる面白さがある。だからこそ、とても楽しい撮影になりました」
撮影協力:Mikke Gallery
一般社団法人Open Art Labにより2024年8月にオープン。2月13日(木)より李静文キュレーション「when I am 循環展 vol.3」を開催(3月3日(月)まで)。
住所/東京都新宿四ツ谷1-4
URL/https://mikke-gallery.com
Photo:Tsutomu Ono Hair & Makeup:Nori at Jari Fashion Director:Ako Tanaka Fashion Associate:Miyu Kadota, Makoto Matsuoka Edit, Interview & Text:Keita Fukasawa
Profile

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